第三十七話 赤毛でソニア、ということは……
気づいたら俺は広場を突っ切って、
一番身体の大きなミルダルスの前に立ってた。
たぶんこの人が族長。
アグニの母親だ。
顔に狼っぽさはないけどアグニよりデカくて、
立派な羽飾りをつけてる。
ちょっとネイティブアメリカンな感じだな。
地べたに座って、おっくうそうに背中を丸めて、
それでも目線が俺より高い。
「エリン、うちのバカが迷惑をかけたね。
今よく言って聞かせてるとこだ」
「言って聞かせるだけでいい。殴るな」
「そういうわけにはいかない。
私はこのバカに穏便にことを収めろと命じた。
なのにこいつはあんたを殴って人間を脅して帰ってきた。
殴らなきゃわからんやつもいるんだよ。
おい、お前たち休むな、続けろ」
「やめろ。誰も俺の許可なく動くな」
「それは困るね。私たちには私たちのやり方がある。
それに口出しするのはあんたでも許さない」
「俺がやめろと言ったらやめろ。
この国で唯一絶対のルールだ」
たぶんお母さんのほうに殴られてたら、
俺泣いちゃってただろうな。
でもまあお母さんは終始優しい目をしてたし、
よく見ると結構キレイめの顔立ち。
アグニの赤毛はお母さん譲りだね。
毛並みが軽くてふんわりしてて、聡明そうな目は
言うなればノルウェージャンフォレストキャット。
「なんだ、殴られっぱなしって聞いてたから
腰抜けか偽物かと思ったけど、なるほど、
あんたは確かにちょっとおかしな目をしてる」
立ち上がったお母さん見て後悔した。
最初から立ってたら
広場を突っ切ってなんかこれなかったよ。
腰が俺の頭の高さなんですけど?
「聞いた通りだ、お前たち。
エリンがやめろと言ったらやめろ。
アグニ、立て。その程度で膝をつくな、殺すぞ」
マジのほうの殺すぞですね。
アグニもすげーな。
顎とか膝とか震わせながら立ったよ。
お母さん、アグニ見るときだけ目が優しくない。
「臭いな。しばらく離れで寝ろ」
睨みつけるような形相で、
アグニの目に浮かんだのは悔し涙なのかな。
それとも母親の言葉に傷ついた、悲しみなのか。
どちらにせよ俺は見てらんなかった。
でも声をかけたくても、俺じゃ慰められない。
「どうしたエリン? 話があるんだろう。
こっちに来い。人間の友人も一緒にな」
広場に立ち尽くすアグニを残して他のミルダルスは
自分のテントへ戻ったり、仕事に行ってしまう。
俺もヨナを呼び寄せ、族長のテントへと入る。
一人になったら、
アグニは泣けるのかなと考えながら。
族長のテントだけあって広々して……ない。
あのデカい図体が横たわったら半分は埋まる。
残りの半分にはカーペットが敷かれ、
木の実やら水やらが並んでいた。
火鉢みたいなのがあってそれが暖房替わり。
俺たちにはちょっと寒いかな。
「すまないね。私たちは身体が大きいほど疲れやすい。
私くらいになると起きてる時間のほとんどを休んでる」
「なるほど。ミルダルスは寝てばかり……ね」
「そういうこと。そのへんのは勝手に食べてくれ。
会うのは初めてだね、エリン。
族長のソニアだ。
初めてなのにみっともないものを見せた」
赤毛でソニア、ということは……
レッドソニア? マジ?
「……ああ、いや、みっともないっていうか、
まあちょっとやりすぎかな、とは思ったけど……」
ソニアがため息ついて片手で目を覆った。
やばい、怒らせたかレッドソニア。
「やりすぎ。
……そうだね、やりすぎだよねぇ。
でもあの子は狼憑きだからねぇ」
「狼憑き?」
「ミルダルス同士からできた子供はごくまれに
狼の相を持って生まれてくるんだ。
部族には不幸をもたらすとされ、ミルダルス同士の婚姻を
避ける理由の一つでもある」
「そんな迷信──」
「とも言い切れない。狼憑きは気性が荒く、激昂しやすい。
それなのに身体は他より大きく、強いんだ。
同族を噛み殺したなんて話、どの部族にも伝わってる。
当然、のけ者さ。
何より私が生きているうちはいいが、いなくなれば
誰にもあの子を止めてやれない。
だから私は、あの子の心も身体も
鋼のように鍛えてやらなきゃいけないんだ」
辛そうだな、レッドソニア。
身体の大きさによる疲れからじゃない。
こういう表情見ると思ってしまうんだよな。
愛情って苦しいんだ。
「まあでもあの年でアレなら、ソニアより
大きくなることもないんじゃないか?」
沈黙に耐えかねての無意味な気休め。
「あの年? 何言ってる、
あの子はまだ十二だ。育ち盛りだよ」
飲みかけの水、隣でおとなしくしてたヨナに
思いきり吹いちゃったよ。
ゴメンな。
でもほら、美少女の吹いた水かぶるとか、
ご褒美だから、な?
「えっと、ミルダルスの寿命ってどのくらい?」
「人間と同じに決まってる。
私たちと人間の違いは生肉を食えるってくらいだ」
じゃアグニは普通の十二歳? 中一?
末恐ろしすぎる。
「事情はわかりましたが、ソニアさん、
今はアグニを一人にしておくのは危険です」
「敬称はいらん、ちっこいの。
私たちに敬称をつける文化はない」
「あ、僕、ヨナです。
狼憑きのことが知られたら今回の事件、
犯人はアグニだと疑われてしまいます。
いま必要なのは鍛えるより保護ですよ」
「もう疑われてる。同族にね。
最悪なのはそういう連中と人間たちが結びつくことだ」
「それならなおさらです。
アグニを側に置いておくべきでしょう?」
「アグニが犯人というのが事実だからこそ
守っているととられかねないな。
いや、悪意ある連中ってのは必ず事実を歪曲する。
俺はそういうのを何度も見てきた」
主にネットで。
最強武器論争などで。
「はは、エリン、あんたは人を信用しないね。
ただ信用しないならクズだが、あえてそれをできるなら
指導者の資質がある。あんたはどっちだ?」
「そんな問答してる場合か?
アグニが犯人じゃないにしても、ミルダルスが
人間たちに疑われてるのは変わらないんだぞ」
「デリク……だったか?
こちらに彼を害する理由はないよ」
「なんでそう言い切れる? 結婚を断られたんだろ」
「断られてない」
「は?」
「カシム──うちの若いのだが、それと人間の娘……
メソスと言ったか? 二人で挨拶に来た。仲良くね。
一緒になりたいから許可をくれっていうから許可した」
俺とヨナは顔を見合わせた。
見つめ合っちゃいないよ?
「ヨナ、お前知ってたか?」
「いえ、まったく。そのことがわかっていれば
あそこまで大きな騒ぎにはならなかったはずです」
「父親のデリクは反対していると、メソスの口から聞いた。
私の許可があれば説得できるとあの娘は意気込んでいたがな」
「理由はわかりませんが、伝わっていないようですね。
メソスが怯えて話せないのかも。
僕が直接、聞いてきましょう」
「そうしてもらえるかい?
こちらもカシムにみんなの前で話をさせよう。
誤解が誤解を生むようなことにならないようにね」
「それなら俺はヨナと一緒に行くよ。
まだ人間たちの話は直接聞いてないしな」
「ヨナは人間の代表ではないのか?」
「いえいえ、僕なんてそんな、とんでもない……」
「村長に町長、司教、組合長、領主を始めとした貴族の皆様。
代表が多すぎてどれからいったもんか」
「よくわからん。ヨナは話もわかっているし、
アグニに脅されても森に入る勇気がある。
私のとこに来る人間はヨナだけでいい」
「ほらな?
ソニアもお前が代表でいいって言ってんじゃん」
「蒸し返さないでください。火種が増えるだけです」
「なあソニア、ミルダルスじゃこういう煮え切らない男は
どうやってやる気にさせる?」
「簡単だ。男は女がちょいと小突けば言うことを聞く」
「へえ、やってみせてくれよ」
ソニアが面倒そうに軽く拳を握る。
わお、それエリン様の頭くらいあるよ?
「冗談はやめてください。
やる気になる前に死んじゃいますよ」
「だな。悪い、ソニア。こいつは気長にやるよ」
「好きにすればいい。人間のことは人間に委ねる。
ああ、そうだ、エリンちょっといいか?」
テントを出て行こうとした俺をソニアが呼び止める。
自分で呼び止めておいて、
なぜ呼び止めてしまったのかと戸惑っている
ソニアの雰囲気を察してヨナは先に出て行った。
ほんと、空気読む子。
「まだ何か?」
「いや、うん、なんだろうな……」
口の中で言葉を転がしながら、ソニアは
身体を起こして俺の前に膝をついた。
「あの子は、アグニはまだ十二だ。
本来なら母親に毛づくろいをせがんでもいい年だ。
でも私は、それをしてやれない」
「それ以上のことをしてやってる。
他の誰にも、アグニにさえ理解されなくても」
「鋼のように鍛えるなんて言っておいて、
私自身は鋼のように強くはない。
身勝手で、愚かな母だ」
「そうだな。
さっきまでは違ったけど、今はそんな感じだ。
言いたいこともはっきり言えやしない」
「そう急かすな。疲れやすいと言っただろ。
情けない、私はこんな小娘相手に何を……」
「じゃ、急ぐんで」
「わかった、待て、今言う」
ソニアが深呼吸。
それからあの、すごく優しい目で俺を見る。
俺の目を通して誰かに届けてほしいみたいに。
「エリン、どうかアグニを守ってやってくれ」
「任せろ」
って言っちゃった。
任せろ(キリっ)。
アホか。まだなんにもはっきりしてないのに、
俺ってやつはどうしてこう、流されやすいんだ。
女に生まれなくてよかった。
今、女だけど。
あ~~どうすんだよ?
アグニを守るって何からだよ?
いや、落ち着け、俺。
わかんないふりすんな。
なんとなく感じ始めてるんだろ?
影の中に身をひそめるような、
悪意ってやつを。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。




