09 座敷わらしと冒険者
「こんばんは。僕たち迷ってしまって。道を聞きたいんですけど?」
現地人と思われる二人から三十メートルほど離れた場所で十也が大声を出して話しかけてみる。
「おう、なんだお前ら。冒険者か?」
返事はこちらを探っている雰囲気だが、それほど嫌な感じの声色ではなかった。
「えっと、そうじゃないです。でもいずれなるかもしれません。そっちへ行ってもいいですか」
「子供か? かまわないぞ」
危険はなさそうだったので焚火のそばまで二人で歩いていった。
桃色の短髪ではっきりした顔立ち、そこそこ整った外見の男が私たちを観察するよう視線が上下している。
それは私たちも同じで男たちの姿を見つめていた。私たちが近づいていることに気づいていたからか、先ほどまで地面に置いてあった剣は鞘から抜いて手に握っている。
向こうは向こうで私たちを警戒しているようだ。
そしてもう一人の浅葱色の髪を頭の高い位置で一纏めにしているポニーテール風の大柄な男が立ち上がり、私を舐めるように見たかと思うと嫌な感じが流れ込んできて不運量が増えた。
私は顔をしかめる。
むかし、ちゃんと座敷わらしとして扱われていたころ、同じような視線を感じたことがあった。
座敷わらしを手懐けて、金や名声を手に入れたいと考える、欲望丸出しの人間はどこにでもいた。この男もその一種なのだろう。
「まあ何でもいいじゃねえか。新人には優しくしてやろうぜ。今、飯の最中だったんだ、肉が余っているから一緒に食ってけよ」
私を見ていたポニーテールがそう言うと、もう一人の桃髪も私を見てから頷いた。
「そうだな、冒険者になるならって言うなら助け合うべきだな。俺たちはCランクだ。お前たちは二人だけか? だったら俺たちと一緒にいるといい。その方が夜も安心だぞ」
武器を地面において私たちを歓迎しているそぶりをした。
「はい。そう言ってもらえると助かります。僕たち、町に行きたいんですけど道に迷って困っていたところだったんで。あと、水がある場所を教えてもらえませんか」
十也は人間に会えて嬉しそうにしているが、男達は言動と中身がかみ合っていない――――と感じる。
ただ人間は嫉妬や妬み、欲望といった感情を多少なりとも持っているから、はっきり悪人だと判断できるほどではなかった。
十也に食べ物を分けてくれると言うし、私は確信が持てないまま、ただ観察するしかできない。
「喉が渇いてるのか? 水ならこれを飲んでいいぞ。話は飯のあとでいいだろ。ほら、こっちにこいよ。ちょうど肉が焼けたところだ」
「ありがとうございます。すみませんいただきます」
男は自分用だと思われる水の入った木製のコップを十也に渡した。
なみなみと入っていたその水を十也は話をしながら飲み始める。こんな状況ですぐに口をつけたところを見ると、今まで何も言ってはいなかったが相当喉が渇いていたようだ。
「この辺だって森から離れていても安全だとは限らないから、お前たちは俺たちと会えて本当によかったんだぞ」
「そうなんですか。僕たち旅の途中で危険な場所とか知らないから不安だったんです」
桃髪が座ったまま手を伸ばして、焼けた串焼き肉を二本こちらへ寄越す。十也は私の態度を気にしながらも、それを受け取り焚火の反対側へ座ることにしたようだ。
会話をしていなければ、火の爆ぜるパチパチという音が小さく聞こえる。
耳に入る音はそれしかなく、虫の声もまったく聞こえないので、この辺にはコウロギやキリギリスのような昆虫すらいないらしい。
この広い荒野で、確認できる範囲には本当に私たちだけしか存在していない。
まあ、カリフラワーモドキはどこかに隠れているかもしれないが……。
「ありがとうございます。お二人はこの辺の方なんですか。いろいろ教えてほしいことがあるんですけど」
「おお、なんでも聞いてくれ。俺たちは冒険者として経験豊富だから力になれると思うぞ。それよりまずは飯だろ、遠慮してないで食えよ二人とも」
十也はお腹を空かしていたのか、礼を言うと躊躇しながらも肉にかじりついた。
私は十也から串焼き肉を一本渡され、それを手に持ったまま嫌な雰囲気の男二人の様子を窺い続ける。
「さっき捕まえたばかりのチッソだ。新鮮だから上手いだろ」
チッソが何かは分からないが、もともと男二人が食べていた物だから大丈夫だとは思う。
桃髪の言葉に黙々と肉を食べていた十也がこくんと頷いた。
十也たちがそんな会話をしている最中だった。
「おまえはこっちに座ったらいい」
いつの間にか焚火の向こう側から距離をつめていたポニーテールが、突然私の腕を掴もうとした。
さわられそうになったその刹那、私は身体を一瞬だけ消して、ポニーテールの手を避けることに成功。
座敷わらしたちが妖精化と呼んでいる霊体状態にしただけなのだが、実体化との切り替えは案外すんなりできたし、初めてのことだったが予想よりもうまくいった。
「はあ?」
自分の手が私の腕をすり抜けて掴み損ねたことに男が頭を傾げる。私が一瞬消えたことには気づかなかったようだ。それに懲りずに、続けて私にふれようとしてきた。
「なぜだ?」
今度は肩にさわろうとしたので同じように妖精化したあと一メートルほどうしろに下がって男から逃げた。気持ちが悪いからこいつにはさわられたくない。
間近で見たその男は見上げるほど背が高く、身体も大きい。
私は妖精なので人間に対する恐怖心はないが、普通であれば、こんなに体格差がある男に慣れ慣れしくされたら怖ろしく感じるのではないだろうか。
男たちに対して不信感いっぱいの私は、ポニーテールを用心しながら十也のそばまでもどり、桃髪から引き離そうと腕を引っ張った。
十也は桃髪と話をしていたため、私とポニーテールのやり取りを見ていなかったので、突然私が腕を掴んだことにすごく驚く。
「お楽、なに?」
さすがに目の前で、こいつらが怪しいなんて言ったらまずいだろう。私もそれがわからないほど世間知らずではない。
「何やってんだ。お前がでかい図体で近づくから恐がられてるじゃねえのか」
桃髪が笑いながら言う。
「いや、なんか……どうなってんだ」
「悪いな。こいつ見かけは厳ついけどいいやつだからな。お前もこっち来て座れよ」
ポニーテールが不思議そうに私を見ながらも元居た場所へ戻って腰を下ろした。
ここを離れたほうがいい。そう思っているうちに実行しておけばよかった。
この時迷わずに逃げていれば、あとで悔やむこともなかっただろう。