鬼と邪気と適性者
「聞き間違いじゃ、なさそうだね」
相原さんは食べていたパンを地面に置き、シュウに近寄ってくる。
そして、手を伸ばしシュウの頭をなで始めた。
「うーん、そこそこ……」
シュウは気持ちよさそうに目を閉じている。
「猫が、しゃべっている……」
私の膝の上に乗っているシュウの頭を撫でてる相原さん。
なんだか距離が近いような……。
「あ、あのさ。シュウ、今朝の事なんだけど……」
シュウが目を開け、私を見てきた。
「何とか浄化できたみたいだね。怪我もなく、初戦にしてはまずまずかな」
「浄化? それに初戦って……」
シュウは起き上がり、私たちの前に改めて座り直す。
「二人とも『鬼』って知っているかい?」
『鬼』。
よくおとぎ話に出てくる頭に角の生えた鬼。
トラのパンツに金棒、そんなイメージしかない。
「鬼って赤鬼とか青鬼とかかい?」
「そうだね、イメージは大体そんなもの。じゃぁ、鬼ってなんでいると思う?」
鬼がいる理由?
それは……。
「鬼はね、二人がイメージした形ではないんだよ。朱音様が異界で見た黒い煙。あれが鬼さ」
「黒い煙?」
黒い犬を倒したときに出てきたあの煙?
「人には負の感情がある。怒り、憎しみ、恨み、嫉み、悲しみ、苦しみ。もちろん二人にもあるだろ?」
それは当たり前だ、苦しいことだって、悲しいことだって生きていれば誰にでもある。
「その感情が形になったのがあの黒い煙。僕たちは『邪気』と呼んでいるけどね」
相原さんはさっきからシュウをジッと見ている。
何か言いたそうな、そんな雰囲気が伝わってきた。
「あ、あの。その邪気がなんで?」
「邪気が集まって、形になったものがさっきの黒い鬼さ」
「あれが、鬼……」
「この街にある神社は知ってるかい?」
この街の神社?
「大塩釜神社。この地方で一番大きい神社だろ?」
相原さんが答える。
そういえばこの街には大きな神社があるんだっけ。
「正解。人から出た邪気をあの神社に封印しているんだ」
「だったらなんでさっきの黒い犬が……」
シュウが少し悲しそうな顔で空を見上げる。
「そろそろ限界なんだ。もう何十年、何百年と封印してきたから……」
「何とかならないのか? 今まで何とかなってきたんだろ?」
首を横に振るシュウ。
「僕はあの神社に仕える使者の一人。こうして適性者を探していたのさ」
「適性者? 適性者ってなんだ? 東条さんが適性者なのか?」
少しだけ相原さんの表情が強張る。
「その数珠、誰にでも使えるわけではないんだ」
シュウが私の手首にある数珠に視線を向ける。
私は手首に光る数珠に手を乗せ、考える。
適性者って何? なんで私が?
「シュウ? だっけ。あのさ、どうして東条さんなの? ほかの人じゃダメなの?」
相原さんは私の代わりに聞いてくれた
「何年も探してやっと会えた適性者なんだ。この機を逃したくない。朱音様、どうかお願いできないだろうか?」
「ちょっと待って、私じゃないとダメ、なの?」
無言でうなづくシュウ。
「東条さんはまだこっちに慣れていないんだ。それにあんな怪しい者と戦うなんて……。ほら、他に方法とかあるんだろ?」
相原さんは少し必死に話している。
あんなことがあったんだ、きっと怖かったに違いない。
「もう、ないんだよ。あふれ出た邪気を浄化しながら、神社に封印されている邪気を浄化しない限り……」
「そ、そんな……」
少しだけ心が痛くなる。
なんだろう、この気持ち。
「でも、そんなことになったら、もっと大騒ぎになっているだろ? なんでなっていないんだ?」
「日本中で朱音様と同じように戦っている者がいるんだよ。この地方ではもう何十年も適性者がいなかったんだ」
「そこで、私が来てしまったんだね……」
空気が重くなる。どうして私なんだろう。
でも、そんなことを考えても答えは出ない。
「朱音様、一緒に来てもらえませんか?」
シュウが私に向かって頭を下げてきた。
「どこに?」
「大塩釜神社。そこに行けば、協力者に会えるんだ」
「協力者がいるの?」
こうして私と相原さんは奇妙な事に巻き込まれてしまった。
でも、あの邪気を何とかしないともっと大変なことになる。
それだけはなんとなくわかってしまった。