力なき者
目を開けると、目の前に相原さんがいた。
真っすぐに立ち、両手の拳を握りしめている。
「お帰り。その怪我、鬼と戦ったのか?」
「うん。たった一匹の鬼にやられちゃった」
「そうなんだ……」
相原さんは顔をゆがませ、何か言いたそうにしている。
「あのさ、俺も俺にも戦わせてくれないか? 何もできないのは嫌なんだよ」
相原さんは少しつらそうな表情でシュウに訴える。
「お主、何者だ?」
「何者?」
シュウが少し怖い口調で相原さんに話し始めた。
「選ばれし者、適性者か? それとも、受け継ぐ者か?」
「……いや、俺は何者でもない」
「初めに言っただろ。『自分の力の無さを知ればやめたくなる』と。お主にその力は、無い」
シュウの冷たい言葉が、私達の周りを冷やす。
まるで時間を止めたかのように。
「それでも、目の前で傷つく人がいるんだ。俺にも、俺にも何かできることが――」
「無いな。もっと自分をよく見るんだ」
シュウが怖い。
いつもと違う口調、それに声が低い。
「でも……」
「では、逆に聞くがお主に何ができる?」
相原さんは黙って下を向いてしまった。
「わかったのであれば帰るがいい。これからこの二人と話がある」
相原さんを見ていたシュウはそのまま振り返り、私達のところにやってくる。
「今回は少しばかり大変だったね。朱音様も葵様も少し休んだら少し話を――」
――バタァァァン
扉の閉まる音。
さっきまでそこにいた相原さんの姿がなくなっていた。
「相原さん!」
「やめるんだ!」
シュウが私を睨んでいる。
いつもはこんな口調で話さないシュウが声を上げている。
「でも、相原さんは……」
「今のやつには何もできん。引き止めてどうする?」
シュウに言われ、私は考える。
でも、答えが出ない。
「何も、できない……」
「これも、運命。さて、そろそろ話を始めてもよいか?」
シュウが私たちの前に座り、こちらを見ている。
私達も少し疲れているし、怪我もしているけどお構いなしだ。
「シュウ様、せめて朱音様が着替えてからでも……」
そう言われて気が付いた。
制服のいたるところが汚れ、しかも破れているところもある。
「では、着替えが終わってから話をしよか……」
私は葵さんに案内され、部屋を出ていった。
――――
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
どうして俺はなんもできない。
どうして俺はただ見ているだけなんだ。
どうして俺は何者でもないんだ!
どうして、どうして、どうして!
どうして俺は無力なんだ。
無我夢中で境内の中を走り、上ってきた階段に戻る。
ここに来るまでは俺にも何かできるような気がした。
でも、何もできなかった。
気が付いたら傷だらけの二人の少女が目の前に立っていた。
俺は何もできなかった。
なんで何もできない。
何か俺にも、何かできることがあるはずだ!
走って、走って、走って、走ってたどり着いたのは道場。
まだ先生はいるだろうか。
「先生! 先生はいらっしゃいますか!」
道場の扉をたたき、叫ぶ。
――ガラララ
扉が開いた。
目の前に稽古着を着た先生が立っている。
「何か、あったのか?」
俺は先生の目を見て答える。
「強くなりたい。守りたい人がいるんです。強くなりたいんです!」
「……今までよりも厳しくなるが、いいのか?」
「どんな事にも耐えて見せます」
「いい目をするようになったの、男の目だ。ついてこい」
「はいっ!」
ただなんとなく通っていた道場。
でも、俺は二度とあの時と同じ思いはしたくない。
二度と、失いたくないんだ!




