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第二十四話 オウガが流行ってるころならアリだったけど

 頭の中が熱い。

 ……なんだこれ?


 前の入れ替わりのときはなかったのに、

 今回はエリン様がそこにいたっていう余韻がある。


 落ち着け、まずやることといえば?


 そう、情報収集。


 俺はどこにいる?

 周りには誰がいる?


 場所には見覚えがあるぞ。

 ピアースを見送った国境沿い。

 前よりはちょっと街道寄りだな。


 クロムとリディアと俺の三人でランチした丘が

 少し遠くに見える。


 俺が手を取った子供。

 誰だ? 知らないぞ。


 後ろにはその両親だろう。

 全員、薄汚れた格好をしているな。


 難民?


 トーレには以前から流れてきていたらしいが、

 こういった、いわゆるヒューマンは少なかったはずだ。


 なんせ悪魔の国だからね、ウルティマ・トーレ。


 で、少し離れて悪魔の首長、クロム。

 そんなに時間は置いてないけど、ずいぶん懐かしい気もする。


 相変わらず顔面偏差値、高すぎ。

 一気にファンタジー感が増して、没入感アップの効果。


 もともと白い顔をさらに真っ白にして、

 俺に手を離すようにと警告を繰り返している。


「いけません、エリン様。

そのものたちを受け入れるのは協定違反です」


 協定? 何の?


 親子の後方、少し離れて武装した男たちが見える。


 装備に統一性はなく、

 チェインを着込んでるのは馬上の一人だけ。

 馬の後ろでクロスボウを持ってるやつがいる。


 残りの連中は馬の前に並んで槍を俺に向けてるけど……

 腰、引けてんね。

 めちゃくちゃビビってんじゃん。


 たぶん原因はあれ。


 街道脇の木立の合間に倒れてる男

 ──おそらくは連中の仲間──

 を必死の救命作業中。

 この世界にないはずのもし亀聞こえてくるわ。


 え~、エリン様、手出しちゃったの?

 困る~。

 俺の計画がいきなり頓挫してる。


「クロム様、来てください、モリーが」


 モリー?

 この声はストラだよね?


 振り返って、俺はこの頭の中の熱いのが、

 なかなか消えない炎みたいなのが何なのかわかった。


 ストラが女の子を抱えてる。

 その子がモリー。

 裁判のときに一緒だった子だ。


 モリーのお腹あたりを押さえてる手が真っ赤だ。

 血が、どんどん溢れてる。

 見てる俺のほうが目まいがするくらい。


 側に転がる槍は眼前の連中が持ってるのと同じだ。

 つまり頭の中のこいつは……


 怒りだ。


「エリンちゃん、その子を守って。

その子はモリーが──」


「黙れ、ストラ」

 服を裂いてモリーの腹に巻いていたクロムが怒鳴る。


「エリン様、ネルガルを敵にしてはなりません。

たとえあなたがネルガルを滅したとしても、

そのときにはトーレに誰も残っていない」


 ネルガル……死霊の王、だっけ?


 俺と目が合っただけで槍を捨てて逃げそうになってる、

 恐怖に駆られまくってるこいつらが死霊?


 んなわけないよな。

 でもあんなに必死なクロムも初めて見る。

 無視なんてできない。


 俺が手を取った子供は両手で俺の手を掴み、

 両親は跪いて、祈るように両手を組み合わせている。


 三人ともすげえ、震えてる。

 俺がこの手を離したら奈落に真っ逆さまって感じで。


 間違いない。

 俺が握ってるのは命だ。 


 そして同時に奪おうとしている。

 トーレの国民の命を。


 エリン様はなんでこのタイミングで入れ替わった?


 俺の言う外交なんてものが本当に実現できるか、

 試してるのか?


 それとも、エリン様も決められなかった?


 俺に槍を向ける兵士たちの恐怖。

 追い立てられる親子の恐怖。

 クロムが訴えるネルガルへの恐怖。


 恐怖しかない場所で、怒りに支配された頭で、

 どうすりゃいいかわからなくなって、

 俺を呼んだ。


 俺なら選べると思ったのか?

 この世界の人間じゃない俺なら、みすぼらしい家族くらい

 冷静に、見捨てられると思ったのか?


 馬上の指揮官らしい男に目を向ける。


 ただそれだけで落馬しそうになりながら、

 クロスボウの装填を指示している姿を見たら、

 怒りに身を任せてしまいたくなった。


 そうやって警告もなしにモリーを攻撃したなら、

 怒りを抑える理由がどこにある?


 エリン様ができなかったことを、俺がやるだけだ。


 俺は子供の手を離し、そこに誰もいないみたいに

 親子に背を向けた。


「クロム、モリーの傷はどうだ?」


「危険な状態です。

馬車から馬を外し、私が運ぶのが早いでしょう。

エリン様、後ほど迎えをよこします」


「いい、歩いて戻れる。

ストラ、クロムを手伝え」


 ストラは俺の背後をじっと見つめて動かない。

 動けない。


 許しを乞う声が殴られてかき消される音とか、

 子供の泣き声とか、

 母親の悲鳴とか。


 全部、俺やクロムには聞こえてないの?

 て顔で見上げてくるんだ。


 聞こえてるよ、少なくとも俺は。

 聞こえないふりしてるだけだ。


 これが、エリン様のやるべきだったことだ。

 怒りは自分に向けろ。

 この事態を見越すことも防ぐこともできなかった自分に。


「聞こえないのか、ストラ。

クロムを手伝え」


 あ、これ外で、子供にそんな言い方してるやついたら

 クソだなって思う言い方だ。

 子供に怯えさせて言うこと聞かせるやつ。


 俺とストラは興奮する馬の首を押さえ、

 モリーを抱いたクロムが乗るのを手伝った。


 足の太い農耕馬みたいな馬だったけど、

 クロムはすごい勢いで走らせ、すぐに見えなくなった。


 なんだろ、クロムが有能だと意外って感じがするんだよね。


「さて、俺たちも帰るか。

ストラはどうする? 歩いて戻れるか?」


 ストラはまだ兵士たちが去っていった方向を見ている。

 血で汚れた手で顔を擦ったから、顔にも血が付いてる。


 ラッパみたいに膨らんだ袖で拭いてやろうとしたけど、

 ストラは顔を背けて拒絶した。


「殺されはしないよ。

もといた場所に連れていかれるだけだ」


「そこがイヤだから逃げてきたんでしょ。

どうして助けてあげなかったの? あんなやつら

エリンちゃんなら簡単にやっつけられたのに」


「そういうわけにはいかない。協定があるんだ」


「協定って?」


「大事な約束だ」


「モリーとあの子の約束は?

大事じゃないの?」


 なんて言えばいい?


 どっちも大事。

 これは答えになってない。


 協定のほうが大事。

 最低。


 大人になったらわかるよ。

 いや俺、大人だけどわかってねえじゃん。


 やっぱり俺は小学生の先生とかは向いてないな。

 こんなこと聞かれたら答えられないし、

 俺のほうが泣いちゃいそうだし。


「ごめんな。モリーとモリーの約束のほうが

大事なんだけど、大事にできなかった」


 ぜんっぜんわかんないし、納得できないって顔だ。

 怒りと失望を隠さない。

 子供って無邪気で残酷。


 黙って馬車に乗って膝抱えちゃった。


「誰か迎えに来させるから、ここを動くなよ」


 俺が馬車の側面を軽く叩いて言うと、

 一応、うなずいてはくれた。


「今日のエリン様、ヘンだよ」


「そうか?」


「うん、ぜんぜんかっこよくない」


 そっか、エリン様はかっこいいのか。

 きっと俺とは真逆だな。


 それだけに、この場を俺に任せてくれてよかったと思うよ。

 取り返しのつかないことになっていたかもしれない。


 正しい選択というのは範囲の設定だ。

 どこまでを許容し、どこから拒絶するのか。


 そうだ。

 俺は虐げられて逃げてきた難民を、拒絶した。

 自分たちの安全のために。


 そりゃ歩いてるうちにため息も出るさ。

 こんなのが続いたら、結局エリン様が戦ったほうが

 犠牲が少なかった、なんてなりかねない。


 寒いな。


 雪が降ったと思ったら晴れ間が出て、

 すぐにまた降り始める。

 うっすらと積もった雪には俺一人分の足跡。


 あんまり好きじゃない導入シーンだ。


 オウガが流行ってるころならアリだったけどさ、

 今どきこういうのはウケないぜ?


 俺はもっとほのぼのとした導入が好きなんだ。

 最初からラスボスみたいなのと戦ってるとか論外。


 今回ならストラやモリーと楽しく遊んでる、

 て感じがよかったかな。


 なあエリン様、頼むよ。

 今回はタイミングといい状況といい、ちょっとキツかったよ。


 どんな意図があって、

 何をさせたくて俺を呼んでるのか知らないけどさ、

 俺はちょっと、


 あんたに怒ってる。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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