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第三十九話 お前、何回異世界来てんだよ

 広がった袖を振っただけに見えた。


 浴衣着た女の子が得意げに回ってみせる、

 そんな柔らかい動き。


 どこにあるのかもわからない袖口から、

 暗闇そのものに濡れてしまったみたいな刃が

 ぬるりと伸びてきた。


 さすがエリン様の目。

 見えてる。


 丸まった切っ先、薄い刃、遠心力の得やすい

 トップヘビーの重心。


 処刑人の剣だ。


 そこまで見えてるのに動けない。


 のけ反ろうとしても、

 首と肩が接着したように固まってる。


 残酷な処刑だよ。

 自分の首が切り落とされるのを見せられてる。


 首刎ねられるときのピキーンて音、聞こえた?

 ごめん、エリン様。

 リセットはないんだ。


 マントを掴まれ、思い切り後ろにぶん投げられた。


 とっさに首を丸めて転がって

 這いつくばったまま顔を上げると、

 アグニが俺のいた場所に立ってる。


 アグニは逃げない。

 前へ。


 一瞬で相手の武器の特性を見抜いてる。


 スピードに乗った切っ先にいくほど危険で、

 根元にいくほど威力は下がる。


 でもさ、それでも、刃を身体で受けにいくって、

 頭がまともじゃできねえよ。


 しかもきっちり反撃までしてる。


 至近距離で腕を振る空間なんてないのに、アグニの

 かぎ爪は引っかかっただけで骨ごと持っていかれそう。


 相手は剣を振り抜かずに、しゃがんでかぎ爪を避ける。

 動物並みの反射だ。


 しゃがみながら身体を回転させ、アグニの足元に一撃。


 誘い。


 アグニが飛び上がって足元への一撃を避けると、

 剣が直角に跳ね上がる。


 空中で逃げられないアグニの胸から顎を打ち割る軌道。


 間に合わない。

 俺がここから手を伸ばしても届かない。


 俺の喉からヘンな声が出そう。


 でも、アグニは空中で静止。

 剣が鼻先を掠めて空振りした。


 片手で木の幹を掴んで空中で微動だにしないの、

 浮いてるみたいで脳がバグる。


 木の幹、半分くらい握りつぶされてるけど。


 ……環境保護。


 アグニが真上から腕を振り下ろすと、

 相手は後退して腕の範囲の外へと滑り出て行く。


 剣を振り上げた慣性も下半身の動きも感じられない。


 風に舞う羽毛みたいに触れられない。


 アグニはそんなのお構いなし。

 触れえざるものを焼き尽くす勢いで追撃する。


 あの巨体で、低くて、速い。


 俺の膝くらいの高さに頭がある。

 まるで地を這う蛇だ。


 相手の視線は下がる。


 のっぺりとした広い影が伸びてくるような

 不気味な動きに距離が測れず、

 上から大振りの一撃を加える。


 そこでアグニが一気に身体を起こす。


 立ち上る炎だ。

 相手の視界はアグニの身体で覆われ、

 下からの蹴り、上からのかぎ爪が見えない。


 全身が顎となったアグニに嚙み砕かれ……


 左の袖から伸びていた剣がないぞ?

 アグニに振り下ろしていない。


「右だ」


 俺は自分でも意味がわからず叫んでた。


 相手の右袖から突き出した剣がアグニの顔面を捉えてた。


 いつの間に持ち替えた?

 俺はともかく、アグニがそれを見逃すか?


 金属同士がぶつかる音。


 アグニが剣を噛んで止めてる。


 もうムチャクチャだ。

 どっちも俺の常識を破壊しにきてる。


 アグニは口の端を切り裂かれ、血を流しながら

 笑っているかのよう。


 いや、本当に笑ってる。

 首回りの筋肉が肥大化し、剣を強く噛みしめる。


 噛み砕く気だ。


 眼球を突きにきたナイフを目で追えているのに

 避けようともしない。


 ソニア、こういうことだな?

 激昂しやすいってのは。


 片目くらいどうってことないって頭になってる。


「下がれ、アグニ」


 怒鳴るでもなく叫ぶでもなく。


 どうしてかな?

 落ち着いた命令口調が、一番届くって思えた。


 俺の横まで戻ってくるのに一足飛びだ。

 いま船何艘分飛んだ?


 八艘飛びだったら物理最強スキルだ。


 前傾姿勢で相手を威嚇してるアグニ。

 でもその頭の高さってさあ、

 ちょうど俺の手が乗せやすいんだけど?


 なんか流れで頭に手を置いたら、

 アグニの表情が緩んだ。


 正解?

 グッド・コミュニケーション?


「あ~ほら、目の下切られてる。

女の子なんだぞ? 顔は大事にしろ。

自分を守れ、傷つかないことを第一に考えるんだ」


 アグニが難しそうな顔で俺を見上げる。


「それだとさっき、お前死んでたぞ。

自分でなんとかできたのか?」


「う……で、きませんでした。

その場その場で最適な判断をお願いします」


「めんどくさい奴だな、エリンは。

それよりあいつ、どうする?

こっちには武器もないんだ。そう何度もしのげないぞ」


「そうだな……」


 俺は自分の右腕に目を向ける。

 本来の、瀬名浩一の身体のときにも感じた振動。


 もともとエリン様の力だ。

 あれが使えれば、俺でも捕まえられるか?


 俺は右腕を伸ばして相手に向けてみる。


 振動も、唸るような音も聞こえてこない。


「どうした? 何かできるなら早くしろ。

お前を守りながらじゃ、やりにくい」


 相も変わらず情けない。

 何回、異世界来てんだよ。


 二回目だけど……


 ソニアにアグニを守ってくれって言われたのに、

 逆に守られてるじゃんか。


 でも……

 それでも……

 やっぱり傷つくのも傷つけるのも怖い。


 もしぐちゃっと潰しちまったらって思うと、

 怖くて仕方がないんだ。


「悪いことは言わない、投降しろ。

俺は狂乱の天使をも退けたエリン。

こっちはミルダルス最強の戦士アグニだ。

今なら命は助けると約束しよう。

公正な裁きを受ける権利もだ」


 なのでハッタリ。

 俺はこいつを極めるぜ。


 俺に合わせて動こうとしてたアグニは、

 なんか膝が抜けたみたいになっちゃったけど。


 すまぬ。

 俺にはお前との連携スキルはまだない。


 だが見ろ、アグニ。

 処刑人の剣が袖の中に戻っていく。


 蛇の舌みたいでかなりアレだけど、

 戦意喪失したみたいだな。


「誰か来るぞ。大勢だ」


 アグニが森の入り口のほうに顔を向ける。


 え? 何も聞こえないよ?


 て、目を離した一瞬で消えてた。

 ようやく出会えた重要な手がかり。


 逃げ足はやっ。

 かわしまくるし、はぐれメタルか。

 攻撃力高い即死技もちはぐれメタル。


 うん、ナシで。


「逃げたか。

エリンが唐突に狂ったことを言うから

恐れをなしたんだな。さすが、でいいのかな?」


「それでいい、もっとくれ」


 そのあたりでようやく俺にも声が聞こえてきた。

 エリンさま~って呼んでる。


「クロムか? こっちだ、いいところに来てくれた」


「何がいいものか。

あんなにぞろぞろ来るから逃がしてしまったぞ」


 アグニは匂いを嗅いでいるが、

 大勢の人間たちが来たことで見失ってしまったらしい。


 しきりに舌打ちしてる。

 なんかかわいいけど。


「おお、エリン様、こちらでしたか。

しかもアグニまで一緒とは、さすがですな」


「お前もくれるのか。いいぞ、もっとくれ」


「おい、カシムと言ったか。

彼女で間違いないのだな?」


 人間たちだけじゃない。ミルダルスもいる。


 ミルダルスの男にしては大きいのは一度会ってる。

 リディアに蹴って踏まれたダーガ。


 ダーガの横に首根っこ掴まれるみたいに、

 肩をすくめて立ってるのがカシムか。


 渦中の結婚話の当事者だったな。

 体毛が白っぽくて短く、

 まだ育ちきっていない感じだ。


「ダーガ、なぜ貴様がそれをかぶる?」


 いきなりアグニがダーガに食ってかかる。


 ダーガが頭にかぶってる羽飾りは

 ソニアがかぶっていたものと似ている。


 たぶん族長の証なんだろうな。


「お前は動くな、エリン様、こちらへ」


 驚いたのはクロムたちの反応。


 ダーガの後ろに控えてたミルダルスだけじゃない。

 クロムが連れてきた衛兵たちも、

 みんなが槍の穂先をアグニに向けた。


「おい何してる? 今は他のことはいいから、

森の捜索に協力してくれ。まだ近くに犯人が──」


「通報がありました。

デリクの娘、メソスを連れ去ったのはこのアグニです」


 俺とアグニは顔を見合わせる。

 何の話だ? メソス? 連れ去り?


「アグニはずっと俺と一緒にいた」


「早朝です。エリン様は寝所でお休みでした」


「この狼憑きが、どうせ私の取りまとめた婚姻が

気に食わなかったのだろう。

お前を守ってくれるのはもうソニアくらいだからな。

それともなんだ? ソニアに頼まれたか?

ろくに動けもせんくせに、族長の座にしがみつく」


 新スキル『コーヒートーク』のおかげで

 亜人種の表情が読めるようになった俺だが……


 んなもんなくてもわかるわ。

 アグニの顔。


 口より先に手が出るやつ。


「待て、アグニ、ダメだ」


 俺はすぐさまアグニの腰に抱き着いた。

 これなら重しになって動けまい。


「お前たちも槍を下ろせ。

クロム、こいつらを下がらせろ。

俺たちだけで話をしよう」


 クロムは冷淡な目でアグニを見てるだけ。

 ヤロウ、聞こえないふりしてやがる。


「どけ、エリン。お前を傷つけたくない。

この男は母さんを侮辱した。

片耳削いで母さんに謝らせる」


「聞いたか? クロム殿。

これが狼憑きの本性。血を見ねば話もできん。

今すぐ拘束を。メソスの居場所はそれから聞き出す」


「仕方ありませんな。おい、お前たち」


 クロムの指示で衛兵たちが展開してアグニを囲む。


 ヤバい。

 なんかアグニの胴回りが膨らんだ。


 躍動する鋼みたいな筋肉。

 ソニア、鋼みたいに鍛えられてますよ。

 よかったね。


 ……じゃない。止めないといけないのに、

 片手で持ち上げられる。また投げられそうになってる。


 俺は必死にアグニの首にしがみついて

 間近で目を合わせる。


 アレだ。

 ソニアから託された目。母親の愛……


 怖え。目、合わせらんねえ。

 血走ってるとかじゃないんだよ。


 青く透き通っててさ、純粋で無邪気な殺意。

 なんて目ぇすんの、十二歳。


 ……なんて目ぇさせてんだ、俺たち。


「落ち着いてくれアグニ。

今はクロムたちに従うんだ。大丈夫、危害は加えさせない。

さっきのやつは俺が捕まえる。

お前の無実は俺が証明する。

俺がお前を守る。

だから、誰も傷つけないでくれ。頼む」


 俺のことなんか見てなかった。

 見えてなかった。


 でも、頼むって言って、それが届いて、

 初めて気づいたみたいに俺を見て、


 目がじわって滲んだ。


 さすがに泣きはしなかったけど、

 俺を抱きしめて、誰にもバレないように鼻をすすった。


 怖くないわけないんだよ。

 武器持った大人に囲まれてさ、

 自分でも知らないことで責められて。


 俺がいなかったらアグニはその怖さを、

 全部怒りに変えてしまっただろう。


 アグニはそれもできるから。


 一緒にいてよかった。

 自分の中の怖さに気づかせてやれてよかった。


 ソニアが守ってくれって言ったのは、

 きっとその怖さに気づくアグニだ。


 俺は抵抗せずに連行されていくアグニを見送り、

 クロムを呼び止めた。


「お前に話がある」


「なんなりと、エリン様」


 こいつ、ため息をつきやがった。

 俺がアグニを守るって言ったときに。


 自分が用意した舞台を台無しにされたみたいに、

 傲慢で悪意に満ちたため息を。


 話をしようか、クロム。


 てめえの台本なんざ知るか。

 一緒に踊るか……


 でなきゃ俺の舞台から消えろ。

読んでいただき、ありがとうございます。

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