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06 座敷わらしと猫妖精

 私が変幻している冒険者の姿がこの世界で異質だった場合、現地人に警戒される可能性がある。

 念のため私も十也が身に着けている外套を真似て一番上に変幻で羽織ってみた。


 これで大丈夫だと思ったその時。


「きゃぁぁぁぁー」


 上の方から悲鳴が聞こえたので、晴れ渡った青い空を見上げてみると、私たちのいる場所へ黒い物体が落ちてくる。


 それはだんだんと近づいてきて、地面にぶつかる前にくるんと器用に着地した。


「猫!?」


 十也が言う通り、それはいたって普通の黒猫だが、よく見れば右耳が茶色で左脚の先が灰色だ。


「なんで『ネコ』がここにいるんだ? 」


 驚いたことに、その黒猫は私のところへ世間話に来ていた猫妖精だった。



「『(わらし)』が引越しばかりするから、どこにいるかわかんにゃくて探してたんですよぅ」

「どおりで。最近は訪ねてこなかったわけだな」

「やっと見つけたから会いに行ったんです。そうしたら童が消えかかっていて、急いで近づいたら何故(にゃぜ)か空飛んでたんです。びっくりしましたぁ」


 話を聞く限り、たまたま久しぶりに訪ねてきたネコも、この転移騒ぎに巻き込んでしまったようだ。 


「そうか、悪かったな」


 私はしゃがみこんでネコと視線を合わせる。


「いいえ、それより会わないうちに霊力が増えたんですねぇ。ちゃんと実体化した姿を見るの(にゃん)百年ぶりになりますか」

「おう、それがどうやら……」

「しゃべる猫? またなんか出てきた。もう、頭おかしくなりそうだよ! 座敷わらしって何? その言葉を話す猫もいったいなんなんだよ」


 ネコと二人で久しぶりに会話をしていたのにそれを遮って十也が質問をしてきた。

 面倒くさいが十也とはこれから一緒に行動しなければならないのだ。聞かれたからには説明する必要があるだろう。


 私はネコと一緒に十也を見上げた姿勢で話始めた。


「私は五年前から十也の家で暮らしている」

「うち!?」

「そうだ。もうそろそろ家移りしようかと思っていたところで、こんなことになってしまった。この黒猫は日本だと化け猫と呼ばれている猫妖精で私の知己だ。こいつも巻き込まれてここにいるらしい」

「それって嘘じゃないんだよね?」

「これだけいろいろあったんだ、そろそろ現実を受け入れたらどうだ」

「……」


 座敷わらしには、人間に幸運と不運を授ける力が備わっている。

 清らかな感情が周りにあると幸運が、悪意ある感情では不運が座敷わらしの中に蓄積されていく。


 よく座敷わらしのいなくなった家が不幸になると言うが、通常、座敷わらしが家移りするのは、住みにくくなるほど家主がすさんでしまった場合が多い。

 次に移った家に間違って不運を授けないよう、座敷わらしが家を出る際、その家で溜め込まれたすべての不運を授けて行くからだ。


 逆に幸運が溜まっていればその家は繁栄する。幸運が溜まる家では純真な精気も多く、顕現力も強くすることができるので家移りする必要がない。


 だから家主にはお返しに少しづつ幸運を授けている。


 溜まっていた運の量で、その後に起こる吉凶も決まる。結局はその家の人たちの心持ち次第だ。


「座敷わらしの幸運ってそういうことなのか……」


 話を聞いていた十也は、いまだ半信半疑のようだが、先ほどよりは落ち着いて事態の理解に努めていた。



 猫妖精も精気を吸収して存在しているが、何もできないかわりに座敷わらしのような制約がないので、どんな精気でも糧にできる。

 座敷わらしと違ってひとところに留まらず、自由きままに世の中を渡り歩いている妖精だ。


 ネコが「よろしくお願いします」と十也に二本足で立ち、お辞儀をした。


「あ、こちらこそ」


 十也もお礼を返す。


 ネコの名前も私と一緒でいろいろな呼び名で呼ばれていたから特に決まっていない。だから私はずっと『ネコ』と呼んでいた。


「お楽と違って、礼儀正しいんだね。とりあえず、『ネコちゃん』って呼んだらいいのかな。なんか変だけど」

「トウヤさんのお好きにゃように呼べばいいですよ。みんにゃそうですから」


 私はあの家で暮らし始めてから、十也の部屋で暇をつぶしていた。ここ数年のことなら何でも知っているぞ。今日もバレンタインデーのチョコレートを貰ってきたよな。と話したら「あんなことも、こんなことも、見られていたなんて……もう生きていけそうにない」十也はその場にしゃがみ込み、手で顔を隠しながらブツブツ言い始める。


 することがなくて隣で本やゲームを見てはいたが、十也自身に興味はなかったので、何をそんなに恥ずかしがっているの私にはかわからない。


 十也に死なれたら私も道ずれだから今は絶対にやめてほしい。


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