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第十四話 ジャンルを変えるっつっても年齢制限のあるやつじゃないんだよ

 婆ちゃんゴメン。

 俺に彼女ができないの、ずっと心配してくれてたよな。


 初めて家に泊めた女の子は教え子です。


 シャワー浴びてほかほかになって俺のシャツ着て座ってる。

 他意はないんだ。

 寝間着用に持ってきてたジャージが掃除で汚れちゃっただけなんだ。


 俺のゲーム特等席でテレビ見てる。

 今の高校生もテレビの前に座る習慣あるんだね。

 スマホで動画ばっか見てるから存在を知らないのかと。


 いや違うぞ、こいつ。

 ときどき、いつ始まるのかなって目でチラチラこっち見てる。


 何も始まらないよ?

 今日はもう寝るだけだよ。


「ね、先生、どうだった? 私のヤンニョムチキン」


「うまかったよ。初めて食べたけど」


「でしょ? うちでも好評なんだ。

水あめ使うのがコツなんだよ」


「誰にでも一つくらいは取り柄があるんだな」


「そんな、世界に一つだけのヤンニョムチキンだなんて、

それは言い過ぎ。私のこと愛しすぎ」


「言ってねえ」


 遠回しにバカって言ってみたけどまるで通じない。

 むしろ喜んでる。


 気を付けないと、一見ミスリーディングに見えて

 好感度が上がる選択肢があるんだよな。

 俺、一応、恋愛シミュも守備範囲だから。


「こっち来ないの? ゲームとかしててもいいよ。

私は先生見てるから」


「白石君こそ早く寝なさい。風邪でもひかれたら申し訳ないからね。

親御さんには今日のこともきちんと説明するからそのつもりで」


「ええ? 今からするのも全部話すの?

それは恥ずいなあ。

お父さん、失神するかも」


「あとは寝るだけだからそんなことはない」


「ああ~、寝てるとこに来る感じ? そういうのがいいんだ」


 ダメだ。

 イベントで好感度が上がりきってる。


 そういうときはどうする?

 ロードが基本だが、こいつは現実だ。


 そう、現実。

 だからこそできることもある。


 ジャンルを変えよう。


「ちょっと聞きたいんだが、

このフェアウエルってアプリ、なんだかわかるか?」


「ん? どれどれ?」


 白石はソファからジャンプして降りて台所のテーブルに移ってくる。

 シャツがダボってるから首回りとか胸元とか、見えるんだよね。


 ジャンルを変えるっつっても年齢制限のあるやつじゃないんだよ。


「お、先生、当たったんだ。

へえ、これフェアウエルって読むんだ。

あはは、やっぱ私とマッチングしてるね。

でも、もうこういう関係だしね」


「ただの教師と生徒だな。ヘンな言い方するな」


「今はまだ、てね」


「当たったってどういうことだ?」


「うんとね、このアプリ無料なんだけど、利用できるかは抽選なの」


「なんだそりゃ? そんなことしてなんのメリットがある?」


「作ってる人のことは知らないけど、使うほうからすると特別感ある。

最初から選ばれた人同士っていうかね。

だからカップルのできる率高いんだ」


「でもなんでフェアウエル?」


「その名前がどうかした?」


「いや、Farewellってさようならって意味だ。

知らずに使ってんのか?」


「その言い方、はらすめんと。

でもそういう意味かー。納得した。

ちょっと私との相性見てみてよ」


 こんな得体のしれないアプリ開いてもいいのか不安だ。

 でももうDLしちゃってんだから仕方がない。

 ヤバそうならすぐに機種変だ。


「ふふん、マッチまだ私だけー。

ありゃ、でも三週間くらいだね」


「よくわからん。相性診断みたいなもの?」


「このアプリの面白いのはね、終わる日がわかるの。

ほらここ、私と先生ならだいたい三週間後かな」


 二人のアイコンを囲むピンクのリングが一つ一週間ってとこか。

 多いと重なって色が変わるのかな?


 どうでもいいが白石、

 お前のアイコン、ピンボケした貞子だぞ。 


「それでフェアウエル、ね。

斬新だけど、すぐに飽きられそうだな」


「だから抽選にしてんのかも。当たった人には新鮮だもん。

カナとソウタがね、来週なんだよ、終わる日。

どうなるかみんな楽しみにしてる」


「そういうの隠さないんだな」


「わりとみんなオープンかな。

こういうのだけじゃなく、隠し事ってなんかいやだから」


 恋は秘めるもの、は遠い昔か。


 にしても、謎の抽選アプリとはね。

 ちょっとミステリーっぽいじゃねえか。

 ジャンル変更は完了だ。


「でもさ、私にとっては終わる日は始まる日なんだよね……」


 白石が思い出の写真見るみたいな目でアイコン見つめてる。


「これ、使ってたのか?」


「あー、また忘れてる。

あのナイフ持ってうちに来た人、これで出会ったんだ。

そんであの日が、終わる日だった。

先生が私を助けてくれた日」


「まあ、確かに終わってるな」


「でもその日に運命の人に出会った」


「三週間で終わるのが?」


「そこはほら、課金とかしたら延びるんじゃない?」


「一日延ばすのにいくらだ?」


「ご、五百円?」


「やっすい運命だな」


「そーゆー先生ならいくら払うの?」


「こんなもんに一円だって使えるか。

怪しすぎてDLする気も起きない。よく使う気になったな」


 白石は不満そうに唇を曲げ、

 俺のスマホの写真やら履歴やらをチェックしてる。

 なに俺のプライベートを把握しようとしてんだよ。


「なんか……寂しくて?」


「寂しさを紛らわすにしちゃ、命がけすぎるだろ」


「あんなことになるなんて誰も思わないよ。

他にも普通に使ってる人いたし」


「危険だとわかってるなら最初から誰も使わない。

リスクを想定する知識と想像力を身につけろって話」


「それってお説教? お父さんみたいなこと言わないでよ。

なんか萎える。先生がおじさんに見える」


「当たり前だ。お前よりお前の親御さんのほうが年が近い。

俺と同じ立派なことを言うお父さんとどうしてケンカになった?」


「ん? んーとね……」


 思いっきり嘘を考えてるな。

 しかもスマホの待ち受けが俺のシャツ着た白石になってる。


「忘れちゃった。えへへ、もうどーでもいいかも。

それより先生さ、やっぱり今日、私と一緒に寝てよ」


「何がやっぱりだ。お前、DBSって知ってるか?」


「知らない。ドラゴンボール?」


「お前は今、俺をそのリストに載せようとしてる」


「あはは、なに言ってるかわかんない。

私はね、同じ部屋で寝てほしいってだけだよ。

お布団並べて、ほんとそれだけ。ね?」


「ダメです」


「ケチー。じゃ、寝るまで一緒にいて。

寝た後は何してもいいから」


「何もしない。一緒に寝ない。

お前は家でいつも誰かに寝かしけてもらってんのか?」


「あー、うん、そう、それだ!

ママに絵本とか読んでもらったり?」


「どんな絵本?」


「えー? 細かいこと気にすんなー。

なんだろ、罪とか罰とか?」


「タイトル違う。絵本じゃねえ。一人で寝ろ」


「ね~お願い。ほんっと寝るまででいいから。一緒にいて。

じゃないと私が先生の部屋に行く」


 なんか駄々っ子になってるな。

 酒でも飲んだか?


 でもなんか、必死な感じもするんだよな。


 気にかかってはいたんだよ。

 あの、台所で硬直してたときの、怯えた目。


 同じなんだ。

 向こうで見た、天使の中にいたやつらの

 恐怖で歪んだ表情にくっついてた目とさ。


「寝つきはいいのか?」


「うん、すごくいい。秒で寝るよ」


「じゃ、もう寝ろ」


「はーい」


 素直に婆ちゃんの部屋に行ってくれた。

 布団に入って、

 ほんとに絵本を読んでもらう子供みたいに俺を待ってた。


 とくにやることもないから枕元に座っていると、

 白石は枕に頬をつけたままずっと俺の顔を見ている。


 まったく寝る気配がない。


「もう十秒たったぞ?」


「ゴメンゴメン。寝るとき怖くないのって久しぶりでさ。

嬉しくって寝れないや」


「何がそんなに怖いんだよ」


「ええ~、それ聞いちゃう?

先生も怖くなっちゃうかもよ?」


「じゃ話さなくていい。おやすみ」


「待って待って、聞いて」


 白石は悪戯を考える子供みたいに笑ってた。

 みんなが笑うから、ちょっと調子に乗って

 話を大げさにしちゃう子供みたいに。


 でも話し始める直前に、唇をキュッと噛んだんだ。


「視線を感じるの。帰ると部屋に誰かいたみたいな感じがするし。

一回ね、ベッドに誰か乗ってくる夢みてね

身体押さえつけられて、相手の息遣いまで聞こえて、

目が覚めてからも感触が残ってた」


 話すうちにだんだん、白石が布団に潜っていく。


 ナニソレ話違くない?

 ジャンル違くない?

 ホラゲーはなしの方向でお願いしたい。


「お父さんにも話したけど信じてもらえなくってさあ。

ケンカになっちゃった」


 ヤバい、泣きそうだ。

 白石が泣いたらたぶん俺も泣いちゃう。


「そういうのは信じる、信じないじゃあないんだよ。

お前が怖いなら、ずっと、一晩中でも側にいる」


「うん。先生のそういうとこがいいの。

口でなんて言ってても、大事なとこはちゃんと掴んでてくれる」


 毛布の下から白石がそっと手を出す。


 俺がその手を握ると、

 彼女は指をからめてほんの少し顔を赤くした。


 もちろんマッハで目を逸らしたよ。

 俺そういうのにめっぽう弱いから。


「心配するな、もう終わったんだ。

少しずつ以前の生活に戻していけばいい」


 なんだ? 絡めた指が何か探るみたいに動いてるぞ。

 戸惑い、ためらい、嘘の気配。

 宿題忘れた生徒の雰囲気っていうとわかりやすいか?


 そんな軽いもんじゃなかったけど。


「話さないでおこうって思ったの。

これ以上、迷惑かけたくないし。

でも、先生来てくれたから。一緒に、いてくれるから」


 迷っている指を包み込むように握った。

 リディアがそうしてくれたのを思い出して。


 そしたら倍くらいの力で握り返してきたよ。


 バカな俺でも気づく。

 白石は最初から終わったことの話なんてしてなかったんだ。


「フェアウエル使ったの、誰かに側にいてほしかったからなんだ。

先生みたいに守ってくれる人。

彼氏できれば、そうしてくれるって思った。

バカでしょ?」


「それは知ってた」


「先生、私ばっか見すぎ。気づかれるよ」


「見てない。俺は女子に一秒以上視線を固定しない」


「それ逆にヘンタイっぽいよ?」


「そうかな?」


「そうだよ」


 白石は笑って布団の中で身体を丸めた。

 そして石みたいに固まった。

 台所で怯えてたのはこれだ。


「だんだん近づいてきてる気がするの。あの視線」


「安心して眠れ。お前が起きるまでここにいる」


「ホントに? 起きたときいなかったら私、泣くよ?

先生は噓つきってみんなに言いふらすよ?」


「トイレだけは勘弁してください」


「ダメ。

ちょっと目を離したすきに……ていうのが一番ヤバい」


 その後はまあなんだか他愛のない話をしてた。


 友達の間でブームになってるスイーツとか。

 夢中になってるアニメとか。

 前は楽しみだったけど

 高校生になってからは退屈になってきた家族旅行とか。


 照明消して、

 暗い中でそんな話してたらだんだん声も小さくなってきて、

 そのうち眠ってた。


 俺、ホントにバカでさあ、

 それで守れてる気になってたんだよ。


 視線っていうのも

 思春期特有のストレスとかそういうもんだと思ってた。


 そう思おうとしてた。


 朝起きたら白石がいなくなってて、

 両親ともう一度話してみるって書置きが残されてて、

 最後にごめんなさいって書かれてて。


 荷物もなくなってることに安心した自分が嫌で、

 明け方に、唇に何か柔らかいものが触れて

 一瞬、目が覚めたような気がしたけど、


 それが何だったかは考えないようにした。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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