04 座敷わらしと太郎
先ほどまで太郎の部屋で一緒に本を読んでいたはずだ。
それがどうしたことか、気がつくとそこは何もない荒野の真ん中だった。
目に入るものは岩と砂ばかりで、遥か彼方に山が見えるものの、この場所には高さが五十センチもない枯れたような木があるだけで、とても殺風景な世界だ。
「座敷わらしなのに、座敷が存在しないとは、これいかに」
こんなところで現実逃避している場合ではないのだが……。
「ねぇ、ここどこ、さっきまで自分の部屋にいたのに何だよこれ。君、さっきから変なことばかりしているけど何者なの?」
確かに自分の身体をまさぐっていたから変な目で見られても仕方ないが、見た目は太郎と同じ十三歳くらいの女子のはずだ。
「怪しまれるとは思ってもみなかった……」
せっかく人間に認識されたというのに不審者扱いは少し切ない……。
「君も被害者? じゃないよね? スマホ持ってない? 誰か呼んでほしいんだけど」
一緒に転移してきて、矢継ぎ早に質問する太郎のおかげで、私は逆に冷静になることができた。
私が太郎のことを巻き込んでしまったのだろうか。
そうだったら、放置しておくことはできない。
本人が悪いわけでもないのに、座敷わらしのせいで人間が不幸になってしまうと、座敷わらしである私に跳ね返ってきて精神が黒く染まる。そうなると悪妖化してしまう恐れがあるのだ。
「無視しないで何でこんなことになっているのか知っていたら説明してよ」
「はっきりとは言い切れないが、この現象はゲームにあるような転移ではないかと推測しているところだ。なぜだかわからないが、太郎は私と一緒にここへ飛ばされてしまったのだろう」
太郎は可哀そうな者を見るような目を向けてきた。こんなあり得ない状況になっているのだから少しくらいは信じてもいいでは?
「転移とか意味わかんないんだけど。そんなことより僕は家に帰りたいんだよ」
うーん、それがわかればとっくにやっている。私には方法がわからないから無理だ。
「元に戻るには、まずはここがどこかを知るのが先決だと思うのだが。私の霊力と関係があるとすれば、全く関係がない場所ではなはずだ。それを前提に可能性があるのは、太郎が読んでいた本か、ゲームのどちらか。いわゆる異世界だと私は思っている」
こんなところにいても仕方ないので、さあ出発、と歩き出そうとすると。
「異世界? 全然信じらんないけど。万が一君の言う通りだとしたら、その恰好はどうなんだよ。僕の読んだ話の中に、そんな七五三みたいな格好した人物なんて一度も出てきたことないよ。妄想にしても酷すぎるんじゃない」
私の姿は日本人形そのもの。確かにこんな荒野で着物姿はあまりにも不似合いだ。
「言われてみればそうだな。言っておくが妄想のことではないぞ。私は一応『座敷わらし』と呼ばれている妖精だ。好んでこの格好をしている。名前は、確か最後に呼ばれていたのは――『お楽』だったか」
「座敷わらし? 妖精?」
ありがたいことに、私は変幻という術で見た目を思い通りにできるからまったく問題がない。ゲームの冒険者みたいな姿にも簡単に変わることができる。そらっ。
「これでどうだ」
生成り色のシャツとズボンに銀細工の飾りが入った革製の胸当て、折り返し部分に装飾がついた膝下までのミリタリーブーツ。アニメで見たキャラクターを真似た服装だが、顔は日本人形の見た目そのままのようだ。
自分の姿は目で見えているわけではないが全体像は何となく感覚でわかる。
太郎と並ぶと目線が一緒で身長はほとんど同じ。それもさっきまでと変わらない。
これなら、着物でいるよりはどんな世界でも溶け込めるのではないだろうか。それに実体化して姿が人間になっている状態では着物だと動きにくそうだ。
太郎が指摘してくれたおかげで、早めに姿を変えることができて良かったと思う。
私の姿を見ながら、少しの間ぽかんと口を開けたまま呆けていた太郎だったが……。
「き、君は服装が変わったからいいかもしれないけどさ、僕、部屋着で裸足なんだけど」
そう言った太郎は確かに靴を履いていない。このまま砂利の上を歩けと言うのはさすがに酷だろう。
幸い座敷わらしである私の身体はすべてが作り物だから裸足でも構わなかった。太郎は私の履いているこのブーツを使えばいい。
「うわっ、今の何? 手品かなんか?」
「あれ?」
私がブーツをから足を抜いたその瞬間、それはすぐに霧散してしまい、太郎に手渡すことが出来なかった。
「なぜだ?」
消えたブーツは、念じたらまた私の足に戻ってきた。
正確に言えば戻って来たのではない。私に物を具現化する能力はないので、物理的にブーツを用意することはできない。
ブーツも私の一部。この足も含めて変幻でブーツを履いているように見せているだけだった。
きっと服も同じだろう。脱ぎ捨てて身体から離してしまえば、同じように消えてしまうに違いない。
太郎が裸足のままでこの荒野を歩くのは大変だと思う。だが、私がこの世界で精気を吸収するためにも人が多い場所を目指さなければならないのだ。
太郎といれば多少は吸収できるがその量は微々たるものだし、太郎が荒野では生きていけないのはわかりきっている。置いていくわけにもいかない。
どうにかしなければ。
よしわかった。
「ならば、太郎に幸運を授けてやる」
それこそが座敷わらしの真骨頂なのだから。