07 座敷わらしができること、できないこと
「ネコが空から落ちてきたくらいだ。ここから見えない場所に、何かあったり、いたりするかもしれないぞ。大声で助けを呼んでみたらどうだろう」
「何かあるかもってのは僕も同感だけど、叫ぶのはちょっと」
十也が躊躇するなら私がやるしかないか。
「おーい。誰かいないかー」
口に手を当てて叫んでみるが何も反応がない。
「おーい。おーーーーい。」
どんなに大声をだしても私の声が響くだけだ。他に聞こえる音はない。
「おーい、誰か返事しろー」
「無視するなー」
「誰かーーー気がついてくれー」
あれこれ、なんか既視感が……。
立て続けに叫んでいると、十也とネコが周りではなく私を見ていた。
「心の叫びってやつですかねぇ」
「家で気がついてあげられなくてごめん」
同情的な二人からそっと目をそらす。
確かに口癖にはなっていたから、おもわず口に出てしまった。それでも可哀想だと思われることは私の矜持を傷つける。
このしょっぱい空気を急いで変えなければ。
「や、やはりこんなところには誰もいないな。向こうに山が見えるが、町があるとしたら十也はどっちだと思う?」
「えっと、普通は平野につくるんじゃないかな」
私たちは太陽が移動している方向(たぶん西)へひたすら歩き続けている。
逆側(たぶん東)の遥か彼方に青々とした山が見えるので、それを目印にして逆方向へ進むことにした。平地の方が町や村がある可能性が高いと判断して、そちら側を選択。
何の手掛かりもないまま勘だけで移動しているから、それが吉と出ればいいのだが……。
しばらくは三人、実際には一人と二体は黙って道なき荒野をただ歩いていた。
「ねえ、お楽って霊みたいなものなんだよね。浮けるんじゃないの? 空から見下ろせば、村とか町とか見えるかもしれない。闇雲に歩き続けるより目指す場所が分かった方が早いと思うんだけど」
ふと、十也がそんなことを提案してきた。
「悪いが、私は飛ぶことができない」
「我もです。落ちてきた時も周りを見る余裕がありませんでした」
「そうなの?」
「浮遊力はないし、翼もないので無理だ。妖精体という霊体状態の時だって歩いている。空を飛んでる座敷わらしを見たことがあるのか?」
「それはないよ。だいたい座敷わらしに会ったのだってお楽が初めてなんだからさ」
「鳥にも変幻はできるが飛ぶことはできない。我々は経験がないことや、動物が本能でしていることは簡単にこなせないのだ。練習次第だとは思うが何年かかるかわからん」
ということで歩いて探すしかない。十也は食料が必要なので少しでも早く人と出会う必要がある。十也の幸運でどうにかならないかと思ったが、さっきの白骨死体でほとんど使いきって、ちょぴっとしか残っていなかった。
「十也、今すぐ善行を重ねろ、供物を差し出して私を敬え。そうすれば幸運を授けてやるぞ」
なければ増やせばいいのだ。
「どう考えたって全部無理だろ。逆に教えてほしいよ、何もない荒野で良いことって何すればいいわけ? 靴さえ困っていた僕から何か取るつもり? あとお楽に尊敬できるところってあるの?」
さすがに反論はできないが尊敬はできるだろう。さっき幸運を授けたではないか。
「にゃんか大変そうですねぇ」
私たちの会話を聞きながらネコは二足歩行で歩いていた。歩幅が短いため私たちについてくるためには早足になってしまう。見かねた十也が嫌でなれば抱っこしようかと提案した。
しかし、ネコは人間の目には見えるがふるれることができない妖精だ。気体のようなもので、隙間さえあればどんなところでも問題なく通り抜けられるし、人間にも捕まることがない。
「本当にすり抜けちゃう。3Dでもここまでリアルじゃないよね」
ためしにネコの背中をさわろうとして、それをができなかった十也はとても残念がっていた。気づかなかったが猫好きだったようだ。
「もとは普通の猫でしたから、実は四足歩行の方が歩きやすいんです。お見苦しいとは思いますが普通の猫みたいに歩かせてもらいますね」
「僕は全然気にしないから、好きにして」
「肩や頭には留まることならできるだろう、こっちは何も感じないし、邪魔にもならないから乗せてやるぞ」
「いえいえ、我も自分で歩きますよぅ。童に乗るなんて畏れ多いですぅ」
話を聞いていた十也が、乗ることができるなら僕が運んであげるよと言ったが、ネコはそれも丁重に断っていた。
「そう言えば、十也はなんで私にチョコレートをくれたんだ?」
「食べたいって言われたから、無意識に返事しちゃったんだけど、こんなことになるなんて……」
あの時チョコレートが食べたいって結構強く思っていたから、声が届いたのか?
結局そのままここへ飛ばされて来たから、食べることは出来なかった。供物として貰ったのだ。もしかしたら味わうことが出来たかもしれないのに。
そう思うと残念でならない。




