「モフモフ王子にもう一度会いたい」たしかに願い事をしました。でもそれだけで世界の命運に巻き込まれるのは予定外です。
好きになった人がたまたま獣人だった。
ただそれだけ。
王族の一員として生まれた。
そういう運命。
高く結っていた髪をほどく。ウェーブが付いた赤い髪が、零れ落ちていった。
でも、それだけの理由で私の願いは叶わない。
「フレア様。今日も人に囲まれておられましたね」
「そうね……。王族としての責務だから仕方がないわ」
人と関わるのは、それほど好きではない私。
でも、今日は隣国の皇太子が我が国を訪れ、歓迎のパーティーが開かれた。
隣国の皇太子は、ダンスのリードも完璧で、金の髪の毛に青い瞳がとても美しい人だった。
婚約者の最有力候補。
このまま、素敵な王子様との結婚を夢見ることができたらいいのに。
でも、私の心はすでに叶わない恋に囚われてしまっている。
きっと、何もしなければ私は隣国の皇太子妃として嫁ぐことになるに違いない。
「あの人に会いたい」
その存在を知ったのは、偶然だった。
王族だけが利用する図書館に所蔵されていた古い日記に、その存在は記されていた。
黒い泡立つ怪しげな薬を手にした、永い時を生きる魔女。
その魔女は願いに釣り合う対価を捧げれば、どんな願いでもかなえてくれる。
たった一つの小さな願いのために、私は魔女の元を訪れた。
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「いらっしゃい。燃えるような美しい髪の姫様?」
「フレアと申します」
かなり緊張しながら訪れた魔女は、思ったより若い声をしていた。
魔女は美しい女性という説もあったけれど、本当のことだったらしい。
黒い髪とフードから少しだけ除く黒曜石のような瞳。
「ここに来た理由を教えてくれる?」
「好きな人がいるんです。でも、私は人族で、あの人は獣人だから会うことも叶わない」
「そう……」
私は攻撃魔法が得意だ。王族で魔法の行使が得意な者は、女性男性関係なく魔獣討伐の指揮をとる義務がある。だから、あの白銀の耳を持った狼の獣人とであったのも、必然だったと私は思う。
「それで、願いは?」
「あの人にもう一度会いたいです」
「いいわ、その後のことまでは保証できないけれど。それくらいの手伝いなら、そこまで大きな対価を貰わなくてもいけそうね……。そうね、あなたに倒してもらいたい魔獣がいるの。できるかしら?」
魔女を信じていいのかはわからない。
でも、もしあの人にもう一度会うことができるというのなら、その対価を私は二つ返事で受け取った。
「私ができるのは二人を会わせることだけ……。あとは任せるわ?」
魔女の意味深なつぶやきは、風に流れて消えた。
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そして二つ返事で対価を払うことを約束した直後、すでに私は、森の中で絶体絶命のピンチに陥っていた。
「魔女はやっぱり魔女なのよ!」
魔女が倒してほしいと言った魔獣は、黒い毛並みの豹だった。
私が、詳しく聞こうとしたときには、魔女の魔法で深い森の中に移動させられていた。
そして、残念なことに目の前にすでにその魔獣はいた。
私は、得意の火魔法で、最高火力の攻撃魔法を放つ。魔獣討伐でも、私にかなう魔獣なんてほとんどいない。
ほとんどいない中の例外が、残念ながら目の前にいる黒い豹の魔獣だった。
「火属性に完全に耐性があるとか……」
逃げる一択しかない。
このままじゃ、大好きなあの人に出会う以前に命の炎が尽きてしまうに違いない。
逃げながら、私はあの時の出会いに思いをはせた。
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魔獣討伐戦は、凄惨さを極めていた。
残念ながら、半分の魔獣は私の魔法で焼き払うことができたけれど、残り半分が火魔法に耐性を持っていたのだ。
「こんなこと今まで無かったのに。火魔法が効かないなんて」
こうなってしまうと、魔法使いはただのか弱い姫に戻ってしまう。
「――――しかも、こんな時に限って騎士団長とはぐれてしまうなんて」
その時、戦いの場は冷たい氷の嵐に真っ白に染まった。
目を開けると、そこには白銀の耳を持った獣人の男性が立っていた。
「モフモフ……」
戦っていたのは、獣人の国と人族の国の国境近く。たぶん、逃げているうちに国境を越えてしまったに違いない。
「あの……わざと国境を越えたわけではないんです」
「――――いや、国境を越えたのは俺の方だから」
「え?」
国境を越えてはいけないことになっている。
人と獣人はお互いの国に入らないことで均衡を保っているから。
「――――もう戻るから見逃してくれるか。氷に耐性がある魔獣は、俺の魔力が及ばない。今回は助かった」
助かったのは私も同じだ。
人族は不思議なことに、火の魔法しか使えない。
対して獣人は、氷魔法を得意とする。というより、氷の魔法しか使えない。
そして、今まで魔獣は魔法に耐性を持つことはなかった。それなのに、今回の魔獣は様子が違った。
でも、人が滅んでしまうかもしれないほどの事実と同じくらい、私には気なることがあった。
「あなたの名前は……」
「セレス。――――君の名前は?」
「フレア……」
その時、遠くで私を探しているらしい騎士団長の声が聞こえた。
振り返って、再び視線を戻した時には、セレスの姿はもうどこにもなかった。
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そして、やっぱり私は逃げ続けている。今のは走馬燈というやつだろうか。
そもそも、たかが人間の足で魔獣から逃げ切れるはずもない。
しかも、魔女に会うだけのつもりだった私は戦いの準備なんてしていない。
「もう一度会いたかったのに……」
ああ、でも好きでもない人と結婚するくらいなら、これでもよかったのかもしれない。
その時、あんなに会いたかった人の声がした。
「フレア!」
なぜか、白い虎の魔獣に追いかけられているセレス。私よりずっと鍛えられた体、足も速いけれどやっぱり魔獣のスピードから逃げ切れるはずもない。
「セレス!」
私は自分の身に迫る危険も忘れて、白い虎の魔獣に火魔法を全力でぶつける。
――――大丈夫! あの魔獣には火魔法が有効だ。
「助けるから!」
このあと、豹の魔獣に殺されてしまうとしても、約束を守ってくれた魔女に私は感謝した。
そして、二つの重低音が響き渡る。私たちは、お互いを見つめあった。
気がつけば二体の魔獣は、それぞれの魔法で地に沈んでいた。
「……あの、どうしてここに」
「――――魔女が現れて、魔獣を倒してくれればフレアに会わせてくれるというから。フレアこそまさか……」
「――――魔獣を倒せば、セレスに会わせてくれるというから」
魔女がどこまで計算していたのかはわからない。
でも、対価には十分見合うとお互い笑いあう。
そのあと、深い森から時々現れる金色の光に導かれつつ、二人で協力してなんとか脱出したとき、世界は混乱の中に巻き込まれていた。
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人族の騎士たちは、決死の覚悟で戦っていた。
「どうして、火魔法が効かない! だめだ、ここを越えられたら王都が蹂躙される」
時を同じくして、獣人たちの部隊も、絶望的な戦いをしていた。
「氷魔法が効かないなんて。王子殿下もいない今、もう打つ手がない」
その時、金色の光が降り注ぐ。私たちは再び魔女の魔法で場所を移動させられたらしい。
獣人たちの国には、赤い髪をした人族の姫が。
人の国には、白銀の耳を持った狼獣人の王子が。
それぞれの魔法が、魔獣を打ち倒していく。
人と獣人が力を合わせたこの戦いは、これから先獣人と人が共に暮らす国で、赤い髪の聖女と狼の耳を持つ英雄王の伝説として語り継がれていくだろう。
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「ふぅ……」
フードを外した黒い髪の魔女が、緑の泡立つ液体を飲みながら水晶玉を見つめて軽くため息をついた。
「このままじゃ、人も獣人も滅びてしまうところだったわ」
今回は、たまたま二人の運命と二つの国の命運がかみ合ったに過ぎない。
それでも……。
魔獣が落とした魔石を拾い「世界を救った対価にしてはずいぶん小さいわ」と魔女は一人笑った。
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