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宇宙人ミュータンの悪趣味ショートショート  作者: フィットネスゆうや
ラッキーのおすそ分け
3/4

3話目

(椎菜)


信じられなかった。何かの作為としか思えなかった。

今まで何人かと付き合ってきたけれど、こんなよく分からない別れの切り出され方は初めてだった。



「椎菜。ごめん、急に電話して。少し話があってさ」


いつもよりも真剣な声のトーンだった。



「え……いきなりどうしたんですか? 何かあったんですか?」


いつもと違う、空気。雰囲気。それが何故か私を不安にさせた。


それから彼が続けた言葉は、私にとって信じられないものだった。


「椎菜、ごめん、俺と別れてくれ」


つい二時間前まで、電話で仲良く話していた。次のデートはお台場にしようとか、そんなことを話していた。それなのに。


「え、なんで? いきなりどうして?」


あまりに突然の報告に、私は思わず、大きな声を出してしまった。


そんな、何で、私何か悪いことした?



付き合ってから、彼とケンカしたことなんて一度もない。私はずっと、彼に合わせてきた。デートの時間も、心も、何もかも。


それは全部、モテている彼を私のもとに引き付けておくため。


それなのに何で、こんなの、おかしい。


「理由は……突然、好きな人が出来た、から。ごめんな、椎菜」


なにそれ、どういうこと? 通じないよ、そんな理屈。


怒鳴れなかった。彼に怒りをぶつけられなかった。


何故なら、その時の私には現実を素直に受け入れられなかったから。これはウソだ。何かのドッキリだと、そう思っていたから。


固まる私、声も出ない私をよそに、彼は「ごめんな」と、それだけ何回も言って、勝手に電話を切った。

まだ、何も解決していない。何で勝手に切ったの。




というか、何でこんなことになったの?



ふと、そう考えたとき、二時間前のあの映像が頭に浮かんだ。


「運を移動できる」そんな素っ頓狂なことを言っていた子供と、それを半ば信じていた瑛子。


あれがもし、本当だったら……





                  ※




(瑛子)



今日は日直で、十七時近くまで教室に居残っていた。


外は野球部の叫び声と、吹奏楽部の金管楽器の音出しが重なって、静かな空間が好きな私には、少しだけ

苦痛だった。


でも、そんな苦痛跳ね飛ばすくらい、昨日と今日は幸せな二日間だった。


先輩と付き合って、その次の朝、一緒に登校して、一緒に話して。幸せだった。


昇降口から一歩先に出て、あたりを見渡すと、いつも見ていた景色が輝いて見えた。ああ、こんなにも綺麗なものだったんだ。


今日の放課後は、部活が忙しくて、一緒に帰れないみたいだけど、それもまた幸せだった。先輩に会えな

くて寂しいという、彼女だけが持てる気持ちを味わえたことが嬉しかったからだ。


だから今日の下校は、一人で返っているのに、とても楽しい。


こうなったのも、全部ミュータンのおかげ、なのかもしれない。




……




昨日、私と椎菜とミュータンと話した場所。そこに着いたとき、私は急に夢見心地から現実に戻された。


そこにいたのは、少ししょんぼりしているように見えるミュータンと、怒りを抑えきれないといった様子の椎菜。


「あれ、二人とも、どうしたの?」


私はあいさつ代わりにそう言った。しかし椎菜はその言葉を聞いている様子もなく、ズカズカと私に近づいてきた。




「瑛子! あんた昨日、何かあった? あったでしょ!」




とても、怒っていた。


そして、その瞬間に、私はミュータンが主張する「運の移動」というものが、本物の力だということに気づいた。


恐らく、私が先輩と付き合えたのは、運の移動が為されて、私にラッキーが移ったから。


恐らく、椎菜がこんなに怒っているのは、先輩が別れを切り出したから。


そうに違いない。


だとしたら、ここで真実は、言わない方が良い。





「いや、何にも無かったよ。寧ろ昨日は、自転車で転んで、今日はアンラッキーだなって、そう思ったくらい」


私はウソを言った。真っ赤な方便。


私がそう言うと、椎菜は何かおかしいな、と言った顔をして、私に突っかかるのを辞めた。


「そ、そうなんだ。ならいいんだけど」


「椎菜は? どうしたの? 昨日何かあったの?」


知っている。けど、知らないフリ。


だってそうしないと、バレてしまう。


「私、昨日先輩と別れた」


知ってます。先輩昨日、私に告ってきたから。


「私、振られちゃった。振られちゃったよぉ、グスッ……」


突然、涙を流す椎菜。どうやら、情緒不安定のようだ。


「昨日まで、う、凄い仲良かったのに、グズ、なんか突然好きな人ができたって。私、何にも悪いことし

てないのに! 何で、何でって考えたら、もしかしてミュータンのラッキーおすそ分けの奴がもしかして原因かもって、それで……!」


「そんな訳ないじゃん。椎菜、昨日言ってたよね。こんなのウソだって」


私は涙を流して悲しむ椎菜を抱き寄せ、よしよししながら、そう言った。


「そ、そうだけどぉ……!」


椎菜が、顔を上げる。そして私に向かって、目を真っ赤にした顔で言う。


「ラッキーを移動する石、次は私に頂戴!」


「あーごめん、今日それ持ってないんだ。ごめんね。でも明日渡すから、それまで待っててくれない?」


「明日!!?」


不安そうな声、表情で私を見つめる椎菜。


「何よ。まさか椎菜がそんなの信じてると思わなかったから、持ってこなかったんだよ。ごめんね」


笑顔を混ぜつつ、そう言った。


「じゃあ、また明日ね」


そして、逃げ。


その場から早々に立ち去ることで、墓穴を掘ることを防ぐ。




しかし修羅場は未だ、終わっていなかった。


椎菜から数弱メートルくらい離れた地点、そのくらいまで歩いた先に、ミュータンの姿があった。


「瑛子さん、何であなたは、嘘を吐いたでちゅか?」


単純な、興味の顔、知的好奇心旺盛な顔。鉛筆とノートを準備して、彼女は私にそう聞いた。


「昨日、確かに運の移動は起こり、そしてあなたは幸せな想いをし、椎菜さんは不幸になったはずでちゅ。なのに何故、まるで何も起こっていなかったかのように、嘘を吐くのでっちゅか?」


「あんた、それ椎菜に言いたいわけ?」


私が彼女からの問いに対して、最初に出た言葉がこれだった。


不正を指摘された時、早々に逆ギレ。私はいつから、こんなゆがんだ性格になってしまったのか。


「いや、そんなことをしたいわけではないでちゅ。あたいはただ、興味があるだけでっちゅ……人間の感情や、行動原理に」


それは、裏のなさそうな笑顔だった。私には一層そう見えた。鏡に映る私の表情とは、まるで違ったものだったから。


だから信じた。私は信じて、全てを話すことにした。


「そう、嘘。私が椎菜に言ったことは嘘。何でかって、それは私がもっと幸せになるため。あそこで全部バレて、玉を取られたら、今度は私に間違いなく不幸が訪れる。私は折角手にした今この幸せを無駄にしたくない。だから嘘を吐いた」


「そう、でちゅか、では今日は玉を使わないと、そう椎菜さんに言った。その言葉も、もしかして嘘でちゅか?」


純粋な表情で、そう問いてくる宇宙人の少女。彼女は私の全てを見透かして、あえてそう言っているのかもしれないと、そんなことを感じた。


「ええ、嘘よ。玉なら今私が持ってる」


そう言って私は、ポケットの中から玉を取り出し、それを握りしめる。


「幸せになれるチャンスがあるなら、私はいくらだって汚い人間になるわ」


まただ。昨日と同じく、また握りしめた手に力が入る。謎の力だ。これが恐らく、運の移動を可能にしている未知のエネルギーなのだろう。


「中澤椎菜からラッキーを三十%貰う!」




「おめでとうでちゅ。ラッキーが三十%、移動したでっちゅ」




               ※




帰宅後、私と母が仲良くスイートポテトを作っている最中に、インターホンが鳴った。


「何かしら、瑛子、ちょっと出てきてくれる?」


「はーい!」


エプロンを取って、キッチンから飛び出し、インターホンの画面を映した私は、その先に映ったものを見て、思わず一歩、後ずさりしてしまった。




『瑛子。ママ、ごめん』


インターホン越しに、私達にそう言ってきたのは、数年前に蒸発した父その人だった。


私の夢は、中学生から変わらない。私のずっと描いていた想いは、家族みんながもう一度仲良くなって、楽しく暮らすことだった。


父が寝坊して、それを勢いよく母が起こして、きっちり学校へ行く準備ができている私と、忙しそうに食器を並べる母と、それを寝ぼけた目で見つめる父と、一緒にご飯をもう一度食べたいと思っていた。


幼いころ、父は私に母の自慢ばかりしていた。ママは可愛いだろう。優しいだろう。料理が上手だろうって。


私はそんな、母のことを自慢する父が好きだった。みんな仲良く生活していた時期が、恋しくてたまらなかった。


そんな未来が、遂に来たんだ。


普通の幸せを味わえる日が、私にも来たんだ。




                  ※





(椎菜)


「ただいまー」


傷心気味の中、家に帰宅したら何か異質な空気を感じた。


重い、緊迫した空気。リビングへ続く扉を開けると、そこには父親と母親が対をなして座っていた。


テーブルの上には、離婚届。




「……あ、椎菜、帰ってきたのね」


聞こえたのは、生気のない母の声。


「ど、どうしたの、そんな暗い顔して。てかそれ、もしかして離婚届……?」


「この人、会社クビになったのよ。だから離婚するの」


母が、父の顔を指さして、そう言った。父は顔を上げず、私の方も見ず、何も言わない。


「え、クビ……! な、何で」


「それは、パパから聞きなさい」


冷たく、突き放すような声で、母は私にそう言った。


「パパ……どうしてなの?」


恐る恐る、聞く。


すると突然、父が立ち上がった。そして勢いよく私の両肩を掴み、涙ながらに私に向かって叫んだ。




「違う! 魔が差したんだ! 俺だってこんなことはしたくなかった! でも、生意気な若い女がいて……つい、つい無理矢理ッ……!!!」






その瞬間、頭が真っ白になった。


私は、大好きだった父親の顔が、突然醜悪な、腐った中年の顔に見えてしまった。


私にとって一番大切な家族が、今完全に、死んだ。




私は振り返る。玄関、誰もいない。でもその先、玄関の先。外に出て少し走れば、瑛子の家には着く。


もしかして、もしかして……


いや、そんな訳。でももし、これが全部、これが全部運を移動した結果なら。







返して、私の運。返して。





                ※




乱暴にドアを開けて、全速力で走り抜ける。


彼女のもと、瑛子のもとへと。


走っている途中に、どんどん浮かび上がる。私の家族の思い出。


小学生の時、父親の節分の鬼が怖すぎて、思わず泣いてしまったこと。


中学生の時、塾の費用をお父さんが全部お小遣いで払ってくれたこと。


ママとパパと、人生初の宅配ピザを頼んで、沢山騒いだこと。


走馬灯のように、駆け抜け、そして消える。


優しかった父の顔が、汚いレイプ魔の顔へと変わっていく。



「いやだよ。こんなの嫌だ」






そんなことを呟きながら、走っていると、その先に一人の見知った影が見えた。


「長崎、先輩……」


こんなところで、何を。


どうやら、電話をしているようだ。

 

気づかれないように、足を止めて、そっと耳を立ててみた。


 

「そっか、お父さん帰ってきたんだ。良かったね。瑛子」


 

「家族といっぱい遊んだら、今度俺にも構ってね、大好きだよ」








 嘘。

 

本当だったの……?


 



「瑛子。私を騙したの……?」


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