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第三十八話 それがお前のフェイタリティか

 ヨナと一緒に森を出るつもりだったけど、問題発生。


 十二歳の女の子が木陰から俺をじっと見てる。


 試しに左右にステップ回避してみたけど

 猫並みの動体視力で俺を捉えてる。


 あの母ありてこの子あり。


 バトルフィールドではガンガンいくのに、

 いざ離れると途端にコミュ障こじらせる。


 お前らのパッシブ戦闘中しか発動しないだろ?


「ヨナ、ちょっと用事ができた。先に行っててくれ」


 俺が指さすとアグニは素早く木の後ろに隠れる。

 頭以外はだいたい見えてるけど。


 ヨナは気づいてないふりをして

 ──下手な口笛はどうかと思うぞ──

 彼女の横を通り過ぎて行った。


 俺が声をかけようと近づくと

 アグニは森の奥に逃げて、また木陰に隠れる。


 妖精に迷子にされるやつだ、これ。


 と思ったらちゃんとテントがあった。

 テントと言うよりタープだね。


 テーブル代わりの切り株、丸太を削った椅子。

 枯葉を厚く積んであるのが寝床。


 冬だよ?


「ん」


 アグニが濡れた手ぬぐいを差し出してきた。

 すんごい冷たい。もはやしゃっこい。


 意味わかんなくて戸惑ってると、

 俺の頬にグイグイ押し付けてきた。


 ああ、殴ったとこ冷やせってことね。


 俺が手ぬぐいを受け取って頬を冷やしてるのを、

 アグニはほとんど睨むように見ていた。


 ふふっ、気まずい。


「何か、俺に話があるのか?」


 声をかけると慌てて飛びのき、

 逃げ場所を探すみたいに木の上に目を向けてる。


「落ち着け、何もしないから」


 観念したのかようやく目が合った。


「あの、さっきは、殴って……

ごめんなさい……でした」


「他のみんなも興奮してたからな。

あの一発で俺は冷静になれたよ。

まあ、できれば今後はなしでお願いしたいけど」


「かあさ……ソニアには

穏便にと言われたのにできなかった。

エリンがいなかったらもっとひどいことになってた」


「それがわかってるなら上出来だ。

アグニは立派な族長になれるよ」


「私は族長にはならない。なれないぞ」


「え? でも族長の娘なんじゃ……」


「狼憑きがなれるわけないだろ。

かあさ……ソニアから

狼憑きについては聞いたんだろう?」


「まあ、ちょっとだけ……」


「かあさ……ソニアも適当だな。

話すならちゃんと話せばいいのに。

次の族長はダーガだよ。

あいつが族長になったら私もここにはいられない」


「なんで? 追い出されるの?」


「いや、残れば殺される。

人食いの化け物だぞ? 狼憑きの大半は

大きくなる前に同族の手で殺されるんだ」


 思ったより余裕がないな。

 ソニアが必死に鍛えなきゃってなるわけだ。


「ダーガってこないだ民会に来てた?」


「ああ、エリンの従者が一蹴したって聞いたときは

本当は嬉しかったんだ。

あいつはかあさ……ソニアを──」


「もういいから、母さんって言いなよ!

俺しかいないし、誰にも言わないし」


 まだるっこしくてちょっと大声出しちゃった。


 そしたらアグニ、目を伏せて肩も丸めて、

 これは尻尾があったら垂れてるな。


「でも、私、狼憑きだから……」


「関係ない。母親は母親だろうが。

根性見せろ」


 なんだか衝撃を受けていらっしゃる。

 目が丸くなっていらっしゃる。

 よけいに犬っぽくなっていらっしゃる。


 初めてなんだろうな。

 狼憑きなのが関係ない、なんて言われたの。


「……言っていいの?」


「おう。俺が許す」


「か、かか、かあさん」


「声が小さぁい」


「母さん!」


「いいぞ、それでこそアグニだ」


 何がそれでこそ?


 よくわからんけどアグニは喜んで転げまわって

 寝床とかまき散らしてる。


 息を切らしてタープを見上げる顔の晴れ晴れしいこと。


 こいつ、俺を殴ったときは相当キャラ作ってたな。


「えーと、なんの話だっけ?」


「ダーガがどうとか言ってたな」


「そうだ。

あいつは母さんが年々動けなくなってきてるのを

いいことに、好き勝手やってる。

今回のことだってあいつが族長気取りで勝手に

話を進めたからややこしくなったんだ」


「今回のって、婚姻の話か?」


「ああ、カシムとメソスはこっそり会ってて

ゆっくりと互いのことを知ろうとしてたんだ。

それなのにダーガは向こうの親に勝手に婚姻を申し込んだ。

本来、婚姻の取りまとめは族長の仕事。

あいつは自分が族長だと言わんばかりだ」


「若人の淡い恋を利用するたあ、野暮だねえ。

でもそういうの、

ソニアが黙って見過ごすとは思えないんだけど」


「母さんは今、立場が弱い。

……私のせいで」


「何をした?」


「何もしてない!」


 跳ね起きて噛みつきそうな勢いで歯を剥く。


 立派な犬歯だ。

 人を引き裂いて、食えそうだ。


「すまない、言い方が悪かった。

俺はもっとミルダルスのことを知りたいだけなんだ。

ソニアや他のみんなのことも、アグニのこともな」


 ちょっと言い方、ずるいか?


 ずるいって目をしてるね。

 表情、読めるようになってきた。


 根は素直なんだなー


 俺、亜人種の表情読むの得意かもしれん。

 ありがとう、コーヒートーク。


「……聖地だ」


「ん? ここサンクチュアリ」


「違う。

私たちはミルダルスの聖地を守る特別な一族だ。

でも怪物どもがやってきて、私たちは守りきれなかった。

一族の中にはそれを私のせいだと言うものもいる。

狼憑きが不幸をもたらしたのだと」


「次の族長の座を狙ってるやつとか、

積極的に利用しそうだね」


「ダーガは人からの支持を集めるのがうまい。

母さんは私を守るために自分の力不足だったと

認めるしかなかった」


「でも、北方じゃミルダルスが人間たちと連携して

勢力圏を維持してるって聞いたぞ?」


「そうだ。私たちが、母さんが聖地で戦い、

その時間を作ったからだ。

一族の大半を失い、母さんも重傷を負った。

その間に他の部族が人間たちと共に防衛線を築いた」


「ならなんでソニアたちはここに?

その連合に合流しなかったのか?」


 辛そうな顔させちまった。


 今までの話の流れからわかれよ、俺。

 アグニがいる限り、他の部族は受け入れない。


「私は母さんに迷惑をかけてばかりだ。

私なんか生まれてこなければよかった。

きっと母さんもそう思ってる」


 親の心、子知らずだな。


 とはいえ俺の口からソニアの心を伝えるのは違う。


 俺にできるのは、ソニアから託された目で

 アグニを見つめるだけだ。


「そんなこと言うな。

それこそ、ソニアを悲しませちまうぞ」


 見つめるだけで済みませんでした。

 頭、撫でちゃってました。


 だってこの毛並み! 手触り!

 これもう普通に優勝だわ。


 ちょっと指立てて梳るようにしてやると、

 気持ちよさそうに目を細めるのがね、もうね……


 ずっと撫でていたかったけど、

 急に目を開いて怒ったように俺の手を振り払った。


 感情の起伏が激しいなあ。

 子供かよ。


 子供でしたね。


「騙されないぞ。

お前たち悪魔はそうやって人の心に入り込む。

だが残念だったな、狼の牙には魔よけの力がある。

試してみるか?」


 まあ怖い。


 エリン様、悪魔じゃないんだけど、

 こうも煽られると

 俺のロールプレイ魂に火が付くってもんだ。


「ふっ、そう言うな、小娘。

我ら悪魔が得意なことを知ってるか?

お前たち地上の生物と仲良くすることだよ。

牙などいらぬ、手を差し出せ」


 代償を得る、その日までは(ニヤリ)。


 あ、これ結構いいです。

 気持ちいいです。


「嘘つけ、なにが仲良くだ。

悪魔同士でだってケンカしてるくせに」


「しないよ? たまにバカが妹に殴られてるけど。

え? ケンカなんてしてた? 誰が?」


「双子だ。どっちもすごく怒ってた。

殺し合いそうだったぞ、王の森で……あ!」


 いきなり口を手で塞いでそっぽ向いた。


 これってあれじゃん、

 いたずらバレた犬じゃん。


「行っちゃダメなのか、王の森?」


「……勝手に入っては……いけない」


「勝手に入ったんだ?」


「あそこだと一人になれるから……」


「うん、気持ちはわかる」


「黙っててくれる?」


 上目遣い、凶悪な威力。

 それがお前のフェイタリティか。


「そ、その双子のことちゃんと話してくれたらな」


「ああ、いいぞ。どうせ私には関係ないやつらだ」


「素直すぎるのもダメだぞー」


「あいつら、夜の森で言い争ってた。

どっちもか細い声で、最初は鳥かと思ったよ。

一人は契約をするって言ってて、もう一人が止めてた。

利用されるだけだって」


「誰と契約する、みたいなことは?」


「具体的な名前は出てこなかった。

ときどき二人とも黙って周囲の気配を探ってたから、

何かを警戒してたんだと思う」


「よく気づかれなかったな」


「ふん、狼憑きは優秀な狩人だからな」


「そうか、お前もハンターか。

俺もだ。そのうち一狩り行こうな。

ちなみにそれはいつ頃の話だ?」


「二日前……かな」


「俺がこっちに来たころか。

そいつら、他に何か言ってたか?」


「視線に敏感だったから

目を閉じて聞き耳をたててたんだ。

そしたら急に静かになって、消えた」


「消えた?」


「うん。足跡も何も残ってなかった。

煙になったみたいに」


 俺は腕を組んで考え込んでしまう。


 双子ってのはおそらくマーパとハーパ。


 契約すると言っていたのがハーパだとすると、

 マーパは契約を知っていたということになる。


 なぜ俺に言わなかった?

 ハーパは本当に誰かと契約した?


 記憶を辿って情報を整理したいんだけど、

 アグニが俺の周りをうろついて

 髪の匂いを嗅いだり、マントの裾をつまんだりして


 ……ぜんっぜん集中できん。


「あのな、おじさん……じゃなかった、

お姉さん、ちょっと大事な用が──」


「案内できるぞ」


「その二人がいたところにか?

王の森だぞ?」


「お前はエリンだ。王の森はお前の森。

いったい誰の許しが必要なんだ?」


「いや王の森って環境保護のためなんだけどね」


 環境保護? て顔された。

 まあいいや、そんなこと言ってる場合じゃない。


 俺はありがたくアグニの申し出を受け、

 一緒に王の森まで行くことになった。



 まあ、俺がうっかりしてたと言えばそうなんだよ。


 アグニが周りからどれだけ怖がられてるか、

 あんまり考えなてなかった。


 アグニを連れてるだけでみんな逃げる、逃げる。

 物珍しそうに寄ってきたのはストラとマリスだけ。


 毛並み、触らせてもらってた。

 子供同士だし、友達になれるといいんだけど。


 さすがにそれはねえ……

 大人が焦ってもねえ……


 ヤキモキしてるうちに王の森、到着。 


 森の手前には立ち入りを禁止する看板が

 立てられていて、それだけ。


 別に見張りが立っているとかそういうこともない。

 それであれだけ興奮してた連中が

 一人もいなくなってる。


 クロムのやつ、何した?

 畏怖を恐怖に変えちゃったりしてないだろうな。


「臭うな」


 アグニが水面から顔を出すみたいに上を向いてる。


「さわやかな森の香りって感じだけど?」


「なにがさわやかなものか。

血の匂いだぞ、これ」


「事件現場じゃないか? 一晩放置されてたから」


「違う。新しい血の匂いも混じってる」


 どちらからともなく走り出してた……

 ていうのはちょっと盛ってる。


 やっぱり住む世界が違うんだよ。

 血の匂いとか、危険察知能力?


 反応が俺とは段違い。


 アグニの背中を見失わないようにするので

 精いっぱいだったけど、

 あの夜の恐怖はしっかりと蘇ってきた。


 暗闇の中で聞いたあの音が、森のそこら中から

 聞こえてくる気がした。


 意外なタイミングで犯人とばったり会っちゃうのが

 ミステリーの主人公ってもんだ。


 だからアグニが唐突に立ち止まったとき、

 今回の主人公はアグニだって思ったよ。


 木の間にふっと見えたんだ。

 風に飛ばされた黒いゴミ袋みたいなのが。


 森の中って日中でも暗いんだよね。


 だから影の濃いところにゴミ袋が入ると

 見失っちゃって、

 あれ? て思ったらもう目の前にいたんだ。


 表面が鳥の羽みたいなのでびっしりと覆われた

 ローブを纏った何かが。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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