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第二十五話 ただいま

 ああ、気が重い。


 居城に戻ってきてモリーの容態が安定したのを確かめて、

 井戸で手足を洗ったり、

 厨房でつまみ食いして怒られたり……


 要するにぐずぐずやってた。


 気が晴れないままリディアに再会したくなかったんだよ。

 時間の無駄だったけど。


 結局、意識しないとすぐにため息ついちゃうまま、

 俺はエリン様の居室の前にいる。


 ま、リディアが居室にいるとは限らないし、

 いつまでも考えてても仕方ない。


 はい、胸に手を当てて~

 深呼吸して~


「エリン様、お戻りになられたのですね?

仕上げておきましたよ、私とお揃いの仕事着。

着てみたいなんて言われて気を失ってごめんなさい。

嬉しかったので。軽く死ぬほど。

さあ着ましょう、今すぐ着ましょう、もう着せますね」


 ドアを開けた瞬間、詰め寄ってきた。

 なんでエリン様だってわかんの、こいつ?


 しかし、エリン様の前だとこんな顔するんだね。

 歯が見えるくらい笑ってるし、ほっぺはつやつや。


 もう目には星かハートが入ってるね。

 俺には見える。


 んで……


「ぜんぜんお揃いじゃねえ」


 これが俺の再会、第一声。


 なにがお揃いの仕事着だよ。

 フリルとかリボンとか付けまくって、

 もう冬だってのにスカート短すぎんだろ。


 この世界にゴスロリってあんのか?

 ないなら妄想だけでゴスロリ爆誕させちゃってるぞ。


「……ああ、あなたでしたか」


 みるみる目から光が失われていく。


 あっれー? おっかしーなー。

 前回わりと好感度、上げられたと思ったのになあ。


 せっかくのゴスロリメイド服も、

 誰かに無理やり持たされてたみたいに投げ捨ててる。

 今さらでしょ。


「エリン様も何もおっしゃらないし、もう来ないものと

思っていました。外交だなんだと嘯いて半年も顔を見せず、

よくもまあ、今さら私の前に出てこられましたね」


「無茶言うなよ、

俺は自分の意思でこっちに来られるわけじゃないんだ。

それに、エリン様は無事だったんだろ?」


「無論です。より健やかに、美しくなられています」


「よかったじゃないか。

エリン様は戦えるし、みんなを守れる。

俺がやることに意味なんかないってことだ」


「そんな──」


 大きな声を出しそうになったリディアが

 横を向いて咳払いする。


「そう……かもしれませんね。

でも、あなたがここにいる間はあなたがエリン様です。

エリン様としてできることがあるのでは?」


「俺がエリン様……ね」


 急に疲れが押し寄せて、俺はベッドに腰かける。


 見た目は豪華だけど固いんだよな、このベッド。

 カリンがうちに持ち込んだ高級布団が恋しくなる。


 ピアースをうまく助けることができて調子に乗ってた。

 リディアの言う通り、この世界のことなんにも知らないで、

 よく外交だなんて言えたもんだ。


「国境で騒ぎがあったと聞きましたが、あなたもそこに?」


「ああ、ちょうど騒ぎの真ん中に放り込まれた。

やってきたよ、意味もない外交ってやつをな」


「でも、ちゃんと子供たちを守ったじゃないですか」


「犠牲者を選別しただけだ。

俺の外交がその程度なら、エリン様が戦ったほうがずっといい」


 ああ、ダメだ、なんだこれ。

 せっかく再会できたのに愚痴っちゃってるよ。


 子供みたいに落ち込んでるアピールしてる俺を、

 リディアは裁縫道具を片付ける手を止めて見つめる。


 呆れられたかな?

 それとも怒ってる?


 怖くて見られないな。

 今日はバカを見る目で見られたくないんだよ。


「それはお疲れになりましたね。

待っていてください、軽食をご用意します」


「あ、お構いなく。

これから冬だと食糧事情も大変だろ?」


「備蓄ならありますよ。

外にいたのに見てないんですか?」


「何を?」


 はい、ため息いただきました。


 リディアは何も言わずに部屋を出ていこうとしたけど、

 ドアの前で立ち止まり、俺を振り返った。


 目が合っちゃった。

 睨んでるよ。

 えっと……睨んでるんだよね、これ。


 なんだかちょっと悔しそうな、恥ずかしそうな?


 俺が彼女の感情を推し量れずにいると、

 リディアはスカートの端をつまんで膝を曲げた。


 カーテシーだ。覚えててくれた。


「おかえりなさい、もう一人のエリン様。

私はあなたとの約束を忘れてはいませんよ」


 エリン様の顔でアホみたいに口を開けてたのが、

 気に食わなかったんだろうね。

 リディアはすごいイヤそうな顔して舌打ちして出て行った。


 ゴメンな。三十も後半になると

 デカい感情ってのはなかなか動かせないんだ。


 そうだよ、俺。忘れんなよ。

 イーライ・デウと戦ったあの日をさ。


 思い出したくない。思い出さないようにしてる。

 でも、忘れるのもダメだ。


 ちょっとつまづいたくらいで落ち込んでる暇なんかない。


 とりあえずそのうち交渉材料に使えそうだから、

 ゴスロリメイド服を綺麗にたたんでいるとドアがノックされた。


 リディアか? 戻ってくるの早いな。


「失礼します、エリン様。お戻りになられたと聞いたので」


 クロムだった。

 入ってきてすぐ、匂いを嗅ぐな。

 どうしてお前は自分の評価を下げるのに必死なんだ。


「勝手に入るとまたリディアに殴られるぞ」


「ふふ、大丈夫、あいつはいま機嫌がいいようですから」


「え、そうなの?」

 またエリン様がいなくなったのに?


「さっきすれ違ったときに鼻歌が出てました。

『隠修士の微睡み』。めったに出ないやつですよ。

何かいいことでもありましたか?」


「え、さあ、どうだろ?」


 なんて言いつつ、俺はニヤけるのを抑えるのに必死。


 俺との再会が嬉しかったのかもって思うと

 腹の下がムズムズして身もだえしそうだ。


 クロムの前でそれはマズそうだからしないけど。


「で、何か報告があるんじゃないのか?」


 クールにキメ顔。

 座ってるのにクロムを見下す表情。


 うん、リディアの前じゃなきゃ、うまくできる。

 ロールプレイ、開始だ。


「モリーのことです。出血は止まり、安定しています。

数日で歩けるようになるでしょう」


「ああ、俺もさっき見てきたよ。この文明レベ……

いや、見たことない処置だったけど、誰が?」


「ラースです。契約者に医術を授けていましたからね。

受肉した我々の身体にも詳しい。エリン様がお褒めだったと

本人に伝えておきましょう」


「契約……受肉……ねえ」


 なんだかまたわからんこと言っとる。


 こいつらがどういう生き物なのか、

 一度ちゃんとリディアに聞いといたほうがよさそう。


「それと、先ほどは緊急時とはいえ、エリン様に怒鳴るなど、

どうか無礼をお許しください。許せないならぜひ蹴って──」


「それはいい。お前の言うことが正しいんだろう。

でも、俺がネルガルと戦ったらトーレの国民が残らない、

てのはどういうことだ?」


「ふむ、珍しい。

私の授業は一度も受けてくださらなかったのに、

やはり今日のことですか?」


「まあな。それに、外交には必要だろ、知識が」


「外交! 久しぶりに聞きましたな。

しばらく口になさらないのでとっくに飽きてしまわれたかと」


「お、おう。飽きてなんかないぞ。

ただ、まずは地盤固めというか、国としての体裁をだな……」


「確かに、このところ森林の開拓事業で忙しかったですからね。

この間、届いたバシレイアからの書簡のことなのですが──」


「え、そんなの届いたの?

読む、読みたい、持ってきて」


「おや、先日は興味がないと仰っておられましたが?」


 漢ってのは一度は掘っとくもんだよな。

 墓穴ってやつを。


 あー、どーしよ。

 エリン様と俺との行動の整合性が取れない。


 えへ、て可愛く笑えばクロムのことだ、

 都合よく解釈してくれると思ったんだけどな。


 背筋が寒くなったよ。

 クロムが真顔で目を細めただけで。


 細めた目の中で暗緑色の瞳がさ、

 海の一番深いところみたいに暗くなって、

 目線をどこにやっても飲み込まれてしまいそうだった。


 冗談抜きでその瞬間、本来の俺、エリン様の中にいる

 瀬名浩一の人生全部を把握されちまった気がした。


 逃げ出したくなるくらい怖い。

 やっぱりこいつ、ただの人間が対等に話せる存在じゃない。


「兄さま、勝手に入るなと何度、言わせるんです?

今度勝手に入ったら、歯を全部抜いて爪の間に刺しますよ」


 そういうのアドリブで考えてる?


 助かったぜ、リディア。

 両手でトレー持ったままどうやってドアを開けたのかは

 このさい気にしないでおこう。


「急ぎの報告があったのだ、仕方ないだろう。

それよりリディア、エリン様のことなのだが、

例の書簡を見たいと仰せでな、お前、

最近になって少しお変わりになられたと感じることは──」


 クロム、すげー見てる。


 トレーの上のやたら黄色いチーズ、すっげー見てる。

 なんなら口の端からちょっと涎、垂れてる。


 リディアはガン無視して

 ベッドサイドテーブルにトレーを置くと、

 おもむろにチーズをナイフで薄く切って投げ始めた。


 さっきの大悪魔ぶりはどこへやら。

 クロムはチーズを口でキャッチし始め、

 あっという間にドアのほうへと誘導されていく。


 こいつきっと犬の悪魔だな。

 ポチとか名前つけるか。


 あ、生意気に最後のは手で取りやがった。


「リディア、エリン様だが、

お前が思っているより成長なさっているぞ。

もうそんな子供っぽい服はやめるんだな」


「そう思うならさっさと書簡を持ってきなさい」


 クロムが出て行った途端、

 安心してため息、出ちゃってリディアに睨まれた。


「兄さまと二人で話すときは注意してください。

あの人は疑い深い。一度、疑われたらきりがありません」


「いっそ打ち明けちゃうってのは?」


「おすすめはしません。兄さまのエリン様への妄信は

私の比ではありませんから。何をされるかわかりませんよ」


「でもエリン様の身体だよ?」


「私も兄さまの力を全て知っているわけではありません。

でも性格からして人の心を壊すのは得意だし、好きでしょうね」


「怖いこと言うなよ」


「怖いことしてるのはあなたです。自覚なさい」


 俺をたしなめ、薄く切ったチーズをクラッカーに

 乗せてるリディアのすまし顔がなんか悔しい。


 なのでちょっといたずらしてみた。

 鼻歌うたってみた。


『隠修士の微睡み』っていうのがどういう曲か知らない。

 森のくまさんって感じかな?


 鼻歌うたいだした俺を訝しそうに見ていたが、

 俺が意味ありげに微笑むと、リディアが目を見開く。


 察しがいいね。


「そ……違い……私は別に、そんなつもりじゃ……」


「何が? 俺は鼻歌うたってるだけだよ。

機嫌がいいと、出ちゃうんだよな」


 いい顔。

 俺はさ、そういう顔で出迎えてもらいたかった。


 怯えたり怪我した子供たちじゃなくて、

 槍とかクロスボウとかじゃなくて、

 協定とか守れない約束とかでもなくて。


 俺を知ってる人に、俺が戻ってきたことを、

 素直じゃなくていいから喜んでほしかった。


 からかったのは悪かった。

 でも怒らないでくれ。

 さっき感情がデカすぎて言えなかったこと言うよ。


「ただいま、リディ。また、よろしく頼む」

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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