昔の記憶
放課後、ホームルームが終わりやっと学校から解放された。
帰りの挨拶と同時に教室を出る。そして、急いで靴を履き替え、正門に向かって走り出した。
特に一緒に帰る友人もいなく、この時ばかりは助かったと内心思ってしまう。
相原さんには迷惑をかけたくない。
この問題は私で何とか解決しないと。
正門のところでシュウが待っている。
時間が惜しい、すぐにでも神社に行こう。
「お待たせ。学校終わったよ」
「人は大変だな。学校というのは楽しいのか?」
「どうだろう。でも、勉強は大切だし、友達も――」
そう言いかけて、私は口を閉ざした。
「朱音様?」
「何でもない。急ごう」
シュウを抱き、神社に向かって歩き出す。
学校からは少し離れた所、歩くには少し遠いかな……。
ゴールデンウィーク前。
桜の花が舞い散る季節から緑が濃い季節と変わりつつある。
私も新しい学校になったけど、環境が変わる事にはなかなか慣れない。
「バス、使おうか?」
ふと、バス停が視界に入る。
「猫の私が乗っても?」
「うーん、こっそり乗れば大丈夫じゃないかな? この時間なら乗っている人も少ないと思うし」
時刻表を見るとちょうどバスが来る時間だ。
抱っこしていたシュウを下ろし、到着したバスに私は先に乗った。
扉が閉まる瞬間シュウがジャンプし、乗り込む予定だった。
「ぷぎゃっ」
「あっ――」
シュウが乗り遅れた。まさかのジャンプ失敗。
黒い鬼に飛び掛かって、私たちを守ってくれたにも関わらず、なんで?
私は急いでバスの後部座席まで生き、後方を確認する。
シュウは首を垂らし、落ち込んでいるようだ。
どうしよう……。まさか猫を乗せたいからといって、バスを止めるわけにはいかない。
現地集合でいいよね?
ほどなくし、バスは無事に神社の表参道に到着する。
一人でバスを降り、神社に続く階段を見上げた。
「何段あるんだろう……」
下から見上げると遠くの方までずっと階段が続いている。
そういえば昔、初詣でここに来たよな記憶がある。
そうそう、この通りに屋台がいっぱいあって、綿菓子を買ってもらったことがあったのを思い出した。
そんな昔の事を少しだけ思い出し、しばらく待つ。
階段の一番下に腰を下ろし、流れる雲を眺めていた。
「お、お待たせ。待った?」
声がする方に視線を向けると相原さんがそこにいた。
「なんでここに?」
「なんでって、昼に神社に行くって言っていなかったけ?」
確かにそんな話をしたけれど、どうして?
「相原さんはこの件に関して関係ないよ。危ない事なんだよ?」
「そうだよ、危ない事だよな。だったら東条さん一人で行かせるわけにはいかないだろ?」
相原さんは何か変なことを言っている。
そんな身の危険があることに、自ら首を突っ込むなんて。
「だったらなんで? これは私の問題なの」
「そうかもしれないけど、女の子を危険だとわかっているところに、一人で行かせるわけにはいかないだろ? 俺だって男なんだ」
「でも、相原さんだって。今朝の事――」
相原さんはゆっくりと進み、私の目の前まで歩み寄る。
「だからだよ。あんなことがあったんだ。だから来た。これは俺の意志なんだ」
真剣な目で私をまっすぐに見てくれる。
済んだ瞳に私は少しだけ意識を奪われる。
「でも……」
「でもじゃないよ。まだいろいろと慣れていないんだろ? だったらサポート位させてくれてもいいよな?」
相原さんは頬を吊り上げ、微笑んでいるらしい。
でも、少しだけ嬉しいと思ってしまった。
「そろそろいいかな?」
不意に後ろから声が聞こえた。
「シュウ! いつからそこに?」
「んー、『お待たせ、待った?』から」
最初からいたじゃないですか。
「もっと早く声をかけてよ。心配したじゃない」
「いや、なんだかまじめな話をしているようで、声をかけにくく……」
相原さんがシュウに近寄り、抱え上げた。
「よぅ、シュウ。お前のご主人様は一人で大変なんだとさ。俺も協力していいだろ? 嫌だとは言わせないぜ?」
「……お主は適性者ではない。危険だぞ?」
「そんなことはわかっている。でも、一度見てしまった以上は逃げたくないんだ。もう、あの時みたいに……」
相原さんは少しだけ悲しそうな目をしている。
『あの時みたいに』って、昔何かあったのだろうか。
「まぁ、来たければ来るといいさ。自分の力の無さを知ればやめたくなると思うがな」
「お、話が早いな。じゃぁ、さっそくその協力者に会いに行こうか」
初めて会った時よりも、なんだか頼もしく見えてしまう。
私と同じ年なのに、なんでだろう。
「朱音様行きましょう」
シュウが地面に足をつき、見上げるほど長い階段をすごい速さで駆け上がっていく。
私と相原さんはシュウに案内され、階段を駆け上がっていく。
右も左も雑木林、とても静かで心地よい風が吹いている。
私たち以外誰もいない神社の入り口。
ここに、邪気が封印されているなんて思えない。