第九話 二人の暗き秘密を撚り合わせ
こりゃあ、冗談抜きでピアースが吊るされそうな雰囲気だ。
傍聴席の連中は顔を近づけて囁き合い、
クロムは腕を組んで邪悪な笑みを浮かべている。
隣でストラも同じ表情で同じポーズ。
やめて、ストラにそんな邪悪な顔させないで。
ピアースは目を閉じて周囲の声と視線をシャットアウト。
さすがの精神力だ。
俺が玉座に戻るとやたら俺の胸元を見てるが、
なんだお前、やっぱりロリコンか?
と思ったら俺の服、首回りがヨレてるね。
強くつかまれたせいだ。
首に絞められた痕とか残ってないよな?
リディアに視線を送ってみるけど、無視。
これを見落とすなんて、意外とあいつもテンパってんのか?
「クロム様、呪いの報告はもっと早くお願いします。
毒と同じでもし影響があるなら、素早い対処が必要ですから」
「で、エリン様に何か影響があったのか?」
「いえ、何も」
退席は俺に呪いの影響がないかを調べるためってことにしたのか。
クロムは鼻で笑ってるけどね。
「エリン様、弁護側は被告への質問を求めます」
「検察側もです、エリン様」
おっとピアース大人気。さてどうする。
クロムのやることはなんとなく想像つくが、
リディアが何を企んでるかはわかんない。
難癖付けてクロムの質問は却下すべきか。
「では兄さまから先にどうぞ」
「いいのか? 余裕を見せている場合じゃないぞ。
すまないな、みんな。妹の悪い癖だ。
分が悪いとすぐにゲームを投げる」
笑い声は起こるが控えめだ。
リディアに期待の視線を向ける連中もいる。
ひいきの野球チーム応援してるみたいな感じで、
わりとアットホーム。
「では被告・聖堂騎士、こちらへ」
ピアースが俺の正面に向かい合って立たされる。
怒ってるよな? この茶番に。
檻に閉じ込められて興奮した猛獣みたいな目をしてる。
その体格でその目は怖えよ。
お前のためにやってんだ、もうちょっと辛抱しろ。
「聖堂騎士、この短剣はお前のもので間違いないか?」
「確かに持っていたのは俺だが、そもそもの──」
「以上です、エリン様」
ピアースの持ち物であることだけ認めさせて後は何も言わせない。
アモンの呪いを認めたかのような印象操作。
相変わらずしびれるクソっぷりだ。
「おい待て、それは人から渡されたものだ。
俺が用意したんじゃ──」
「被告は黙りなさい。
許可されていない発言は印象を悪くするだけです」
リディアが進み出てピアースを黙らせる。
頼むぞ、もうお前の策に賭けるしかない。
「被告は確かにこの短剣をエリン様に向けた。
しかし、先ほど私が言ったように、
彼に殺意はありませんでした。
そうですね?」
「なかったと言ったところでどうなる?
誰がそれを証明できる?」
「異議あり。エリン様、
被告は変身のローブと呪いの短剣という
入手が困難な道具を事前に用意しています。
すなわち高い計画性があったということで、
これは殺意の証明に他なりません」
だよねえ。そう言われたら認めざるを得ない。
さてリディア、どうやって覆すつもりだ?
「異議を認める前に弁護人に訊きたい。
殺意の有無は証明できるのか?」
「できます」
即答。頼もしすぎる。
反撃開始だ。
「短剣に書かれた詩。これは間違いなくアモンのものです。
この一文
『二人の暗き秘密を撚り合わせ』
はアモンが好んで使う表現です。
そうですね、兄さま?」
「そうだ。その文章と浮ついた魔力。
吐き気がするような甘ったるい呪いは
奴以外にはありえない」
リディアはちらっと俺を見る。
なになに? なんの合図?
ぜんぜんわかんないんだけど。
「その通り。アモンは人間の恋愛を取り持つのを好みます。
誰か一人を思う気持ち、
それは愛も憎しみも同じなのだと」
「まさかその騎士が抱いていたのが
恋心だったとは言うまいな?」
「検察、求められないのに発言するな」
「失礼しました」
「エリン様、ありがとうございます。
もちろん私もそのような
乙女にしか通じぬ戯言を申すつもりはございません。
しかしながら、被告が抱いていたのが誰か一人を思う気持ち、
などではなかったことは明言いたします」
「ふざけるな、それでは呪いの条件を満たさぬではないか。
短剣は砕けている、呪いは発動した。
そいつは確かにエリン様を殺そうとしたのだ」
「いいえ兄さま、呪いは発動しなかったのです。
短剣はエリン様に触れて砕けました。
そうですね? エリン様」
「あー、そうだね、触ったらポキって」
「これはたいへん不自然です。
アモンの呪いは恋愛成就のように複雑な過程を必要とし、
それゆえに強力。
エリン様でも全く何もないということはありえません。
たぶん風邪くらいひきます」
エリン様じゃなくなってっけどな。
「そんなことで納得できるか。俺だけじゃない、
なあ、お前たちもそうだろう?」
あ、傍聴席を巻き込みやがった。
クロムのやつ、なりふり構わないな。
俺はお前を頼もしいと思い始めてるぜ。
「私は見たのだ、エリン様に迫る凶刃が呪いの火花を散らすのを。
エリン様はその呪いを跳ね除け、
砕けた刃が落ちるより早く、あの騎士の顎を小指で吹き飛ばした。
顎は後頭部まで突き抜けていた」
うん、死んでるね。
「そんなことができるのはエリン様だけだ。
我らがエリン様、比類なき強さ、唯一無二の美しさ、
エリン様万歳」
傍聴席が湧き上がって俺の名前を叫んでる。
ナニコレ?
なんで人の生死がかかった裁判でこんなにエンタメしてんの?
悪魔かこいつら。
悪魔だったわ。
「では騎士は死刑で」
「静粛に、全員叩き出すぞ」
怒鳴った。
授業中、生徒が騒いでても怒鳴ったことなんてない俺が。
「検察、次に騒動を引き起こしたら裁かれるのはお前だ」
「エリン様、兄さまの愚行、どうかご容赦を。
みんなもすまないね。
兄さまは分が悪くなるとゲームを盤ごと引っくり返すの。
悪い癖だわ」
おお、ちゃんとやり返した。
陰湿なとこは似てるな、この兄妹。
「呪いが発動しなかった理由は単純です。
騎士が抱いていたものは誰か一人への思いではない。
男なら必ず持っているあの見境のない欲求だったからです」
「な、お前……まさかそれは……」
クロム、のけ反って目を見開いてる。
いいリアクションするなあ。
俺もう、お前が好きだよ。
「そう、肉欲です」
歓声のような、諦めのような傍聴席の声。
クロムは腹パンくらったみたいに膝に手をついて堪えてる。
なにこのゲームセット感。
肉欲って要するに性欲でしょ?
そんなの誰にだってあるのが当たり前だし、
今の状況でどう関係するのか俺には今一つわからない。
おや、ピアースも神妙な顔してる。
あいつは今のでわかったんだ。
ふうん、あいつにわかって俺にわかんないの
なんか悔しいぜ。
「エリン様、この男の目的はあなたの殺害ではなく、
強姦だったのです。
短剣を向けたのはアモンの呪いを見せれば
服従させられると思ったから。
これが、暗殺騒動の真実です」
リディアは完璧に計画を遂行したといわんばかりのキメ顔。
笑顔を返したいんだけど、俺は無表情。
あの……ごめん、もちっと説明よろしくて?
リディアは少しムッとした顔したけどすぐに頭を下げた。
いや違う、お辞儀するふりしてため息つきやがった。
しょうがないじゃん、この世界の知識がないんだから。
「兄さま。いまさら説明するまででもありませんが、
肉欲は我らが始祖であるアスモデウスが司るもの。
まさかアスモデウスの支配下にあった被告が、
アモンごときの傀儡であったなどと仰りますまいな?」
なるほどねー。
クロムがアモンの関与を強硬に主張すれば、
その権威を失いかねない。
一方、リディアは殺意の否定というこちらの当初の目的を、
暗殺を強姦にすり替えることで達成。
同時にアモンの関与も否定できるというわけだ。
やるじゃないか、リディア。一石二鳥、見事な一手だ。
拍手したいけどできないから頬杖ついてにやりと笑っておこう。
くっくっく。
「待て、まだだ」
クロムがストラから受け取った水を一気飲みしてる。
「そこのあさましい騎士が、本当にエリン様を穢すつもりだったと?
とても信じられん。その男が性愛の対象とするにはエリン様は……
……エリン様はその……おさな、お、おさ……おさ……」
「なんです? 聞こえませんよ」
煽るなー、リディア。
クロム、言わなくていいぞ、
だいたい言いたいことわかるから。
「エリン様の容姿は、幼すぎる」
魂のシャウト。
でもそこがいい。
だって俺も同感だから。
傍聴席の静かな興奮が伝わってくる。
俺の怒りとクロムへの罰という歪んだ期待に満ちている。
どうすればいいの? 怒る? 笑う?
どっちも正解のような間違ってるような……
助けて、リディアさん。
「ストラ、こちらへ」
リディアが落ち着き払ってストラを呼び寄せ、
一枚の紙を受け取った。
「これは兄さまが書かれた訴状ですが、
ここにはっきりと書かれています。
被告がエリン様に対して劣情を抱いた、と。
つまりは最初から、この裁判はこういうことだったのです」
ついにクロムが膝をついた。陥落した。
リディアは訴状をクロムのほうへ投げ捨て、
弁護人の席に戻る。
「エリン様、弁護側は以上です」
「ご苦労だった。検察は?」
「……ありません」
「では判決を下す。
被告・聖堂騎士には明確な殺意が認められず、
有罪は強姦未遂、不法入国とする。
刑罰は本日中の国外追放。
以上、閉廷」
うーん、これでよかったのか?
ミッションは達成できたけど、それだけって感じだ。
クロムはすげー悔しそうだし、
ピアースは死んだほうがましって顔してる。
そりゃそうか。
わざわざエルフから道具まで借りて小娘一人を強姦しに来たなんて、
ある意味暗殺より怖えよ。
感情面でのフォローは必須。
エンタメに飢えてた傍聴席の連中がわりと楽しんでくれたのが救いか。
「リディア、騎士の追放はちょっと待ってくれ」
「期限まで半日はあります。
話がなさりたいなら、場を設けましょうか?」
「いや、いいよ。
ちょっと渡したいものがあるんだが、手伝ってほしい。
準備ができるまで待たせといてくれ」
クロムがしょんぼりしちゃってるから、
代わりにリディアがストラたちに指示を出してる。
ストラたちだけじゃない、他の大人たちもリディアの指示で動く。
このスムーズな指揮系統の移行はこの国の危機感の表れだろう。
いつ、誰がいなくなってもおかしくないという危機感。
だからこそ絶対的な存在であるエリン様は
誰にとっても希望であり、
精神的な支柱でもあるはずだ。
エリン様がいなくなったのを知ってるのは
俺とリディアの二人だけ。
それを誰かに知られるというのはこの国の崩壊を意味する。
まさに『二人の暗き秘密を撚り合わせ』だ。
裁判ごっこの片づけを仕切っているリディアを
ぼんやりと眺めていると、
ふいに不安になった。
じゃあ今、彼女を支えているのは何なんだ?
俺か?
冗談だろ、支えられてるぞ。
エリン様どころかつっかえ棒の代わりにだってなってない。
不安を紛らわせるために彼女を見つめ、
彼女を見てると不安になる。
無限ループだ。
いつか俺が、彼女を支えられるようになるまで。
読んでいただき、ありがとうございます。
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