表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(完結)振られるつもりシリーズ

【短編・シリーズ】振られるつもりで告白したのに、彼女もまんざらでもなさそうです!?

「あ゛〜! 彼女欲しい〜!」

 放課後の教室。

 俺達三人の他には、もう誰も残っていない。

 普段、教室ではクールを気取っている和樹(かずき)は、今日もまた煩悩のままに雄叫びを上げた。

「お前、普通にイケメンやのにな」

 関西弁の基嗣(もとつぐ)は、それに動じるでもなく笑って言う。

 俺と和樹と基嗣の三人は、放課後はいつも教室でつるんで、ソシャゲの協力プレイに興じている。

 俺達の高校は校則がゆるく、授業中に使わないならスマホの持ち込みもオーケイだ。

 放課後の教室を見回る教師も、俺達が窓際で机をひっつけ、菓子を置いてゲームをしていても、誰も何も言わない。

 むしろ、化学の沢田なんかは、混ざりたそうな目で見てくることもあるくらいだ。

 悪いな、沢田。

 このゲームは三人用なんだ。

 ま、協力プレイが一度に三人までしか接続できないだけだけど。


 和樹と俺は、元々家も近い幼馴染。

 幼稚園も小学校も中学も一緒、近所のサッカークラブに入ったのも、辞めたのも一緒、なんなら小学校で初めて好きになった女の子も一緒の親友だ。

 高校生になった和樹は、見た目は女子ウケしそうなイケメンに育った。

 しかし、中身はソシャゲ好きで割と根暗だし、年頃になってからの高ぶる性欲が隠しきれていないのか、見た目に寄ってきた女の子も仲良くなる前に離れていってしまう。

 曰く、「女なら誰でも良さそう」だそうだ。

 親友としてもそこは否定できない。


 一方の基嗣は、俺達が通っていた中学に、中学二年の時に転校してきて仲良くなった。

 基嗣の出身は関西で、今はもう標準語も普通に使えるらしいが、「関西弁はポリシーや」と言って頑なに関西弁を使う。

 いつか、「関西人なのにユーモアないな」と言った和樹に対してキレた基嗣は手がつけられなかった。

 普段温和で親切なこいつが、あそこまで荒ぶったのは、後にも先にもあれきりだ。


「俺も、彼女欲しいな」

「お、祐介(ゆうすけ)がそう言うの珍しいな!」

 俺がぼんやり言った一言に、和樹が食いつく。

 いつも一人で、性欲おばけのようにオンナオンナと叫ぶだけでは、こいつも寂しかったようだ。

 同志を見つけたとばかりにテンションが上がっている。

「あーでも、祐介はあれやろ、あいつやろ」

「あ? あ、あ〜〜」

 基嗣が訳知り顔で言うと、和樹も一瞬考えた後、納得したように頷いている。

「あ、あいつって誰だよ」

「「高波(たかなみ)」」

 二人の揃えた答えに、俺は「ぐっ」と黙るしかない。

 なんで知ってるんだよ。

 そう、俺は二年に上がって同じクラスになった高波(たかなみ) ミナミのことが気になっていた。

「お前、授業中とかめっちゃ見てるやん」

「え!?」

 気づかれていたことに、顔がカッと熱くなる。

 高波とは、今年初めて同じクラスになり、その存在を間近で見た。

 彼女は一時期、読者モデルをしていたとかいう、この高校のちょっとした有名人だ。

 女子にしては高い身長でスラリとしていて、でも出るところは出ている彼女はスタイルがいい。

 長いストレートの黒髪、勝ち気そうな目元の彼女は、ちょっといないくらいに美人だ。

 可愛い系より美人系が好きな俺は、同じクラスになるなり彼女を目で追ってしまっていた。

 そして、この間の席替えで俺の前の席が彼女になったことで、彼女とその友達との会話を聞く機会もあり、彼女の見た目に反した派手さのない真面目な内面のギャップに落ちてしまったのだ。


「……絶対言うなよ」

「分かってるよ」

 観念して認めた俺に、和樹も基嗣も笑った。

「せやけど、高波、性格キツない?」

「あーわかる。美人だけどな、彼女ってなるとちょっと」

 二人の意見も分からないでもない。

 高波は、キツく見えるその見た目の通り、普段の言動はちょっとキツめだ。

 特に、男子に対しての当たりは強い。

 美人に生まれたことで、苦労することもあったのだろうと、想像させるくらいには手厳しいのだ。

 好きな子を否定的に言われて、モヤっとする気持ちもあったが、彼女の良さをこいつらに分からせてやる必要もないな、と思い直した。

「お前らには分かんなくていいよ」

「なんや、もう彼氏面か?」

「そんなんじゃない」

 基嗣は、自分はそんなに女の子に興味なさそうなのに、恋愛話は好きなのか意外とノッてきて、こんなに話すつもりじゃなかったのにと、少し恥ずかしくなってきた。

「な〜腹減らね〜?」

 そんな空気を壊してくれたのは、自らの欲に忠実な和樹だ。

 さすが親友、タイミングがばっちりだ。

 まあ、こいつのことだから、狙ってやってるわけじゃないだろうが。

 授業中に睡眠欲を満たし、性欲の発露はこの場でできないと気付いた和樹は、今度は食欲に支配されているようだ。

 なかなかの戦果を収めたソシャゲの画面はとうの昔に閉じて、スマホでファーストフードのクーポンのチェックをしている。

「今日もいつもの?」

「だな、安いし」

 俺達は集めてひっつけていた机を元の位置に戻すと、いつも通り、通学路沿いのファーストフード店へ向かった。


 + + +


「いらっしゃっ……!」

 いつもの店、自動ドアが開いて、空いている席はどこかと視線を滑らせた俺達へ、いつものように店内からかけられた挨拶が不自然に途切れた。

 不思議に思って正面のカウンターを見やると、やたら美人な店員さんが驚いたように口を開けてこちらを見ていた。

「あ、高波じゃん」

 和樹の声に、基嗣は驚いたという風に動きを止め、俺は我に返る。

 注文カウンターには、この店の制服と帽子を身に着けた高波がいた。

 彼女も、クラスメイトが来ることを予期していなかったのか、驚いた顔をしている。

 この店は高校からも近いし、クラスメイトを含め、俺達の高校の生徒はよく来ていると思うのだが。

「とりあえず、注文しに行こうよ」

 俺の声は少し上擦っていたかもしれない。

 彼女の顔を見るなり、入り口で立ち止まる俺達はちょっと失礼だし、これで注文に行かなければなんとなく気まずいだろうと思って言っただけだ。

 まあ、本音を言えばラッキーだと思っているし、これからもっとこの店に通おうとは思ってるけど。

 先ほどあんな話をしたばかりで、基嗣は顔に出さないようにしているのが伝わってくる余所余所しさだし、和樹に至ってはちょっとニヤついてるのが腹立つ。

「ご注文は?」

 カウンターについたものの、和樹も基嗣も「お前が注文しろ」と無言の圧をかけてくる。

 俺は、せっかく学校外で高波に遭遇できたのに、ろくに顔も見れていない。

 普段は下ろしている黒髪をポニーテールにしている高波は、制服も帽子もよく似合っていて、めちゃくちゃ良い。

「あ、えっと、コーラ三つと、ナゲット二つとポテトのLを」

 俺はいつもの注文をする。

 ケチだと思われたくないという小さなプライドで、クーポンは出さなかった。

「……ソースは、とりあえず全種類付けとくから」

 高波も気まずいのか、この店の売りであるはずのスマイルも忘れて、ちょっと目線を逸している。

「えっと、番号札とかは……」

「すぐできるし、待ってる人いないから、出来るまでここで待ってたらいいでしょ」

「あ、ありがと」

 いつもなら店員さんにレシートと番号札を渡されて、呼び出し画面に番号が表示されてから取りに来ているが、今日はここで待っていていいらしい。

 まだ高波のそばにいる口実ができたことに、ドキドキと鼓動が速くなった。

「俺ら席とっとくで」

 すかさず、基嗣が和樹を促して離脱する。

 基嗣! 心の友よ!

 いやしかし、居てくれても良かったんだが!

 基嗣の心遣いに胸が熱くなるが、正直、憧れているだけの彼女と付き合えるなんて思っていないし、いきなり二人になっても何を話していいか分からない。

 今俺は変な汗をかいているし、顔も赤くなっていないか心配だ。

「伊東と堺、いい仕事する」

「え? なんか言った?」

 高波が何か言った気がしたけど、聞き取れなかった。

 高波は「別に」と視線を伏し目がちに逸したままだ。

 気のせいか、もしくは耳につけたインカムに返事したかだったのだろう。

「高波は、ここでバイト始めたんだ?」

「そう」

 会話が続かない。

 助けてくれ。

 親友と心の友がいる席を見るも、二人は面白そうにこちらを見ているだけだ。

 そのまま、他の店員さんが注文したものを揃えてくれるまで、俺達はカウンターを挟んで、二人目線を逸したまま無言だった。


 + + +


 昨日はよく眠れなかった。

 商品を受け取った俺は、高波のいる注文カウンターを背にする形で座ったものの、「もしかしたら彼女に見られているかもしれない」と自意識過剰な想像に取り憑かれて気が気でなく、ナゲットにもポテトにもほとんど手をつけられなかった。

 二人には「高波が見える席に座ればいいのに」と言われたが、見ているのに気づかれたら最後、この店に二度と来れなくなってしまうと思った。

 二人はしばらく高波の働きぶりを実況し、「高波、チラチラ祐介のこと見てる気がする」などと言ってからかってきたが、やがて 俺の反応にも飽きて、違う話で盛り上がり、その後解散した。

 帰るときには、もうシフトが変わったのか、カウンターに高波の姿は無かった。

 家に帰ってからも、「もっと上手く話せたんじゃないか」などと悶々としていた俺は、うまく寝付けなかったのだ。


 登校はいつも一人だ。

 通学は自転車だし、わざわざ同じクラスの二人と集まって向かう必要も感じないほど、高校は家から近くにある。

 登校時間としては早くもなく遅くもない、いつも通りの時間に家を出て、同じ制服の生徒に混じって学校の門をくぐる。

 教室に着くと、半分ほどの席が埋まっていた。

 いつも通りだ。

 ただ、いつもと違ったのは、

「おはよう」

 俺の前の席、そこにすでに高波ミナミが座っていて、挨拶をしてきたこと。

 いつもは彼女より早く着いて席に座り、教室に入ってくる彼女をチラ見しているというのに。

 挨拶だって、昨日まではしていなかった。

 これは、俺に挨拶されたんだよな?

「おう」

 咄嗟のことで笑顔も作れず、やたらスカした返事をしてしまった。

 どもるよりはマシだろうと、早くも脳内で反省会を始める己を叱咤激励して奮い立たせる。

 挨拶を終えても、高波はまだこちらを見たままで、何か話しかけようとしてくれている。

「今日、七日でしょ。榎田(えのきだ)、出席番号で当てられるんじゃない」

「え? あ! ホントだ。古文の津田とか絶対当ててくるじゃん」

 思わぬ話題で驚いたが、出席番号七番の俺を心配してくれたようだ。

 ちょっと彼女が俺に興味があるみたいに思えて、いや、自惚れるなと自重する。

「教科書の続き、読まされそうだよね。榎田、訳してきた?」

「昨日なんも予習してない……」

 高波と話せて嬉しいが、一限の古文で公開処刑が決まった俺は複雑な心境だ。

 もうすぐ予鈴もなる。

 訳している時間はないだろう。

「わ、私、昨日予習頑張ったんだよね」

「そうなんだ……?」

 突然の勤勉マウントを取られ、俺は呆気にとられる。

「だ! だから! 榎田が当てられるところも訳してあるの!」

 高波は「ほら!」とまるで広げて用意してあったかように、文章が書き込まれたノートのページを広げて見せてくる。

 何度か書いて消してを繰り返したような跡があるノートには、美人な彼女らしい整った字で、先週の授業の続きの部分の訳が書かれている。

 こころなしか恥しそうに、一生懸命こちらにページを見せてくる高波がなんだか可愛くて、俺はたまらない気持ちだ。

 席は前後になっても、今までほとんど会話もできなかった高波と、せっかくこうして喋れているのだ。

 何か気の利いたことを言わなくてはと思うものの、「予習して偉いな」とか「高波って綺麗な字なんだな」なんて、普通の事しか言えない。

 高波は「ちがっ!? そうじゃなくて」と、みるみる顔を赤くした。

 何か地雷を踏んでしまったのかもしれない。

 字がどうとか、気持ち悪かったかもしれない。

 俺がそう考える間にも、赤い顔で少し目を潤ませた高波が、ガッと、こちらへ開いたままのノートを突き出してきた。

「いいから写しなさいよぅ!」

「え!?」

 ヤケクソとばかりに勢いよく差し出されたノートを、俺は反射的に受け取ってしまう。

 彼女はノートを渡すなり、ブンと長い髪が翻る勢いで前を向いてしまった。

 高波のノートが手の中にある、ちょっと信じられない。

 高波の背中に「ありがとう」と声をかけ、有り難くノートを写させてもらう。

 突然の高波からの親切に、俺は浮かれてしまう。

 大急ぎで写し終わったあと、つい、出来心で他のページもペラリとめくってしまった。

 彼女の手書きのノートからは、なんだか彼女の内面が知れるようで。

 心が浮つく。

 勝手に見ていることが知れれば咎められてしまうかもしれない、と背徳感を感じつつも、俺はソロリソロリとページを捲る手を止められなかった。

 昨日予習したというページよりも少し走った字は、授業中に急いで書いたからだろうか。

 可愛らしい猫やうさぎが小さく書かれたページを見つけ、思わずだらしない顔になってしまう。

 あの”高波ミナミ”も、落書きとかするんだ。

 真面目でツンツンとした彼女とのギャップが、なんだか微笑ましい。

 絵はあんまり上手くない。

 そこもなんだかいいな、とそんなことを思っていると、その猫が書かれた部分、そこに、次のページに書かれた”別の絵”が透けているのに気付いた。

 『相合い傘』。

 女子が好きなおまじないで使う絵だ。

 傘の絵を書き、その下に自分と、想う相手の名前を書く、有名な恋のおまじないの存在は、俺でも知っていた。

 俺は、それ以上ページを捲ることなく固まってしまう。

 予鈴が鳴った。

 高波がプリントを回す時のようにこちらに振り返り、目が合う。

「あ、ごめん! 助かった」

 慌てて閉じたノートを高波へ返す。

「別に。たまたま予習したから、良ければと思っただけ」

 ちょっと早口で高波はそう言うと、ノートを回収していった。


 古文の津田は「六月七日だから〜、足して十三番!」といつにない変化球で生徒を当て始め、クラスメイト全員の心胆を寒からしめた。

 結局、せっかく写させてもらった訳は使うことはなかったが、彼女のノート、そこに書かれた相合い傘のうちの左下、唯一透けて見えてしまった『田』の文字だけが、俺の頭にぐるぐると回っていた。


 + + +


「今日なんか朝、喋ってたやろ。良かったやん」

 放課後、今日も人のいなくなった教室で、俺達は机を集めてスマホのソシャゲを起動していた。

 しかし、今は和樹がシングルプレイをしているだけで、俺は基嗣にうざ絡みされてしまっている。

「たまたまだよ」

 少し暗い声が出てしまった。

 基嗣がこんなに恋バナが好きだったとは知らなかった。

「祐介、それから暗ぇ顔してたよな」

 棒付きキャンディを口に咥えたまま、画面操作をしている和樹が、目線はスマホに向けたまま言う。

「え、聞いたらアカンやつやった?」

 和樹の言葉を聞いて、基嗣がたじろぐ。

 和樹は、俺のことには鋭い。

 過ごしてきた時間の長さのせいだろうか。

 その鋭さを女の子相手に発揮できれば、もう少しモテるだろうに、と余計なことを考えてしまう。

「別に。高波に好きなやついるっぽい、ってだけ」

 聞かれなければ言うつもりもなかったが、モヤモヤしていたのは確かだし、基嗣が変に罪悪感を持ったまま気を遣ってくるのも嫌だったので、正直に白状する。

 俺達には珍しい、気まずいほうの沈黙が落ちた。

 和樹が片耳だけしているイヤホンから、聞き慣れたゲームの戦闘音が微かに漏れ聞こえる。

 和樹が無事、ステージボスを撃破した音まで聞き終えると、俺は口を開いた。

「……告白してみよっかな」

「いんじゃね?」

 和樹は、スマホの画面をオフにし、イヤホンを外しながらなんでもないように答えてくれた。

 こいつのこういうところが助かるんだ。

 基嗣は何を言うべきかと、気遣い屋のこいつらしくオロオロしていたが、振られた後にとびきり優しくしてくれるのは、和樹よりこいつのほうだろう。

 俺はニカッと基嗣に笑ってみせ、スマホをしまってカバンを持つと、「よろしくな」という気持ちを込めて基嗣の肩をポンと叩いて教室を後にした。


 + + +


 翌日、放課後。

 俺はベタにも、校舎裏に高波を呼び出していた。


 門から遠い校舎の裏、普段はほとんど使われていない来客用駐車場、その一角にぽつんと置かれたベンチは定番の告白スポットだ。

 彼女に好きな相手がいると分かったのだ。

 この気持ちに区切りをつけるために、彼女に想いを伝えることにした。

 ベンチに座って彼女を待ちながら、気持ちを整理し直す。

 初めから、あんな美人と付き合えるなんて思っていなかったし、好きな相手がいると知っても、さほどショックだったわけじゃない。

 ただ、具体的な名前を知りかけてしまったことで、高波の相手(そいつ)が実在することに、俺は恐れをなしてしまったのだ。

 いつか、彼女の好きな相手が誰だったのかを知って、そいつと自分とを比較したりして、敗北感の中で失恋するのが嫌だった。

 まだ負ける相手の分からないうちに、まっすぐ彼女に思いを伝えて振られてしまいたかった。

 臆病な理由に自分のことながら嫌気がさすが、ヘタレな俺はこんなもんだ。

 繊細な俺の心には、少しでもダメージが少なくて済むよう、細心の注意を払わなければいけない。

 告白なんて人生初だけど、高波がちょくちょく告白されていることは知っていたから、俺もその一人になるだけだと思えば気持ちは楽だった。

 昨日、和樹と基嗣と別れた俺は、一人ファーストフード店へ行き、注文を取ってくれた高波に、「放課後話がしたい」とだけ伝えていた。

 来てくれるかは分からない。

 今日、席が前後の彼女とは挨拶もできなかった。

 その席だって、そのうち次の席替えがあれば離れてしまうだろう。

 彼女との最後の会話は「コーラ持ち帰りで」になってしまうかもしれないけど、仕方ない。

 和樹と基嗣と、彼女への気持ちの話をして、多少なりとも協力してもらったのだから。

 告白して、振られて、この話の結末までをあいつらに話してしまいたかった。


 儚い恋だったな、と思いながらベンチに座って待っていると、彼女は現れた。

 いつでもシャンと伸ばされた美しい姿勢は、今は少しだけ丸められており、なんだかモジモジと気まずそうだ。

 告白され慣れているだろう彼女は、俺の呼び出しの意味も分かっていて、それでも来てくれたようだ。

 真面目な彼女らしいな、と思ってツキンと胸が痛んだ。

「榎田……」

「来てくれてありがとう。時間を取らせても悪いから、すぐ言うよ」

 ベンチの隣に座ってくれた彼女は、膝の上、スカートをぎゅっと両手で握っている。

 彼女へ顔を向けると、その気配を感じた彼女も、落としていた視線を上げ、おずおずとこちらを見てくれる。

 彼女の普段の勝ち気さは鳴りを潜め、やや上気して桃色になった頰と、血色が良くなって濃いピンク色になった唇は、白い肌の中で際立っている。

 サワリ、と緩い風が吹き、彼女の髪をわずかに揺らした。

 この美しい姿が見れるのも、告白する勇気を持てた者だけの特権かと思えば、告白する決意をしたことを後悔することはなさそうだ。


「高波ミナミさん、好きです」


 一生呼べないであろう彼女の下の名前を、どさくさに紛れて一度だけ呼びかけに使う。


「嬉しい……」


 瞬間、彼女の瞳が蜜を纏ったように潤いを持ち、トロリと溶ける。


「嬉しい、です……」


 彼女の瞳はみるみるうちに水滴を湛え、光を捉えて潤みだす。

 ああ、彼女は相手を振る時ですら、申し訳なさに泣いてしまうのだろうか。

 頬を上気させた彼女はしおらしい。

 俺の気持ちに応えられないだろうに、か細い声で繰り返し「嬉しい」と言ってくれる彼女がいじらしくて、彼女のことを好きになって良かったと思えた。

 今日振られて気持ちに整理をつけるつもりだったが、しばらく彼女への恋慕の情は消えてくれそうにない。

「聞いてくれてありがとう。それだけで満足だよ」

 そう言って俺は、ここを去るためにスクっと立ち上がる。


「え」


 涙の零れそうだった彼女の瞳は、途端にパチクリと大きくまばたきを繰り返した。

 潔すぎることに驚かれたのだろうか、彼女に普段言いよるやつらは諦めが悪いのかもしれない。

「これからも、クラスメイトとして仲良くしてくれると助かる」

 都合のいいお願いだとは思うが、気まずくなるのは嫌だった。

「いやいやいや」

 やはり彼女には受け入れがたい話らしい。

 座ったままの彼女の瞳からはすっかり涙は消え、意味が分からないとばかりに、手を振って抗議している。

「好きだと言った俺が近くにいるのはいやだ、よな」

 つい、非難めいて聞こえるような言葉を使ってしまって後悔する。

「なんでなんでなんで」

 ああ、彼女を困らせてしまっている。

「ごめん、困らせたいわけじゃないのに」

「つ、付き合いたいよね? 榎田、私と付き合いたいよね?」

「いや、付き合えるだなんて思ってないよ。気持ちを伝えられれば満足だ」

「嘘でしょ……」

 愕然、といった風に、彼女の目が見開かれる。

 俺が彼女に縋って、迷惑をかけると思われているようだ。

 信じてもらえない。

 絶望したような顔をしていた彼女は、間もなく首をフルフルと振ると、意を決したようにぐっと握りこぶしを作る。

 そして顔を上げると、立っている俺の目をじっと見つめるように見上げてきた。


「じゃ、じゃあ、友達! 友達ならいいでしょう!?」


「あ、ああ。そう思ってくれるなら嬉しいかな」

 気を使ってくれたらしい彼女に、俺は弱々しく笑んでみせる。

 彼女はうつむき、やけに気合の入った様子で「なにがなんでも落とす」などとよく分からない独り言を言って両手の拳を握っている。

「榎田、私のこと好きなんだよね!?」

 彼女は、改めて顔を上げこちらを見上げると、気合を入れ、確認するように俺に問う。

 その姿は上目遣いになっていて、ツリ目がちな彼女が、両手を胸の前でぎゅっと結んで下から覗き込んできている構図にグッとくる。

「ああ、でもちゃんと好きじゃなくなるから待っててくれ」

 言いながらも、この気持ちが冷めることはあるのだろうか、と少し不安にもなってしまうが。

 またもや彼女はバッと正面やや下を向き、「だーかーら! なんでなのよぅ!」とか何とか言っている。

 今度は、握った拳を言葉に合わせて大きく上下に振っている。


「高波」


 俺は、ベンチ前に立ったまま、座っている彼女に呼びかける。

 もう一度だけ、伝えたい。

 高波は動かしていた腕を止め、こちらを見上げる。

 目が合うと、真剣な顔をしている俺にびっくりしたのか、再びサッと頬に朱を乗せ、瞳を潤ませた。

 わずかにわななかせた口で「りりしいかおしゅきぃ……」などと言っているが、最後になるだろう言葉を伝えるべく、緊張している俺の耳には届かない。


「高波、好きだよ」


 高波はわずかに唇を開き、潤んだ目のまま赤い顔でポーッと呆けたようになり、俺は彼女にそんな顔をさせたのが自分なのだという満足感と多幸感を感じながら、彼女に背を向け、晴れやかな気持ちでその場を後にした。


 + + +



「──なんで! なんで『私も』の一言が言えないのよぅ!」


 榎田祐介が去ってしばらく。

 一人残された校舎裏のベンチで、「私のバカァ!!」と、半泣きの高波ミナミが叫んでいた。




女の子視点も投稿しています。

【短編】高波ミナミは、素直になれない

も、よろしければどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヒロイン視点の話も読んでみたいなと思いました。 高波さん、がんばれ〜
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ