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異郷生態調査録  作者: 東堂幸一
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空鯨の章:序2

 シア荒原地帯は、山中の盆地という事もあって夜明けが遅い。

 いや、正確には空が明るくなってから日が出るまでが長い。

 空が明るくなるのが4時頃なのに対して、日が出るのは、最も朝が早く訪れる西端でも7時頃だ。

 日暮れともなると西のクルエスト山脈に遮られる為にかなり早く、15時頃には完全に太陽が隠れ、16時には暗くなる。

 標高が高い上に日が出ている時間が短い為、赤道が近いにも関わらず夜間の気温はかなり低い。

 その割に日中は照り付ける太陽によって爆発的に気温が上がり、時に1日の気温差は40℃以上ににもなる。


 とてもじゃないが、生物が棲むには過酷過ぎる環境。

 だがそれでも、比較的生物が棲みやすい場所がある。川と、そして荒原地帯中心部に存在する湖の近くだ。

 そこらは多少なりとも草が生え繁り、様々な小動物が暮らしている。

 草の実を狙うウサギや小鳥。それを狙うイタチに猛禽。

 湖川には魚が居ないが、代わりにサンショウウオと一部の虫が適応して棲んでいる。

 殆どがここにしか居ない固有種だが、中でも最も目を引くのは"水中に棲むサソリ"だろう。

 水棲のサソリは現在見付かっているのが2種のみ。

 その内の一種が、このシア荒原地帯に生息するものだ。

 ほんの数年前に発見されたばかりで、余りにも僻地過ぎる事と、人間のような大きなものが近づくとすぐに湖底の砂に潜ることが原因で今の今まで見付からなかったものだ。

 故にまだ学名すらついておらず、発表された論文ではシアミズサソリと仮称していたレベルである。


 少し前の雨季にはそのサソリを目当てに数人の調査隊が研究観察をしに来ていた筈だが、今頃は帰って新しい論文でも書いている頃だろう。

 


 ーそんな事を、起きてから朝食を食べる間話していた。

 聴かせる相手は無論、サティアしか居ない。

 サティアは好奇心の強い娘だ。比較的自由とはいえ、あの僻地の村では入る情報も極端に少なく退屈していたそうだ。

 彼女の母は、たまに行商人などが立ち寄ると、サティアは決まって一番に駆け寄って彼らの話を聞くのだと言っていた。

 事実、先日まで村に半月程私が厄介になった時、村の子供達に様々な話をせがまれた。

 その時もサティアは子供達に混じっていつも話を聴いていたのだ。

 二人で旅を始めてからも同じように、休憩や朝夕の度に聴かせていた。


 野営の片付けをしていると、不意にザクリザクリと砂を踏む音が聞こえてきた。

 振り返れば、大きな獣。

 体長は4m程、艶やかで長く美しい白毛に被われ、やや面長の頭に巨大な巻角が目を引く。

 体には実用性も兼ね備えた、美しい装飾のベルトを巻いており、その意匠はニアフ族のものだった。

 獣は横長の瞳孔でこちらを流し見て、それから荷物を纏めるサティアの隣に座り込んだ。

 サティアは獣の頭を優しげに撫でると、体に回ってベルトに荷鞍を取り付けた。


 この獣はマハトルカシャ(偉大なる山岳の獣)。ニアフ族を含む、クルエスト山脈に暮らす数多の部族の友。

 寒く乾燥した気候に適応した大型獣であり、温厚な性格から古くから人と共に暮らしてきた種族だ。

 その力は労働力となり、乳や肉は食用に。毛と皮は服や様々な日用品となり、骨と腱は道具に、角は彼らの信仰に使われる。

 物資の乏しい高山で、粗食と飢餓に強く大きな力となる彼らは無くてはならない存在なのだ。


 そんなニアフ族に飼われているマハトルカシャの中でも、サティアによく懐き体格に優れていた個体が、サティアが「タダリ」と呼ぶこの個体だ。


 4日程前から植物が少ない道に入り、更に昨日は落石を避ける為の強行軍。

 いくら空腹に強いとはいえ、やはり腹が減っていたのだろう。昨日は荒原に抜けて荷鞍を外されるや否や、少し離れた川辺まで一目散に駆け寄り周囲の草を平らげていた。


 幸いこの辺りにはマハトルカシャを襲えるような肉食動物は存在しないし、彼らは賢いので離れ過ぎる事もない。

 結局、夜間は眠っていたにしても今まで草を食べていたのだろう。

 サティアに起き上がるよう促されると、タダリは面倒そうに彼女を一瞥し、ぶるりと鼻を鳴らして起き上がった。

 昨日まで萎んでいた腹が、タダリの動きに合わせて重そうに揺れる。


 「今日からは川に沿って歩こう。順調に行けば三日で湖に着く」

 川から繋がる湖の上空では、今頃クジラが集まってきている頃だろう。上手くいけば出産や交尾にも立ち会えるかもしれない。

 クジラ全般に言える事ではあるが、中でもアレチトビクジラの情報は特に少ない。

 わかっている事といえば、季節でシア荒原地帯とその西側の山脈を行き来している事と、乾季に荒原で交尾と子育てをする事、あとは高空を漂う有機物をエサにしている事くらいだ。

 故に、研究が進んでいない今はどんなに細かい情報でも惜しい。無理をする必要は無いが、早いに越した事はない。


 「クロア」

 山に積もる白銀のように、彼女の声は朝焼けによく響いた。

 「準備出来た」

 「・・・なら、行こうか」



 私の名前はクロア・ローレイス。

 まだ誰も知らない神秘を求めて旅をする、今はただの生物学者だ。

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