第四十五話 あなたはアホですか?
メソスが話してくれた詳細はこうだ。
彼女の父、デリクは複数の街で強盗を働き、
監獄に収監されていた。
教会の救済法に基づいて怪物たちとの戦いに
参加することで減刑を受けたが、それも脱走。
敵前逃亡よりも、救済法に違反したのがまずかった。
デリクの魂は救済不能とされ、処刑が決まった。
「別にいい父親でもなかったよ。
逃げ帰ってきて、酒浸りで母さん殴って。
ネルガル軍のやつらが村に来たときも、
母さんを置いてさっさと逃げやがった。
私を連れてきたのは売るためだよ。
カシムとの結婚に反対したのもそのため。
クズさ。処刑人ってのが誰だかしらないけど、
あいつを殺してくれたんなら──」
「待て。それ以上は言うな」
俺が遮ると、メソスは小ばかにしたように笑い、
言葉を続けようとした。
でも彼女自身、驚いていたけど、
言葉が出てこなかった。
怒りが途切れて言葉がちぎれると、
その隙間から見えるのはたいてい悲しみなんだ。
「うん、言わないほうがいい。
それが本当なら、本当であるからこそ、
君は傷つく」
「そんなんじゃない。
とにかくあいつのことはもう忘れたいの」
横向いちゃったけど、泣いてないな。
気丈だ。
リディアが俺の髪を留め、肩をぽんぽんと叩く。
できあがりの合図と、俺の言ったことが
よかったと褒めるみたいに。
ありがとな、リディア……
でもさ、三つ編み両サイドに垂らすのはどうなの?
エリン様を幼女趣味に走らせようとするのなんなの?
「けど、それでメソスが狙われた理由が
わかったかもしれない」
「罪人の娘は罪人だから?」
「まさか。むしろ罪人であることを隠したかった。
難民に紛れた罪人は自分を罪人だなんて言わない。
トーレでは偽名を使うことになっているし、
別人になるいい機会だった」
「じゃあ……処刑人は他の罪人?」
「いや、罪人同士だからって
横の繋がりがあるわけじゃないだろ」
「処刑の対象を把握しているのは、
バシレイアから派遣された処刑人、ということですね」
「いいとこだけ持ってくなよ。
でもリディアの言う通りだ。
おそらく処刑人は本物の処刑人の可能性が高い」
「わざわざこんなとこまで追ってきて?
教会の人って教会の外がどうなってるか知らないの?」
「知ってるよ。このトーレをしっかり見てる。
だからこの地で処刑を執行しようとした」
「エリン様、メソスが混乱してますよ。
もう少し丁寧に説明してあげても?
メソス、あなたには理解しがたいかもしれませんが、
サンクチュアリで処刑を執行することで、
この地でも教会法が適用されると暗に伝えてきているのです」
「この地にもバシレイアの支配が及ぶってね」
まだよくわかんないって顔してるね。
うん、まあ俺も喋りながら考えてるし。
確かにこれじゃあ、現状とは一致しないんだよな。
「じゃあ……じゃあ、父さんが罪人だって
隠す必要ないじゃない」
「そこだ。どこかで事情が変わった。
どこだ?」
「エリン様、メソスが知るわけありません」
「俺もちょっとまだわかんないとこがある。
リディアはどう?」
「さあて……どうでしょう?」
余裕のある笑み。
すべてお見通しって感じだ。
なるほど、リディアもわかんない、と。
こいつのことはだんだんわかってきたな。
「事態をややこしくしたのはダーガだろうな。
カシムに偽証させ、この事件を自分のために利用した」
「ねえちょっと待って、カシムがなにしたって?
私それ聞いてない」
「ああ、おそらくはダーガの指示だろうが、
メソスを誘拐したのがアグニだと証言した」
「はあ? バッカじゃないの?
カシムってあのおっさん尊敬してるみたいだけど、
そんなにすごい人? 大したこと言ってないよね。
ん? エリン様、なんで嬉しそうなの?」
「あ、いや、今のバッカじゃないの。
もう一回言ってみてほしいなあって」
「え、ヤダ、なんかキショい」
「貴様、いまなんと?」
「いいんだリディア、これはメソスが正しい。
まあそういうわけで、今メソスに出てこられると
困る人がいる」
「ダーガ以外にも?」
「うん。誰かは言わないけど、
ダーガの偽証に乗っかってるのがいる」
あ、リディアがため息ついた。
眉ひそめてこめかみ揉んでる。
さすがだ。
すぐに誰かわかったみたいだ。
「あ~~もう、どいつも腹立つなあ。
私が何したってのよ。そんなことで
私、死ななきゃいけないの?
そんなことであの人は……
あんな死に方しなくちゃいけなかったの?」
これには俺もリディアも目を伏せるしかなかったよ。
クズでも父親。
罪人でも父親だ。
切り刻まれて食われて捨てられて……
そんなふうに死んでいいはずがない。
処刑なら処刑として、
せめて歪めることなく。
「すまない。俺には何もできなかった」
「別にエリン様が謝ることじゃないでしょ」
「いや、俺がもっと早く、難民たちの融和を
打ち出していたら防げたかもしれない事態だ。
約束する。必ずデリクの名誉は回復するよ」
「あんなのに名誉なんかないよ」
「それでもメソスの父親だ。家族の名誉だ。
メソスのために、そうしたい」
メソスが怒りを押し殺しながらも
俺を睨まずにはいられなかった。
彼女が認めたくないのはなんだろう。
父親の名誉か。
家族だということか。
それが自分に関りがあるのが許せないのか。
でも否定はできない。
「もういい、疲れた。少し寝させて」
メソスは座っていたベッドに潜り込み、
頭までブランケットを被った。
俺は眠るまで見守って……
いようとした俺の肩をリディアが掴む。
力、つよない?
「エリン様、少しお話が。
お外まで、よろしいですか?」
「え、外? 俺も怪我してるんだけど」
「よろしいですか?」
圧。
なんか怒らせるようなことしたかな?
最速で謝るべきか。
でもそういうの逆効果だって聞いたことあるな。
俺の手を取って歩きやすいようにはしてくれてる。
絶対安静を言い渡されたモリーの
様子も見てみたが、こっちは熟睡。
きっとこの子たちに気を遣ってるんだな。
リディア、なんだかんだで優しいから。
「あなたはアホですか?」
外に出てすぐこれだよ。
いや~、夜になると寒さエグイね。
くしゃみしたらマント着せてくれた。
回収済みかよ。有能メイドさんめ。
「ありがと」
「気を付けてくださいね。
エリン様はときどき風邪をお召しになるので」
「そうなの? 状態異常無効かと思ってた」
「なんですそれは。でもまあ、あなたはエリン様より
体調管理がしっかりしてますから助かりますよ」
「大事なエリン様の身体だしね」
「それで怪我もなければいいのですが。
では改めまして……」
咳払い。
「あなたはアホですか?」
「だからなんだよ、それは。
さっきの話で何かまずいことあったならそう言え」
「そう言っていますが?」
「言ってねえだろ、アホとしか」
「他に言いようがないからです。
家族だの名誉だの、あなたはメソスの保護者にでも
なるおつもりですか?
そこまで関わってはいけません」
「父親を失って自分も殺されかけたんだぞ?
優しくすんのが悪いってのか」
「優しさはどうでもいい。
関わりすぎるなと言っているのです。
誰からも等距離であるよう、心がけてください」
なんでかな? いつもと変わらないのに、
年下みたいに扱われてふいに腹が立った。
なんでそんなことを言うんだ?
なんで俺と同じ気持ちじゃないんだって。
子供みたいなわがままが、
抑えられなかった。
「笑顔で手も触れずにうすら寒い言葉をかけろとでも?
冗談じゃない。俺はエリン様じゃないんだ。
一人の人間としてできることをしたいんだよ」
「あなたが一人の人間だから言っているのです。
神でも悪魔でもない、人間だから」
「人間だから何もできねえって?」
「そんなこと言ってないでしょう」
「言ってるよ。優しさがどうでもいい?
ふざけんな。俺はその優しさに救われたんだ。
だから俺も救いたいんだよ、
ばあちゃんが俺にしてくれたみたいにな」
「あなたの話をしているのではありません。
私はエリン様としての公平性を──」
「最善だの公平だの知るか。
親のいないお前ら悪魔に、
親を失うってことがどんなことかわからねえよ」
うん、わかってる。
これは言い過ぎ。
何をムキになってんだ、俺?
ずっと昔の話だろ。
両親が死んだ日のことなんて。
「……どうやら、少し混乱なさっているようですね。
中に戻りましょう。
あなたもお休みになってください」
「いや、もう少し風に当たってるよ。
傷で身体が熱いんだ」
エリン様の中に俺がいるのでなければ、
リディアはそんな目でエリン様を見なかっただろう。
まばたきするたびに世界から色が失われていくような、
すごく……悲しげな瞳。
「あなたは人間です。
一つ一つの苦しみに寄り添っていては、
いつかあなた自身が押しつぶされてしまう」
俺は目を逸らし、
別のことを考えているふりをするだけ。
それでも彼女は数秒、待ってくれた。
何も言わないでいる俺を。
何も言えないでいる俺を。
「風に当たるのもほどほどに。
あまり、心配をかけさせないで」
ドアが閉まる音を聞いて、
少しの間、ドアの向こうで立ち尽くしている沈黙と、
やがて遠ざかる足音に耳を澄ませる。
俺は手で目を覆い、長く長く、息を吐いた。
もし俺がエリン様としてここにいなければ。
そうでなければ今さら誰かに、
あの日の俺の気持ちをわかってほしいだなんて、
思わなかったはずなんだ。
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