02
ややあって。
川に飛び込んでびしょ濡れで冷えきった身体を温めるのが先決とばかりにお風呂に入れられ──メイドさんに上から下までしっかり洗われ──白いローブを着せられた。
凄くいい生地だと思うのよね。ずっしりとした見た目に反して軽くて通気性が良くて、縁や模様は全部金色の刺繍で描かれていた。
やや気後れするものの、ヒラヒラしたドレスとか着せられなくて良かったなと心の底から思っていた。
私の自慢の、腰まである黒髪はすっかり乾き、櫛が通されて艶々でいい香りまでする。
メイドさん達は私を磨く作業を終わらせ湯船に浸からせた後、子犬も桶の中でしっかり洗ってくれた。
薄汚れていた毛は真っ白ふわふわになって違う犬かと見違えるほど。犬種は……豆柴っぽいけど、雑種なのかな。
そうしてピカピカほこほこになった私と一匹は、メイドさんに案内されるまま付いて行く。
途中で合流した健人は物語に出てくる騎士のような出で立ちで、紺色のマントに白い服、足元は焦げ茶色の皮のブーツで、腰に剣を差していた。
何だか妙に様になってるなぁと思ったら、コイツ剣道部なのよね。
しかも全国大会で優勝するほどの実力者。小学生の時から運動神経が良くて、きっと中学ではチャラチャラした(偏見)サッカー部にでも入るんだろうと思っていただけに、暑くてむさ苦しい(偏見)剣道部に入部した当時はちょっと驚いたものだ。
「馬子にも衣裳だな」
「それはこっちの台詞なんだけど」
憎まれ口を叩いてしまうのはムカつくこいつの口が悪いせいだ。でもいつもの言い合いが出来ることに私はちょっとホッとしていた。
知らない場所、知らない人達に囲まれて、心細くなっていたのかも知れない。例え仲の悪い幼馴染でも、一人でなくて良かった、なんて思うなんて。
案内された先の部屋には、両開きの扉の脇に見るからに騎士みたいな人が立っていて、その扉をメイドさんが開けてくれて中へと入った。
アンティークっぽい艶々した木の机は猫の足みたいに緩くカーブしていて可愛い。二人掛けのソファーが机を挟む様に配置されていて、促され腰を降ろした目の前に、二人の人物が既に座っていた。
一人はお伽噺に出てくる王子様みたいな見た目の男性。短髪のシルバーブロンドの髪に紫水晶の瞳が印象的だった。
もう一人は裏地が深い緑色の黒いローブに身を包んだ女の人。緩く波線を描く髪は燃えるように真っ赤で、体型は私と違って出るとこ出てウェストは驚く程細い、なかなか男子中学生には目の毒みたいな人だった。健人さん健人さん、鼻の下伸びてますよ。
ぷるりとした唇、ちょっとタレ目がちな黒い瞳の下には小さなほくろがあってなんだかセクシーだものね。わかるわぁ。
「初めまして聖女様、騎士様。わたくしはファルファーレ筆頭魔法使い、ベリルと申します」
魔法使い! まるでファンタジーの世界だ。
隣にいる健人もごくりと喉を鳴らすのがわかった。うん。あんた好きよね。なんたって私たちはまだ中学三年生。中二病という病には総じて罹るお年頃なのである。
まだかろうじて仲が良かった小学生の時、よく健人の家に遊びに行っていた。その時彼が好きなRPGゲームで遊んでいるのを隣でじっと見てるのが私は好きで。
画面の中の勇者はケントという名前で、ヒロインが私の名前だった事もついでに思い出してしまい、なんと言うか……こそばゆい気持ちが込み上げる。
「お名前をお伺いしても? 」
「あ、えと、ヒジリ、と言います」
「俺はケントです」
「ヒジリ殿にケント殿、私はこのファルファーレ王国の第一王子、レイナードと申します。どうか気軽にレイとお呼びください」
おうじ、の三文字に私と健人は目を見開いた。みたい、とは思ったけど、まさか本当にそうだとは思わないじゃないか。
「お、おうじ……」
「ふふ、レイ、だよ。どうかお互い堅苦しいのは無しでお願いしたい。ヒジリ……とケント、と呼んでも? 」
「ははは、はい! 」
「ああ」
私達の返事を聞いて、嬉そうにレイが目を細めた。うっ! 眩しい……!! 美形が微笑むとこんなすごい破壊力なのか、と思わず頬が熱を持った。
さっきまで鼻の下を伸ばしていた健人は今は不機嫌そうに唇を噛んでいる。うんうん、君が今何を考えてるかわかるよ健人くん。私達が通う中学校ではチミが人気ナンバーワンの男だとしても、所詮我々は平たい顔民族であるからして、レイの様に彫りの深い正真正銘イケメンに嫉妬しているのよね?
その上モノホンの王子様。財力に権力、容姿端麗となれば、十五のがきんちょが敵う相手ではない。
「聖。今すげー失礼なこと考えてるだろ」
考えが読まれたのかと飛び上がった。うう、何も言わなくても今のが答えみたいになっちゃうじゃない!
「ま、まぁさかぁ。レイが格好いいなって思ってただけよ! 」
それはもちろん嘘ではないのだが、更に健人の機嫌が悪くなり、目の前のイケメンが一瞬驚いた顔をした後、嬉しそうに笑んだおかげで、自分がとんでもなく恥ずかしい事を言ってしまったと気づいてまたしても顔に熱がこもる。
今度は絶対顔から耳から、首もとまで真っ赤になっているに違いなかった。
「あ、あのっ、なんか……聖女とか騎士とか……私達は、どうしてここへ連れてこられたのでしょうか」
もう話題を変えるしかない、としどろもどろに質問すれば、レイは鷹揚に頷いて私達を見据え、話してくれた。