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03

 

 ここファルファーレ王国はもちろん私達の世界とは別の世界で、今現在魔王に支配されているのだという。


 百年に一度復活してしまう魔王を倒す為に、この世界では魔王の妨害によって産まれなくなった、聖なる力を持つ女性の代わりを異世界から召喚して(召喚の魔法陣を通ることで聖女の力が与えられるらしい)魔王を倒す旅に同行してもらっているのだと。

 もちろん魔王打倒の暁には元の世界に帰してもらえる、とも教えてくれた。


「……でも、召喚されてすぐ、傷を治したのは健人でした。私は聖女ではないのでは? 」

「……いや、貴女はまぎれもなく聖女だ。ただ召喚された際にあまりに近くにケントと、その白い生き物がいたために、聖女の魔力を共有してしまったようでね」


  白い生き物というのはもちろん私が助けようとした子犬で、今も大人しく抱っこさせてくれてるこの子の事だ。

  あまりに近くにいたというのは、私が子犬を抱き締めていたからだろう。じゃあ健人も、ということはあの腕の感触は夢でも勘違いでもなく、彼が私を抱き締めた時のもので。その瞬間に召喚されたということだろうか。

  強く肩を抱かれていた時の事を思い出して、触れられていた箇所がなんだかムズムズしてしまう。


「魔力を共有……って、よくない事なのか」


  健人が私をチラリと見てからレイへと視線を移す。


「いや、そんな事はない。二人と一匹分の器に魔法陣から聖なる力が注がれたので、我が国の歴史上一番の力を持っているのは確かだ。ただその代わり、二人と一匹が繋がっていないと力を発揮できない」


  繋がっていないと……? どういう意味だろう、とレイを窺う様に見つめたらスッと手を差し出された。いきなり握手? と思いつつもその手に自分の手を重ねる。


「こうして手を繋いだり、身体のどこかが触れていないと、さっきみたいに癒しの力を行使できないんじゃないかってことらしい」

「な、なるほど……」


  実演する必要あったかな? と思いつつも自分より大きいレイの手になんだかドキドキしてしまった。男の人と手を繋ぐのなんて、体育祭のフォークダンスぶりなのだから、仕方ないよね。


  私と子犬と健人で一つの貯水タンクだとして、触れあうことが水道管で、それぞれが蛇口ってことなのかな。ううん……例えると余計わかんなくなっちゃったかも。

  うんうん唸っていると健人がいきなり腰に帯びている剣とは別の、果物ナイフくらいの小さな剣を取り出して自分の左手の甲を切った。線状にじわじわと血が滲む。


「な、なにしてんの!? 」

「いいから、俺の傷口に触れてみろ」


  そう言って私の右手をレイから引き剥がし、そのまま健人の手の甲に重ねさせられる。途端魔法陣の上で見た眩しい光が現れ、キラキラと小さな光を名残惜しげに散らして消えた。


  自分の手を健人の手の甲から剥がすと、そこには傷痕すら残っていなかった。


「本当だ……私でも治せた」

「うん。間違いなく聖女の力だね。……綺麗だ」


  眩しい物を見るようなレイの瞳は凄く綺麗で、でもどこか寂しげに私には映った。

  それまで静観していたベリルが、こほんと一つ咳払いをして皆の注目を集める。


「ええと、こちらに来てもらってすぐで申し訳ないのですが、三日後にこの王都を出立し魔王のいる魔都へと向かう旅が始まります。道中で色々説明しますね」

「なかなか急ですね」

「レベル上げとかしなくていいのか……? 」

「多分嫌でもあがりますよ、うふふ」

  ベリルさんの言葉は、よく理解できてない私の背筋をも凍らせた。




「ここは私の住む離宮だから、好きに寛いでて。ヒジリ達の部屋は別々だけど隣に用意してあるから」というレオの言葉にその場は解散となった。

 これからどこの街を経由するとか細かい作戦を練る会議があるらしい。私達は参加しても地理も何もわからないし、まずはこの世界に慣れて欲しいと言われた。


  メイドさんに案内されて、一人用とは思えない豪華な部屋に案内される。天蓋つきのベッドは私が五人寝ても余裕そうな大きさだし、クローゼットに鏡台まである。部屋の中央には丸いテーブルと、一人掛け用のソファが二脚備え付けられていた。

 既にそこには湯気を立てる紅茶と何かのフルーツが乗ったショートケーキが置かれていて、食べていいのかな……? とゆっくり近づいてふかふかのソファに身体を沈めた。

  猫舌ゆえにふーふーと息を吹き掛けながらいい香りの紅茶を楽しむ。


「でも一人だと味気ないなぁ……あ、そうだ! 」


  何か御用があればテーブルの上の呼び鈴を鳴らしてくださいと言われていたけど、自分で隣室の扉を叩いた。これくらいで彼女らの手を煩わせたくないし。


「はい……て聖かよ。なに」

「なにその言いぐさ。ちょっと私の部屋でお茶飲まない? そっちにも色々置いてくれてんでしょ? それ持って来なさいよ」

「…………わかった」


  なんかめっちゃでっかいため息つかれたんですけど! なんなの? 日頃喧嘩三昧の癖に心細くなった途端すり寄ってきやがってとかそういう!?


  ……ああ、けんちゃん時代は本当に可愛かったな。兄と姉、三兄妹の末っ子として早乙女家に産まれた私にとって、後ろをてとてと付いてくる小さな男の子を、(たとえ同じ年でも)弟みたく思っていた。ひぃちゃん、けんちゃんて呼び合ってたあの日々よカムバック……。


「邪魔」


  軽くワゴンで轢いてから言うんじゃないわよ!

  誘った側だったので怒鳴りたい気持ちを抑え、自分の部屋の扉を開けて招き入れた。




「俺紅茶とかあんま飲まねーけど、これめっちゃ美味いよな」

「そうなのよ……元の世界に戻ったらもうその辺の紅茶飲めなくなりそうで怖い」


  健人との他愛ない会話に胸がほこほこする。人見知りではないけど、いきなり親元を離されて見知らぬ土地に来たら、きっと誰でもこうなると思うのよ。


「で、なに? 」


  さっきまでの楽しげな雰囲気どこいった! ってくらい急に温度の下がった声音に、私の気分も急降下していく。なにさ。


「子犬の名前、一緒に考えてくれない? これからも一緒に行動しないといけないみたいだし、名前がないと不便でしょ? 」


  チラ、と天蓋つきベッドの横に置かれた犬用のベッドに、早々と丸まっている子犬を見やる。


「ああ……でもあれ飼い犬じゃねーの? 勝手に名前つけていいのかよ」

「うーん……首輪も付いてないし、多分野良だと思うんだけどさ。もし飼い主さんがいるなら、帰ったら探すよ。いなかったら私が面倒見るし」

「……まあ、聖ん家がダメだったらウチでもいいしな」

「シロは渡さんよ」

「もう決まってんじゃねーか! ありきたり。却下」

「代案を出せ」

「…………………………おもち」

「えっ……可愛い……おもち、決定」

「はっや」


  くしゃ、って笑った健人の顔、久しぶりに見た。まあ笑いながら喧嘩なんてしないもんね。はあ。


「じゃ、俺部屋戻るから。聖も部屋から出んなよ」

「えっ、なんで」

「まだ完全に安全ってわかったわけじゃないだろ。一人でウロチョロすんなよ」


  健人はビッと私に指をさしてそんな宣言をして、ワゴンにテーブルの上の茶器を全部乗せて出ていった。

  まあ確かにその通りかーとボスンとベッドに寝転がる。


  私の、『俺部屋戻るから』に対する"なんで"を、『部屋から出んなよ』に対する"なんで"に捉えられるくらいには、私達の間にある溝は深い。

 どうしてかそんなことを考えながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


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