05 座敷わらし、幸運を授ける
「だから、僕は太郎じゃないってば。『十也』って名前なんだから『太郎』に幸運授けても意味ないじゃないか」
私が能力を使おうと思ったその時、太郎が否定したので私は動きを止めた。
「聞こえてはいなかっただろうが、私はお主のことをずっと太郎と呼んでいた。私自身も、その家その家で名前が変わったからな、そんなことは気にしたことなど一度もなかったぞ。太郎ではダメなのか?」
私は何軒も移り住んでいたため、その家の子供の名前をいちいち覚えるのが面倒だった。
どうせ認識してもらえないのだから、その家に息子がいれば、上から順に『太郎』『次郎』『三郎』、娘なら『松子』『竹子』『梅子』と呼んでいた。
「ダメに決まってるだろ。違う名前で呼ばれて気にならない方がおかしいよ。もう本当にいろいろ嫌なんだけど、いきなり変なところにいるし、座敷わらしは話が通じないし、僕、こんなことになるほど何か悪いことした?」
いいや、あの家で幸運量が増えていたから、そんなことはないと思う。でも本当に微々たるものだったけどな。
私も太郎と言う名前にそこまでこだわっているわけではない。本人が十也だと言うならそこは譲ってもかまわない。
ここは年長者の度量を見せるところだろう。
「私は話のわかる座敷わらしだぞ。『十也』に幸運を授けてやる。ほれっ」
二人の間に数分の沈黙が流れる。
「何かした?」
幸運を授けたが?
「うわぁぁぁ」
いきなり太郎改め十也が叫びだした。元の世界にいた時は無口で物静かな子どもだと思っていたのだが、案外うるさい。
こんな状況だから仕方ないが、騒ぐか責めるばかりでさっきから会話にならない。
普通に会話を楽しみたいと思っていた私は、今の状況を残念に思ってため息が出てしまう。
そんな感慨にふけっていると、十也が「うしろ、うしろ」と何かを指さした。振り返ったその方向には岩しか見えない。
それでも十也が口をパクパクさせて何か必死に訴えているので、十也と同じ立ち位置になるように少し右へずれてみた。
するとそこには、岩の陰に隠れるような位置で、服を着た状態の骸骨が横たわっていた。
「嘘ばっかり、幸運と真逆じゃん。なんでこんなことするんだよ」
怖いのか十也は骸骨を見ないようにしながら私を非難する。
何を言ってるんだか。ちゃんと幸運を授かっているじゃないか。
「これで服と靴は解決したな」と笑ったら、
ペチッ
いきなり頭をはたかれた。
あ、今は手でふれられた感触もわかるぞ。人間との交流は本当に久しぶりだ。少し感動した。
でもなんではたかれた?
「なんでじゃないよ。死体の服なんて使えるわけないだろ」
「十也は潔癖症なのか?」
「そういう問題じゃない」
でもなあ、トウヤの冒険小説の中にだって似たような場面があったと思うぞ。
ここがもし本当に異世界なら現代の日本と違って欲しい物が簡単に手に入る環境だとは思えない。
そういう世界の可能性が高い以上、十也が現実を受け入れられないと先へは進めない。
私に巻き込まれた十也を見捨てることはできないが、共倒れは困るのだ。
「これしか靴がないのに、履けないと言われてもなあ」
私は骸骨の履いていた靴をつまみ上げてみる。
「今は物にさわることも普通にできるのだな……なんと素晴らしい」
急に動かしたせいだろうか、靴の中から見たこともない親指サイズの生き物が何匹も飛び出した。
見た目はカリフラワーにそっくりだ。それに手脚がついていて散り散りに荒野を走って逃げていった。
「なんだあれ。十也は知っているか」
「あんな変な生き物、見たことも聞いたこともないよ」
十也もまったく知らないらしい。もちろん私も見たことがない。暇潰しでテレビや図鑑を見ている(見るしかなかったとも言う)ので、意外と私は生き物に詳しかったりする。そんな私でも記憶にないと言うことは地球外生物なのか?
これで異世界説にひとつ真実味が増した。
「本当はすごく嫌なんだけど、裸足じゃどこにもいけないから我慢するよ」
食べ物も水もない荒野でいくら言い合っていても、このまま自分たちも屍になる未来しかないわけで、結局十也はしぶしぶ骸骨が身に着けていた膝が隠れる長さの外套と靴だけは使用することを受け入れた。
これでやっと人が住む場所を探すことができる。




