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第四十六話 拝啓、ネルガル殿

 怒ったってほんとろくなことないよ。


 寒くて鼻水垂れてきたのに診療所に入れない。

 リディアの前でどんな顔すりゃいいんだ。


「はぁぁ……情けな。

新しい星座でも作ろっかな……」


 空が広いなぁ、異世界。

 俺の心もこんなに広かったらなぁ。


「おお、おったおった。

エリン様、約束のものをお持ちしました」


 救世主、現る。


 グレイブンのおじいちゃん。

 えっと名前なんだっけ?


 もこもこ帽子、ガチかわいい。

 商品化求む。


「おじいちゃん、どうしたんだ、こんな夜に?」


「イングスですな。名前。

まあ、おじいちゃんでも構いませんが。

わしらはもともと夜に活動しますでな、

ほいで、これです。処刑人の剣の注文書」


「ああ、あれか。

いや、忘れてたわけじゃないんだけど、

いろいろあってさ」


「お忙しい身ですからな」


 手を差し出す俺。

 不思議そうに首をかしげるイングス。


 なに、この間?


「入らんのですか?

わしら、寒さは苦手でしてな」


「あ、ああ……そうだね、うん。

そうだ、どうして俺ここにいるってわかったの?」


「ラースですな。

あれは暇だとうちに苔茶を飲みに来ます。

昔なら悪魔に茶を出すなど考えられませんでしたな」


 笑い声、でけえ……。

 ぜったいリディアにも聞こえてるな。


「仲いいんだねえ。契約とかすんなよ」


「で、入らんのですか?」


「ああ、うん、入る、よ?

けどさ、その前に──」


「さっさと入りなさい。あなただけでなく、

お客様にまで風邪をひかせるおつもりですか?」


 リディアが勢いよくドアを開けた。


 イングスは診療所に飛び込んでったよ。

 よほど寒かったんだね。

 我慢させてごめん。


 で、こっちもごめん。


 そんなふうに簡単に謝れればいいんだけど、

 リディアもあんまり目を合わせようとしなくて、

 なんとなく壁ができてる。


 俺が作った壁だけど……


「早く入って、戸を閉めて」


 俺は黙ってうなずいて言われた通りにした。


 暖かい。暖炉の遠赤外線、マジ神。

 遠赤外線ってなに?

 て聞かれても説明できんけど。


「じゃ、イングおじいちゃん、

早速だけど見せてもらってもいい?」


「おお、これですな」


 今、どこから出した?

 異臭は……しないな。

 そういやグレイブンはキレイ好きって言ってた。


「えっと、なになに……

用途は装飾品になってるね。これは……

納期か。この神がどうとか書いてあんのは?」


「契約書も兼ねてますからな。

バシレイアの連中はやたらと仰々しい」


「ほんとだ、支払いはバシレイア司法局になってる。

裁きって一言も使わずに処刑の話になってるのすごいね」


「ふふ、有名なバシレイア文学です。

エリン様もだいぶおわかりになるようになったんですね」


 それとなく字が読めるようになってるの褒められた。

 ん? リディア、笑ってるね。

 距離感もいつも通り。


 怒って、ない?


 違う。

 細めた目の隙間から剃刀の刃みたいな視線。


 警告だね、ちゃんとエリン様やれって。


 なるほど、人前だからか。


「しかし、ここにもバシレイアか。

バシレイアはこういう剣を多数所持してるのかな?」


「剣での処刑なんぞ見世物ですからな。

その腕のある処刑人がいるときにのみ、でしょうな。

たぶん、受取人が使用者でしょう」


「署名があるな……セメンタリウス?

これ名前?」


「古い言葉ですな。

自分の家に伝統があると思わせたいのでしょう。

没落した貴族などがやりがちですな」


「古い言葉なら兄さまが詳しいかもしれません。

ああ見えて長い間、悪魔をやってますので」


「近所のおじさんの隠れた趣味みたいに言うな」


「先ほどのメソスの話と合わせると、

今回の処刑人の使う剣は、本当にイングスさんが

造られたものかもしれませんね」


「ああ、折っちまったけど。

破片、持ってくればよかったな」


「ありますよ」


「あるんかい。どんだけ有能だよ」


「おそれいります。

イングスさん、これなのですが……」


 スカートの腰の折り返しにしまってある。

 そうだな、ポケットとかないもんな。


 おじいちゃんは顔が緩みまくり。

 孫にでも会えたみたいだ。


「こりゃ驚いた。間違いなく、わしの造ったもんです。

すり減っちゃいるが、綺麗に研がれてる。

いっぱい働いてきたんだなぁ」


「その剣がいっぱい働くってことはさ……

まあいいか。持ってたやつがセメンタリウス本人。

てことはないよな」


「三、四十年は経ってますからな。

子孫かもしれん。処刑人の職を受け継いだのやも」


「世襲なの?」


「剣での処刑をするってのは、

たいてい武芸に秀でながらも不祥事で地位を失った

騎士ですからな。

ほれ、両手で剣を扱うのを処刑人みたいだと言って

嫌がるのもおるでしょう」


「へえ、そうなんだ。

その場合は処刑人の仕事を受け継ぐってことか」


「一族の汚名を晴らすために、ですな。

体よく利用されるだけで、地位を回復できるのは稀です」


「しかし、説明はつきます。

難民に紛れた罪人を見つけて職責を果たす。

その執念とも呼べるような行動も、

一族の名誉のためと考えるなら」


「で、しっかりそれを政治利用された、と」


「ちょっとわしには話が見えんのですが……」


「ああ、ごめんよ。

王の森で殺されたデリクには死刑が宣告されてた。

一緒に殺されたのも、おそらく罪人だ。

家族がおらず、周囲とも面識がないから身元が

なかなかはっきりしない」


「なんとまあ……

ではバシレイアによる処刑がこの地で?」


「そうなるな」


「問題はその後の処刑人の行動です。

まるで処刑の事実を隠すように行動しています。

この地への教会法の適用を誇示したい

バシレイアの思惑と一致しません」


「罪人を逃がさないっていうメンツの話で

政治問題にするつもりはなかった、とか?」


「あの連中とは何度も仕事しましたが、

そういう慎ましさを備えてはおりませんな。

そこに利益があるなら、なんのためらいもない」


 拝啓、ネルガル殿。


 バシレイアは二十世紀のアメリカです。

 ほっといても内部から崩壊します。

 シビル・ウォーです。


 なんにもしなくていいよ、待ってるだけで。


 ……てネルガルに手紙出しちゃいたいよ。


「利益と言うなら、

この事件を最大限に利用しているのはダーガです。

処刑人との間になんらかの取引があったのでは?」


「それだとダーガは地位の回復以上のことを

処刑人に約束したってことになる。

あいつにそんな手札があるのかな?」


 なんかおじいちゃんが俺の手を見てる。


 まったく年寄りは集中力が衰えてるな。

 ちゃんと話、聞いてんのか?


「その籠手、どうなさった?」


「あ、これ? えっと、新調した」


 そういや、これなんだ?

 エリン様の力?


 リディアに目線を送って確認してみたけど、

 黙って眉をひそめてる。


 リディアも知らないのか。


「理不尽極まりない。

いったい誰がいまだにこんなものを……」


「なんかヤバいの?」


「供儀装束。ウィザードどもが生み出した、

わしの知る限り最悪の道具ですな。

生贄を要するような儀式魔術を強引に器物化したもので、

指輪くらいでも数百の魂を使うと聞いとります」


 エリン様の身体から出てきたんだが?

 それが鑑定したら呪われてると。


 呪われた武具って外せないんだよな~

 でも身体と一体化するのはやりすぎじゃね?


「つ、使っても大丈夫だよね?」


「魂が穢れる。魂が削れる。

最後には魂が消される。

と聞いたことがありますな」


「外して! なくなってもいいから」


「あまり脅かさないでください。

エリン様はもっと大きいの使ってたけど、

なんともなかったじゃありませんか」


「はっはっは、すまんすまん。

本当のところを知っとるのは、

ウィザードの連中だけじゃろうて」


 そりゃエリン様なら大丈夫なんだろうよ。

 でも俺、エリン様じゃねえんだわ。


 むやみに使うのはやめとこ。


「どうしますか、エリン様?

メソスが無事であるならダーガの偽証は確実。

拘束し、処刑人とのつながりを探ることもできますよ」


「いや、証言はあくまでカシムだ。

きっちり逃げ道は用意してやがる。

処刑人と繋がりがあるならメソスの無事は伝わってるはず。

それでも偽証を続けるならメソスの無事を公表して

ダーガを拘束。取り調べだ」


「その前に証言を撤回してきたら?」


「それこそ処刑人との繋がりがあるってことだ。

メソスの無事を知ってるってことだからな。

即、拘束だ。メソスがこっちの手にある限り、

ダーガの好きにはさせないさ」


「今はまだメソスの無事は秘密にしておくのですね?」


「メソスには負担をかけるけどな」


「わかりました。

今日のところはこの診療所で過ごし、

明日になったら隠れられる場所を用意します」


「ただ、処刑人の動きが気になるな。

それなりに傷を負ってるはずだから、

すぐに動くことはできないと思うが……」


「見張りは私がいたします。

エリン様はどうぞお休みを」


「そういうことならわしも力を貸そう。

夜の見張りならグレイブンにお任せあれ」


「え、おじいちゃん、戦えるの?

ムリすんなよ」


「何をおっしゃる。

グレイブンは戦うのは嫌いですが、苦手なわけでもない。

昔、酒場で五人を相手にケンカしたときなど、

わしのハンマーのような拳がうなりを──」


「はいはい、イングスさん、武勇伝なら私が

聞いてさしあげます。エリン様、お気になさらず」


 興奮して腕を振ってるイングスを、

 リディアが片手で引っ張っていった。


 リディアも怪我してんだろうに。


 それとも、今日は俺の側にいたくなかった?


 ダメだな。

 身体が痛いとすぐにネガティブな感情が湧く。


 一応は護衛のつもりでメソスの隣のベットに横になり、

 天井をしばらく見つめてた。


 無理だわ、これ。

 傷が痛くて疼いて眠れんわ。


 処刑人のこと、アグニのこと、

 ダーガのこと、メソスのこと。


 今日、起こった出来事が頭の中を巡って

 結局、何の傷もない胸の痛みにたどり着く。


 きっと俺は何かを間違ってる。

 それはわかってるのに、正解が見えてこない。


 胸の痛みが強すぎて。


 不思議なもんだな。

 リディアを怒らせたって思うと、

 怒っててもいいから側にいてほしいんだ。


 初めてなんだよ、

 こんなさみしい夜は。

読んでいただき、ありがとうございます。

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