第四十話 今どきの子って小学生のときからマインクラフトやってんだよ?
クロムは何事もなかったみたいに
執務室に引っ込んだ。
俺を無視して普段通りに仕事を始め、
積まれた封書を開封して黙々と読んでいる。
話したいことがあるならどうぞ、て感じ。
自分から話すことなんかないってか。
ヘタレのくせに大物ぶりやがって。
俺もだけど。
「おい、さっきのアレはなんだよ?」
ちょっと荒っぽく問い詰めてみても、
やっぱり怯んでる俺がいます。
「通報がありました。メソスが行方不明なのは事実です。
適切な対処と思いますが?」
「だって、その通報がホントかどうかわかんないだろ」
「それは今後の調査で明らかになるでしょう。
通報が虚偽だったなら、責任を問われるのはダーガです」
「じゃその調査っていつやんだよ?
手紙読んでて何かわかるのか?」
「おや? アグニの無実はエリン様が証明なさるのでは?
必ず助けると仰っていたではありませんか。
わたくしなどが手を出す必要などありますまい」
「お前、昼間と言ってること違うぞ」
「王の森での事件ならすぐにでも解決できます」
「ホントか? どうやって?」
「アグニです。あれが犯人ならちょうどいい」
「そういう話じゃねえ。
犯人なら王の森にいた。奇妙なやつだったよ。
解決できるってんならすぐにあいつをどうにかしろ」
「なぜそれが犯人だと?」
微妙に論点ずらしながら反論してくんだよな。
気持ち悪い。
気づいたら迷子にされてる。
「処刑人の剣だ。凶器だよ。
お前が言ってただろ、鋭利な刃物だって。
まさにそれだ。グレイブンとこでも話を聞いた」
「それだけでは何とも言えませんな。
物証が手元にあるならともかく……」
「あとは鳥の羽が集まったみたいなローブで、
まるで浮いてるみたいな動きだったよ。
やっぱりハーパが契約してるんじゃないのか?」
「かもしれません」
「だったら──」
「それでいいのですか?」
くっそ、急にこっち見んな。
まるで心臓に直接触られてるみたいな不快感だ。
バカげた眼帯の下から刺すような視線を感じるんだよ。
「い、いいだろ? 想定の範囲内だ。
ハーパと契約者、それぞれのコミュニティに引き渡す。
そういう話だったじゃないか」
「増えますよ?」
「何が?」
「こういう事件です。
悪魔と契約し、身勝手に欲望を満たす。
それが可能だと知れば、無視できないのが人間です」
「そうかもしれないが、それなら悪魔のほうに
契約の禁止を徹底すればいい」
「ハーパがすでに契約しているのに?
悪魔たちとて全てが私に従うわけではない。
自分の意思で契約を求めるものもいるでしょう。
エリン様もそういう事例をご存じなのでは?」
マーパのことか?
リディアにも話してないぞ。
こいつ、どこまで知ってんだよ。
「だからって……だからってアグニに罪を着せるのか?
十二歳だぞ? 何の罪もない。
そんなこと、絶対に許さない」
「ダーガはこれを機にソニアより族長の座を
奪うでしょう。ダーガは欲深く、ソニアは思慮深い。
我々にとって都合のよいのはどちらです?」
「俺たちの都合じゃないって言ってんだよ。
俺は公正の話をしてるんだ。
罪のないところに断罪はない」
クロム、手紙を開いてるけど読んでないな。
見たくもないもの見てるみたいに
目の周りに力が入ってる。
イラついてる?
いや、怒ってる?
「国に混乱をもたらす公正に何の意味があります?
あなたが求めるべきは公正などではなく、最善です。
アグニを犯人になさい。
それが人間どもの望んでいる真実だ。
そしてミルダルスが扱いやすい集団に変わる。
たかが小娘一人、犠牲にすれば手に入る最善です」
「その小娘一人を守るって約束したんだよ。
そんなことも守れず、国が守れるか」
「やれやれ、困ったお方だ。
国境の一件で懲りてくれたのかと思ったのですがね。
もしこの状況が誰かに仕向けられたのなら、
我々は追い込まれているんですよ?」
「少なくともアグニを犯人に仕向けたのはお前だろうが。
最善ってのはな、
一人一人を救うことの積み重ね以外にないんだよ」
「結構。ならばそうしなさい。
あなたはあなたの、私は私の最善を尽くしましょう」
「アグニを今すぐ解放しろ」
「あなたが本当の犯人
──『処刑人』──とでも呼びましょうか。
その処刑人を捕らえたならすぐにでも」
「わかった。それまでは何もするな。
アグニを丁重に扱え」
「無期限、とはいきません。
このままメソスが見つからなければ、
魔女狩りが始まりそうですから」
ちょっと嬉しそうだな、クロム。
魔女狩りの思い出にでも浸ってるのか。
執務室を出て行く俺を、行ってらっしゃいませと
見送るあたり、だいぶ悪趣味だ。
とはいえ、クロムの『最善』は間違っちゃいない。
被害を最小限に抑える確実な方法だ。
いわゆる数学的に正しいってやつ。
ざっけんな。
俺は世界史の教師だ。
そんなもん、歴史の中には一つもないわ。
だってそうだろ?
キリストは一切れのパンと魚を何人に分け与えた?
それって数学的に正しいか?
人を動かすのは数字じゃねえ。
数学なんざクソくらえ。
数学の竹本先生、ゴメンナサイ。
「リディア!」
自分の部屋に戻ってリディアを呼ぶのってヘンだな。
でもあいつ、いつもエリン様の部屋にいるし。
で、肝心なときにはいない、と。
そういやあいつの部屋ってどこだ?
俺、知らないんだよな。
城の中をうろうろ歩き回って、
出会った人みんなにリディアの居場所を聞いたけど、
誰も知らなかった。
今朝から誰もリディアを見てない。
ハーパを探しに行ったきり……
ハーパ……契約……処刑人……
おい、おい、おいおいおい。
リディアの名前を呼びながら走り回ってた。
探しに行きたくてもどこへ行ったか見当もつかない。
ただ焦って、おんなじとこぐるぐる回って、
会う人みんなにすがりついて、
時間を無駄にした。
リディアがいつも洗濯してるっていう
井戸まで来て、一人で座り込んでる。
なんだよ、俺一人じゃなんにもできねえじゃん。
アグニ守るって言って、最初からリディアあてにして。
そのリディアが危ない目にあってるかもってのに、
こうして膝抱えてるだけ。
「バカか、俺は。
身体がエリン様だからって中身は俺だぞ。
何ができるってんだよ……」
やらなきゃいけないことがわかってるのに、
その取っ掛かりも見つけられない。
無力感ってこういうことか。
「バカか、俺は」
もう一回言った。
なんも思いつかん。
せいぜいがエリン様の権限を使って人集めて、
森を捜索するくらいかな。
でも、あんなの闇雲に探して見つかるか?
そもそもあのローブ脱いでたら誰かわからんのに。
「クソっ」
井戸にパンチ。
手が痛いだけ。
考えろ、俺。
なんか手がかりがなかったか?
手がかり……手がかり……
頭抱えてたら、ふっと鼻先を鉄さびみたいな
匂いが掠めた。
「エリンちゃ……エリン様、
こんなとこで何してるの?」
引っ張り上げられるみたいに顔を上げると、
土埃で汚れたストラとマリス。
ストラは俺をエリンちゃんと呼びそうになったのが
恥ずかしくて横向いてるけど。
二人とも片手で振れる木剣を持ってて、
膝をすりむいていた。
血の、匂いだ。
「そうだ、血の匂いだ。
アグニは血の匂いを追ってた。
でも処刑人はまったく別の方向から来た」
俺が急に勢い込んで喋ったもんだから
二人ともちょっと引いてる。
構うもんか。
二人まとめて抱きしめてやる。
「あいつも追ってたんだよ、血を流した誰かを。
追わなきゃならないくらい都合の悪い誰かだ。
そしてその誰かはまだ王の森にいる」
顎に手を当てて井戸の周りを歩き始めた俺を、
二人は傷を洗いながら怪訝そうに見てる。
ふっ、俺の思考速度が
他人を置いてけぼりにする日がくるとはな。
まあ何も知らない子供相手だけど。
アグニと俺が足止めしたから処刑人から逃げきれた
……と思いたい。
少なくとも今は追うことのできる唯一の手がかりだ。
「どうする? やはり人を集めて森の捜索か?
でもそれだと警戒して隠れてしまうかも。
俺一人で行く?
処刑人と遭遇したら対処できるか?」
なんてぶつぶつ言ってると、唐突に頭叩かれた。
木剣で。
「エリン様ってば、聞いてる?
何があったか知らないけど、一人はダメだよ」
「そうだよ。王の森の捜索なんて何日もかかる。
それで間に合うのかよ?」
「まにあ……わない」
「だろ?」
「なんだよ、お前ら、何か手があるのか?」
ストラとマリスは顔を見合わせ、
肩をすくめてうなずきあう。
「エリン様ならいいかな……」
「……まあエリン様だしな」
それから二人同時に走り出した。
呆然とする俺を置いてけぼりにして。
二人は振り返ると交互に手招きする。
なんとかわいい悪魔の手招き。
「なにしてんの、置いてくよ」
「置いてくって……
そもそもどこ行くんだよ?」
二人は顔を見合わせ、
肩をすくめてうなずき合う。
あれ? それで通じちゃう感じ?
三十六歳の思考速度なんぞが、
子供の想像力に及ぶわけもないのよ。
だって今どきの子供って
小学生のときからマインクラフトやってんだよ?
かないっこないよ、地頭で。
だからこういうときは素直にこう思えばいい。
運が向いてきたって。
読んでいただき、ありがとうございます。
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