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第三十三話 男の子というのはどうして茶化してしまうのか

 あえて黙っているのは嘘じゃない。


 伝達情報の恣意的な選別も嘘じゃない。


 造語、略称を用いた煩雑な言い換えも……

 もちろん嘘じゃない。


 俺は嘘なんかついてないんだ。

 だからリディア、後ろから首を絞めるな。


「言いなさい、王の森で何をしたんです?

血の匂いは複数、混じっていますよ。

誰か殺した? あなたが?

だとすればたいした擬態ぶりです。

称賛に値しますよ」


「絞まる、絞まる、死ぬ」


「何をバカな、この程度でエリン様の身体が

どうにかなるものですか」


 いろいろ当たってんだよお。

 股間にあれがないぶん、

 頭が爆発しそうなんだよお。


「エリン様の隠れ家がある。

そこで本を読んでたんだ。それだけだ」


「それだけで血が流れますか?

これ以上隠すなら、耳たぶ噛みますよ?」


「もう噛んでるって」


「おや失礼。我慢できなくて」


「我慢しろよ、頼むよ。

ちゃんと話すから、いったん離れろ」


 泣きそうな声出したらリディアの鼻息が

 かなりヤバいことになってたけど、

 ギリギリで理性が働いてくれた。


 ベッドの上で息を切らしてる俺を、

 口元を拭いながら優越感に浸った目で見降ろしてる。


「エリン様もですが、あなたも相当なくすぐったがりですね。

これは今後も楽しみです」


「……秘密基地のことは、秘密にしといてね」


「そのことなら知っています。エリン様もお年頃。

一人になりたいときもあるでしょうから、

あえて放置しています」


「その気遣い、俺にも頼む」


「気遣ってますよ?

さっさと話してくれないと、

また我慢できなくなりそうですが」


「わかったって。俺が本を読んでて暗くなったころだ。

何かを引きずるような音が聞こえてきたんだ。

怖かったからいなくなるのを待って、

それから確かめに行ったら、一人じゃない数の

遺体が捨ててあった」


 うん、嘘はついてないぞ。


 マーパがいたことを話すと彼女の契約についても

 話さなきゃいけなくなる。


 今はまだ言うべきじゃない。

 受肉した悪魔と人間の契約は、

 大事なイベントとして扱いたいからな。


 これが情報の恣意的な選別。


「誰が捨てて行ったかは?」


 やっとでリディアが真剣な顔になってくれた。

 ……血の匂いの時点で真剣になってほしかったけど。


「暗くて見えなかった」


「その場で取り押さえればいいものを」


「できるわけないだろ、人殺しだぞ?

何人も殺してる。そんなの怖すぎる」


「まったく……

イーライ・デウを退けたかと思えば、

こそこそ死体を捨てる夜鬼相手に震え上がる。

なんなんですか、あなたは」


「本来の俺は戦うことなんてできないの。

それよりどうすりゃいい? こういう事件には

トーレではどう対処するんだ?」


 リディアは顎に手を添えて、暖炉の前を

 行ったり来たりしてる。


 長いスカートがひらめいて、火に煽られてはためく

 布が熱風でも送ってるみたいに俺の頬が火照ってる。


 ランタンの光と暖炉の火。


 色味の違う明かりがリディアの顔を交互に照らして、

 普段なら気づけないような微細な表情を

 彩ってくれて。


 バカみたいに見惚れてた。


「──はどうしました?」


「へ?」


「何をぼんやりしてるんですか。

遺体ですよ、どうしました?」


「かわいそうだが、そのままだ。

俺があの場にいた証拠は残したくない」


「そういう知恵はよく回る。

確かに今日、あなたは人間たちに友好を申し出た。

その夜に起きた惨殺の現場にあなたがいた。

人間たちはあなたが彼らを騙して取って食おうと

してると勘繰るでしょうね」


「実際、食われてた」


「と言うと?」


「遺体は切り刻まれて、食われてた」


 リディアが額に指を当てる。

 困ってる顔も綺麗だけど、今そういうのは違うよね。


「ハーパが兄さまに無断で契約を?」


「それはわからない。見たわけじゃないしな。

ハーパってどれくらい有名な悪魔だ?」


「かなり。

好戦的な性質は人間に好まれますから、

絵画にも残されているくらいです」


 今度は俺が額に指を当てる。

 遺体が発見されれば悪魔の関与を疑われるのは

 避けられない、か。


 うん?

 ああ、リディアはエリン様の困り顔、

 ホクホクした顔で見てるね。


 こいつ、エリン様ならなんでもいいのか。


「ハーパが誰かと契約して人を殺した。

あるいは誰かがそう見せかけた。

どちらにせよ最悪の状況だな」


「兄さまに相談しましょう」


「よけい厄介なことにならないか?」


「事件を調査した兄さまがエリン様の存在に

気づいてしまうのが一番厄介です。

人間を殺すのがエリン様の望みだと勘違いしたら……」


「ミッション失敗だ。

取り返しのつかない要素ってやつだ」


「兄さまは嬉々として難民を皆殺しにしますよ。

そうなればバシレイアとの同盟などとうてい不可能」


「よし、クロムに相談だ」


「明日の昼までには遺体が発見されるよう、仕向けます。

エリン様は兄さまと調査に向かってください。

それでよろしいですか?」


「リディアは?」


「ハーパを探します。以前、厨房で働いていたので

誰か知っているかもしれません」


「危険じゃないか?

もしハーパが契約してたら、

人間を殺して食った相手を追うわけだろ」


 リディアは不敵に笑う。


「問題ありません。天使のときは戦えませんでしたが、

それ以外が相手なら、私の強さを御覧に入れましょう」


 一緒に行かないけどね。

 まあクラス的に強そうだったし、荒事はヨロ。


「……ハーパ、か。

どうなんだ? リディアから見て、

ハーパは勝手に契約をするようなやつか?」


「あまり面識はありませんが、

少なくともトーレにいるのは兄さまに追従してきた

悪魔たちです。

兄さまが決めたことを破るとは考えにくい」


 すまん、一人いる。

 クロムの言いつけ破って契約したがってる悪魔さん。


「ちょっと思ったんだが、今回もアモンが

関わってるってことないかな?」


 意図したわけじゃないが、不意打ちになっちまった。


 リディアが目を見開いて硬直してる。

 名前を聞いただけで目から怒りが迸るくらいに、

 彼女はアモンを敵視してる。


「どうしてその名が?

またくだらない詩でも聞きましたか?」


「ああ、いや、聞いたっつーか、あっちでも……

俺の世界にもアモンが来てたみたいでね」


 うおぉ。

 いつ接近した?


 リディアが俺の両肩掴んでて、

 視界いっぱいに彼女の瞳。


「何をされました? あなたは無事だったのですか?」


「大丈夫、なんとかなったよ。

エリン様の力がちょっとだけど使えたんだ」


「それは……よかったですけど、どうして?」


「俺にもわからん。

エリン様が何かしてくれたんじゃねえの?」


 リディアが安堵のため息をついて、

 離れるのかと思ったら正面から抱きしめられた。


 不意打ちやめろ。息が止まる。


 でもこれ、リディアはエリン様を抱きしめてるんじゃない。

 俺を抱きしめてくれてる。


 無事だったことを心から喜んで。


 俺も嬉しい。

 リディアとまた会えて。


 そういう気持ちを俺も行動で示したらダメかな?

 俺も君を抱きしめたら、怒るかな?


「うかつでした。エリン様が世界を行き来するなら、

他にも力ある悪魔が行き来する可能性も考えられたのに」


「それ、わかってても何もできんだろ?」


「警告くらいはできました。

ああ、でも本当によかった。

もしも今、あなたを失ったら……」


「失ったら?」


 男の子というのはどうして茶化してしまうのか。


 そんなからかうみたいに聞いたら、

 リディアだって正気に戻るわな。


 間近にありすぎる俺の目に勝手に驚き、

 一瞬で暖炉の前に戻った。


 バックステップがほぼ瞬間移動。

 飛び道具重ねられると

 ガードの方向わからなくなるから気を付けて。


 あとブツブツ言いながら服のしわ直してるの

 加点対象とする。


「外交を中途半端に投げ出されては困ります。

それだけです」


「だよな、わかってる。

でもわかってることをことさら強調すんのって

本心ではないからって、誰か言ってたよな?」


 やりすぎたか?

 なんか睨まれてるぞ。


 でもさ、言い負かされて悔しがったり、

 怒ってそっぽ向いたり。


 そういうの、エリン様にはしないよな。

 俺の前だから見せるそういう姿を、

 もっと見たいんだ。


「明日は朝早く城を出ます。

起こしには来ませんからね」


「リディア」


「……なんです?」


「えーと、その、朝飯はマフィンで」


 けっこう派手な音たててドア閉めてったな。

 そんなに本気では怒ってないよね?


 彼女が出てったドア。

 さっきまで立っていた暖炉の前。

 彼女が触れた肩。

 頬に受けた吐息。


 彼女が残した気配の全部を、

 俺は名残惜しんでる。


「お前が側にいてくれるから、

俺はこっちでもがんばれるんだよ」


 アニメとかでさあ、こういうの一人になってから

 ぼそっと言う演出ってエモいなって思ってた。


 リアルに恥ずかしいだけだわ、これ。

読んでいただき、ありがとうございます。

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