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第二十三話 スクエニがディープダンジョン5作るってのと同じくらいありえない

 さっきまでカリンと小学生みたいな

 口喧嘩してたよな?


 一瞬、目を離して、振り返って、

 そしたらなんでそんな顔になっちゃってるの?

 

「あのさ、コーイチ。

……さっきのあれ、ダメだよ」


「え? 何が? 俺、なんかした?」


「カリンに言ったの。不意打ちで声楽やれ、みたいなの。

ああいうの、一番ダメだから」


「あ? ああ、気を付けます」


 白石の目が猜疑心で狂ったみたいになったけど、

 すぐにうなずいて袖を離してくれた。


 そんだけ? 俺、勘違いしてた?

 恥ずかしー。


 けどまあ、よかった。

 ガチで告白とかされたらマジで死んでたわ。


 ありえんありえん。

 スクエニがディープダンジョン5作るってのと

 同じくらいありえ──


「私、コーイチが好き。

今まで冗談みたいに言ってたけど、ちゃんと言っとく」


 真っ白。

 天国の扉。

 たぶん、今なんか書きこんだら、俺その通りに動くよ。


 うなずくなよ、俺。

 まだ何も書き込まれてないだろうが。


「あ、いや、これはちがくて……」


「いいよ。今は知ってくれてるだけでいい。

生徒と付き合うのダメっていうなら卒業までぜんぜん待つし。

それならいいんでしょ?」


「いい……の、か?

いや、ダメだ。何言ってんだ、俺」


「なんで? そういう決まりでもあんの?」


 白石が顔を近づけて俺の目を覗き込んでくる。


 あれ? こいつ、こんなに可愛かったっけ?

 こんな……なんていうか、

 大人っぽい表情するやつだったっけ?


 ヤバい、目が逸らせない。

 俺のパッシブが封印されてる。


 目を逸らすどころか、勝ち誇ったように笑う白石が

 そっと離れていくのを残念にさえ思ってる。


「とりあえずご飯食べちゃお」


「何がとりあえずだ。メシ食ったら帰──」


「次に帰れって言ったら──」

 白石が人差し指を俺の唇に当てる。

「私、本当に帰っちゃうからね」


 黙らされたよ。

 一撃だ。


 それから俺はほとんど喋ってない。

 白石が話すことにうめき声みたいな相槌を打つだけ。

 ゾンビ。


 買ってきた総菜を皿に移し替えただけの夕食は、

 何を食っても味がわかんなくて、

 テーブルの下で足がちょっと触れただけで俺は赤くなってた。


 並んで洗いものしてるときも、

 座ってテレビ見てるときも、

 身体のどこかが触れ合ってた。


 それを受け入れてる時点で俺は自分が本当はどうしたいのか、

 どうすべきなのかを考えるしかなかった。


「コーイチは怪我してるけど、お風呂一人で入れる?

一緒に入ろっか?」


「バカ言え。捕まるわ」


「あはは、なんてねー。

実は私もお風呂はね、

まだ入んないほうがいいって言われてるんだ」


「どうして?

お前、そんなにひどい怪我だったか?」


「ひどいって言うかね、乳首いっこ取れちった。

すんごい血が出てさ、けっこーヤバかったみたいよ。

おーい、ガン見すんな」


「あ、すまん。

いや、本当にすまない。

俺がもっと早く来てれば……」


「それはいいの。ただ気になっちゃって。

見た目グロいから、やっぱそういうのってヤだよね?」


「そんな──

いや、それは俺がどうこう言うことじゃ……ない」


「あ、ひどーい。

私はコーイチがどう思うかって聞いてるの」


「あ、あくまで一般論として。

誰かに他と違うところがあったとしても、

それを好きになるのが、人を好きになるってことだと思ってる」


「純愛派だね。

コーイチらしいっちゃ、らしいのかな」


 君は俺の何を知ってるの?

 距離感が幼馴染とか親戚レベルなんだけど。


 白石はソファの上で膝を抱えて身体を揺らしてる。

 ゆっくりと、頭の中で何かを混ぜるみたいに。


「鏡で見ると、不安になるんだ。

だって私自身が気持ち悪そうに見てるから。

そんな目で見られたらどうしよう、とか。

私はこれから先ちゃんと触ってもらえるのかな、とか。

考えて、泣きたくなる」


 身体の傷は心の傷を広げ、

 心の傷は現実の痛みを求める。


 かける言葉なんてない。

 彼女が広げて見せているのは、

 覚悟もなしに踏み込んでいい場所じゃないから。


「すごく、痛いんだ、ここ。

コーイチに触……てもらえたら、痛くなくなる、かも

……なんちゃって」


 消え入りそうな声が頭の中を

 めちゃくちゃにひっかき回して、

 俺は強く目を閉じて暗闇に逃げ込んだ。


 でも逃げたところでそこにあるのは、

 曖昧で、名前のつけられない気持ちだけだ。


 二つの世界のはざまで宙ぶらりんになってる、

 誰かの忘れものみたいな、

 惨めな心。


「コーイチ、もしかして好きな人いる?」


 驚いて目を開けると白石が俺の膝の横に手をついて、

 心配するような、申し訳ないような目をしていた。


 俺が暗闇の中で見た人が彼女にも見えてしまった気がして、

 まっすぐその目を見られない。


「……わからないんだ」


「好きかどうかが?」


「それだけじゃない、また会えるかどうかもわからない。

それに向こうは、俺が誰かも知らない」


「わあ、超遠距離片思いって感じだ」


「バカみたいだろ?

でも俺、ホントそういうのダメで、諦めてたんだ。

俺が誰かを好きになることも、

誰かが俺を好きになることもないって、

お前の歳くらいのころにはもう、諦めてて……」


 情けない。


 半分以下の年齢の女の子に、しかも生徒に、

 人を好きになるのが怖いんですって告白してる。


 恥ずかしくて顔見れない。

 でもそのせいで、側で優しく笑う白石の声が、

 頭の中まで染みたんだ。


「大丈夫だよ。

人を好きになるの、誰だって怖いよ。

それに少なくとも片っぽはもう、ただの勘違いでしょ?

私がコーイチを好きになった。

あとはコーイチが誰かを好きになるだけ」


 ヤバい。涙零れそうでうなずけない。

 なんだろ、ちょっと頭撫でてほしい。


 言ったら笑うかな?

 でも白石が笑うなら、言ってみてもいいかな。

 好きって言えないのに、甘えるのはズルいかな。


 三十六歳のおっさんの葛藤か、これが。


 俺はもう白石に帰れって言えなくて、

 白石も帰るそぶりを見せず、

 ただ夜だけが深まっていった。


 家が半壊して他に寝る場所がないから居間に布団を並べて、

 熟年夫婦みたいにろくに喋りもせずに横になると、

 白石がおじいちゃんとおばあちゃんみたいだと笑った。


 同じこと考えてる。


 俺がもう一度、エリン様の世界に行ける保証はない。


 行けたとしても向こうではエリン様だ。

 俺が俺として生きることなんてできないんだ。


 布団から手を出して俺と手をつなごうとする白石の手を、

 拒む理由なんかないんじゃないのか。


「ねえ、さっきのだけど、

いつかコーイチが誰かを好きになって、

それが私だったら嬉しいな」


 白石が俺を好きだということこそ、

 ただの勘違いかもしれない。


 彼女が俺に失望していく過程を

 恋と呼ぶことになるかもしれない。


 それでも俺は、その手を取りたいと思ってる。

 思ってしまっている。


 それなのに、

 諦めるのをやめる決意を前にして身体が動かない。


 猛烈な眠気が金縛りみたいに身体の自由を奪う。


 なんで?

 なんで今なの?

 今後の人生に関わるような決断をしようとしてたのに。


 意識が温かい泥に沈み込んで、

 俺はその中から白石の手を求めて腕を伸ばす。


 待ってくれ、一瞬でいい。

 確かめさせてくれ。

 あの手に触れて俺に何が起こるのか、

 知っておきたいんだ。


 今を逃したらもう二度と、こんな気持ちには出会えない。

 そんな気がするんだ。



 必死にあがいて掴んだのは

 筋張った、老人のような手。


 冷たくて指先は傷だらけ。

 小さいけど、絶対に白石の手じゃない。


 今の俺の手のほうがよっぽど白石の手に近い。

 そういやエリン様の身体つきって白石と同じくらいだよな。


 ふわふわしててすっぽりと俺の手の中に

 隠れてしまいそうな手なんだ。


 掴んだ手の上にふわふわの雪。


 雪?

 いま冬か?


 降り始めた雪の中、俺は子供の手を取っている。

 寒い中を歩いてきたのだろう。

 ほっぺは真っ赤で、ろくに裏地もない服が寒そうだ。


 いきなり見たくなかったな。

 そんな怯えた瞳は。

 せっかく綺麗なグリーンの瞳なのに、

 まるでサメだらけの海に放り出されたみたいな目じゃないか。


「エリン様、いけません。その手を離してください」


 クロムが怒鳴ってる。

 走ってきて、息を切らせて、必死の形相。


 俺はわけもわからず、

 瘦せこけた子供の顔をじっと見つめている。


「エリン様!」


 ああ、くそ。

 これぜったい、前より厄介だぞ。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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