第四十二話 未来の話をしよう
牢ってのは普通、横並びになってるもんだけど、
向き合ってるね、この城の牢屋。
空いてる部屋とかを牢として使ってるだけかと
思ったら、ちゃんと拘禁するための設備があった。
何のためにこんなん城の中に造ったの?
結構、謎だよね、このお城。
子供たちの予測通り、牢番のベルフェは不在。
さすがに鍵まで置いといてはくれなかった。
で、階段を下り……ない。
牢屋が地下にない。
まあ知ってたけどね。
城の地下ってだいたい貯蔵庫とかだし、
戦闘要塞に牢なんて無駄なもん造んないんだよ。
でもほら、異世界だし。
ワンチャンあるかなって。
実際、牢屋はあったわけだし、期待しちゃうじゃん?
湖に突き出した狭い隔離部屋でした。
そのまま湖に落とせる感じのね。
やっぱりなんか怖いな、この城。
「なんだ、あの牢番はまたクソか」
「女の子がそんな言葉使うんじゃありません」
俺の顔を見るなりアグニは悪態をつき、
さらには連れてる子供たちを見て鼻で笑う。
「牢に子連れか? 相も変わらず狂った女だ」
「子供ではありません。モリーです。
本来ならあなたみたいな毛玉が口をきける悪魔では
ないんですよ。エリン様に感謝なさい」
おお、クロムの教育がうかがい知れる。
こういうのも悪くないよね。
「そういうのはもう一歩近づいてから言え。
喉を引き裂いてどんな音が出るのか聞いてやる、
小さな悪魔」
「はーい、ストップ。お互いに年の近い同性は
貴重なんだから、仲良くしなさい」
「年が近い?」
「こいつと?」
さっそく仲良しリアクション感謝。
「アグニは十二だ。モリーは?」
「じゅう……さんです」
嘘ついたな。
悪魔の本能か。
「握手しろとは言わないよ。
ただ、今は二人の力を貸してほしい」
数秒、にらみ合う可憐? な少女二人。
この体格差で殴り合えそうなモリーの迫力、
なんなの?
「なー、まだ? 誰か来ちゃうよ」
見張りのマリスがいい感じで空気読まない。
ため息ついたモリーが格子を蹴飛ばす。
「うっさい、ビビり。まだ来たばっかでしょうが。
けだ……アグニ、こっち来て。
王の森で嗅いだっていう血の匂い、思い出して」
俺がうなずくと、アグニは格子際まで来て
鼻面を突き出す。
「こんなので何がわかる?
こいつが匂いを追えるのか?」
「黙って、気が散る。
エリン様、私を抱きしめて」
「え? なんで?」
「気分が良くなるから」
なんかモリーってさあ、
三人の中で一番クロムの影響が強くね?
んで、なんでアグニは不満げ?
歯を剥かないで、怖いから。
「あ、見える! 何か見えそうですよ」
口調と状況、合ってない。
髪留め吹っ飛ばして髪が広がって、
抱きしめてるモリーの身体に俺の腕が
ちょっと重なってる。
「おい、なんだこれ、こいつ何してる?」
さすがのアグニも慌ててる。
そりゃ鼻面に触れてるモリーの手が
鼻の中に入っちゃってるんだもんねえ。
どうする?
今すぐ止める?
「大樹に抱かれた秘密……数多の祈り
受け継がれし剣……取り戻される名誉……」
なんだって?
出力は音声のみかよ。
文学的だな。
映像が頭に流れ込んでくるとかいう演出は
現行ハードじゃムリなのか?
「呪われし血の流れ……破滅の、王国?
ちょっと待って、なにか──」
スライスされたハムみたいにモリーの身体が
ずれて、穴の奥から響いてくる音のような、
悲鳴。
「エリン、様子がおかしい、こいつを止めろ」
「わかってる。
おいモリー、もういい、やめろ」
ずれがどんどん大きくなって、
俺の腕の中で感触が薄れていく。
それなのに、ずれた断面から流れる血は
熱くて、火傷しそうで。
悲鳴は穴の奥に落ち込んでいく。
遠のいていく。
揺すっても声をかけても反応がない。
焦って、意味もなくモリーを抱えたまま
走り出そうとしたとき、
急に脇からしわだらけの手が差し込まれる。
「若い連中は、儀式も自分を守るすべも知らんのか」
硫黄のような匂いが鼻をついたと思ったら、
モリーの身体から力が抜けて俺の胸に倒れ込んだ。
気を失ってる。
「すまない、助かった。
あんたは……当てよう、ベルフェ、だね」
顎髭を垂らした腰の曲がったおじいちゃん。
気難しそうな顔してる。
槍は持ってるけど穂先にはカバー。
ランタンとマリスがぶら下げられてた。
「なにが当てよう、じゃい。
エリン様がちゃんと守ってやらんでどうする」
頭、はたかれた。
「ごめんなさい。モリーは大丈夫なのか?」
「不用意に未来なんぞ覗くから、
向こうから干渉されたんじゃ。
はよラースのとこに連れてけ、さっきの傷が本当に開くぞ」
そりゃ大変だ。
俺はモリーを抱えたまま、
なんとなく気になって立ち止まる。
「なあ、モリーの傷って未来に関係あるか?」
「おそらくな。
その子が見た誰かの傷じゃろう。
一人か二人か、それ以上か。まあ死んでるな」
「簡単に言うなよ。
俺はそれを防がないといけないんだ」
「未来のために今の子供を死なせかけたってわけだ。
その未来とやらにお前さん以外、誰がいるのか、
誰にいてほしいのか、よく考えるんだな。
さ、面倒だ、お前たちはここに来てない。
さっさと消えろ」
そう言うとベルフェは壁に寄りかかって座り、
うつむいて動かなくなった。
もともと壁の一部なんじゃねえか、こいつ。
にしても、言い返せなかったな。
ベルフェの言うことが正論すぎて。
俺は焦ってばっかで足元が見えてない。
槍に引っ掛けられたままのマリスを下ろし、
一緒に診療所まで急いで戻った。
けどラース先生はまだ往診から戻っていなくて、
ちょうどよかったからマリスを呼びに行かせたよ。
「悪いな、モリー。
せっかく傷が良くなったのに」
ベッドに寝かせたモリーの額に手を置いて謝る。
こんな状態で置いてっちまうけど、勘弁な。
これ以上みんなを危ない目には合わせられない。
ここからは、一人だ。
モリーの示してくれた未来。
全部はわからないが、最初の部分には心当たりがある。
大樹の抱えた秘密に数多の祈り、
王の森では一か所しか思いつかない。
どうしてそこなのか。
誰がいるのか。
それはわからない。
こういう未来がどうとかって話になると、
よくあるのが未来を見ることで
その未来が確定するってやつ。
わかりやすいアイロニーだ。
でもモリーは俺がエリン様と入れ替わったことで、
そのとき見えていた未来が消えたと言っていた。
モリーの観測する未来は改変可能。
だとすると、俺が未来の知識をもとに行動した時点で、
未来は変化している。
その未来に関わっていたものたちの行動も。
俺、なに考えてんだ?
自分の思考がどこ向かってるかわかってる?
暗いな。
マントの裏側にぶら下げといた折り畳み式ランタン。
まだ火は入れない。
日中、大勢が森の中を行ったり来たりしたから、
歩きやすくなってるとこを選べば見えなくても大丈夫。
遺体遺棄現場は綺麗に片づけられて、
供養のためなのか、石が積まれてた。
俺も手を合わせておこう。
すぐに埋葬してやれなくてごめんなさい。
大樹の根元から、暗くて入口も見えない
秘密基地を見上げる。
人の気配はない。
気配を探れるほど俺は敏感じゃない。
処刑人がすぐ側まで来ていても、
わかりゃしないだろう。
未来の話をしよう。
恐怖から目を逸らし、希望を見つけよう。
俺がここにいることで、
すでに観測された未来は変化した。
未来は再び予測不能の領域へ。
けどまだ、モリーの見た未来は
完全に回避されてはいない。
ではどうするか。
ランタンに火を入れて高く掲げる。
遠くからでも俺がよく見えるように。
マントを脱ぎ捨て、無防備な四肢を露わに。
未来が、俺を無視できないように。
せっかくモリーが見てくれたんだ。
全部なくしちまうなんてもったいないだろ。
刻まれる傷も流れる血も俺が引き寄せる。
それでどうか、
いい未来が訪れますように。
読んでいただき、ありがとうございます。
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