32 座敷わらし、十也を治療院に運ぶ
どこから見られていたのかわからないが振り向くとそこにはラトレルさんが神妙な顔をして立っていた。
「この鹿をセンターに運びたいんだが手をかしてもらえないだろうか」
何事もなかったように私は話しかけたが返事はなかった。私の攻撃を目撃したら恐れられてもしかたない。
ところが……。
「魔法が使えたんだ。こんなすごい魔法、初めて見たから驚いたよ。君はなんだか不思議な子どもだと思っていたけど、君の年齢でこれほどの魔法が使えたら、普通ではいられないかもしれないね」
おぅ、そういえばここはファンタジーの世界だった。
ラトレルさんは日暮れに門番を無視して町を飛び出していく私を見かけ、心配になって後を追ってきたそうだ。あたりが暗くなってきて姿を途中から見失ったと言った。
山の裾野まで来た時に鹿の雄叫びが聞こえたのでそれを頼りに急いでここまで駆け付けたら、鹿の首に猛獣が噛みついていて、私が巻き込まれたのではないかと思って焦ったらしい。気がつくと猛獣は姿を消し、その場に私が現れた。
あれをどう解釈したのか私が何も説明しないうちに、すごい魔法と言うことで落ち着いてしまった。
それにしてもダチョウの私について来たのだからCランク冒険者の身体能力はすごいな。
大鹿はラトレルさんに運ぶのを手伝ってもらい、二人でも大変だが引きずって行くことにした。道すがら私がなぜこのような無謀なことをしたのか、話しながら歩いている。
「そうだった。早く帰らなければ十也が大変だ」
「これは俺が運ぶからオラクは先に町にもどって。あ、魔力印は持ってるかい」
「なんだそれは」
「持ってないなら仕方ないな。呼び止めてごめん。トーヤを治療院に連れて行ってあげて。はいこれ」
念のためと手持ちの銀貨を三枚渡される。お金が足りなくても東口から入ってすぐの治療院ならラトレルさんの名前をだせば治療はしてもらえるはずだと私を送り出してくれた。
私はラトレルさんが見えなくなる距離までくると再び妖精体でダチョウに姿を変幻したのだが……それと同時に握りしめていた銀貨が三枚、地面に転がる。
「妖精体では持てないではないか」
急いでいると言うのに。人間の姿で町に向かって全力疾走するしかなくなった。
町に着いてから青獅子荘に十也を迎えに行く。しかし大部屋に戻ってみると十也の姿がない。
「十也は……私の連れはどこだ」
とても焦って受付にいた宿屋の男子に聞くと、今はトイレに籠っていて、さっきからずっと何度も大部屋とトイレを行き来しているという。
トイレの前で十也に声を掛けるが返事がない。慌ててトイレのドアをガンガンたたき名前を連呼した。そうしていると、中からは小さな声で「もう、恥ずかしいからやめて」と返事があったので、私はやっと安心することができた。
そのままトイレの前で待つことにする。いつまでも出てこないのでウロウロしていると、受付の男子がやって来て、寝ている客がいるから静かにしてほしいと怒られてしまった。
十数分経ってやっと十也が出てきた。
「もういやだ」
蚊の鳴くような声で言う十也をむりやり背負って治療院へ急いだ。青獅子荘から外に出ると、そこにはネコが待っていた。
「トウヤさんどうかしたんですか」
「病気らしい。これから治療してもらうのだ」
ネコは私が町の中を走っているのに気がついて様子を見に来たそうだ。十也のことを話したら、町の西側は把握しているからとネコが治療院まで案内してくることになった。
その間も十也は「痛い~」と言い続けていた。一刻も早く診てもらわなくては。
かなり遅い時刻になっていたが、かまわず治療院の扉を叩く。
治療師と思わしき白衣を着たピンクブロンドの髪を一纏めにした三白眼の男が出てきたのでラトレルさんに言われた通り、その名前を告げる。すると何故か盛大なため息をつかれてしまった。
しかしすぐに部屋へ案内され十也の身体に手をかざし症状を診てくれた。診断の結果は疲労と胃腸炎。
治療師が手のひらを十也の腹に当てたと思ったらそのあたりがピカッと光る。
これも魔法なのだろう。実際に症状が目に見えるわけではないから疑わしい。などと思っていたが十也の顔を見れば、冷や汗が止まっていた。
「これで痛みは引くと思います。後は念のため朝まで安静にしていれば大丈夫ですよ」
「すまん。治療費の足りない分は後から持ってくる。とりあえずこれだけ前金で渡しておくがそれでいいか?」
私は銀貨を三枚出して見せた。
「これだけでいいですよ」
治療師は私の手の平から銀貨を二枚だけ摘み上げる。
そう言われたので、あれっと首を傾げていたら。
「ここに来る患者は重症者が多いため、どんな治療費でも高額だと勘違いされているんです」
胃腸炎なら丸薬があるので普通はみんなそれを飲んで治しているからと、常備しておくことを勧められた。
私は病気とも無縁なのでさっぱりわからないが、もうこれでいいのか?
治療が終わり、青獅子荘に十也を送り届けた時にはまだ「痛い」と言っていたので、汗で湿っていた十也の寝具を私の分と交換してから、その場へ寝かせた。
ラトレルさんのところへ行かなくてはいけないので、私がまた外出しようとすると、服の裾を十也につかまれ、そして睨まれた。
「痛っ」
十也は無理な姿勢で私を引っ張ったので腕をひねってしまったようだ。
すぐ戻ってくるし、あとで説明するから今だけはいかせてほしいと、訝しげな表情を浮かべる十也に少しだけあった幸運を授けて、振り切って青獅子荘を飛び出した。
今日は一度、門番を無視して勝手に通り過ぎている。あの後、私のことをラトレルさんが説明してくれたらしく、町に戻ってからも咎めらはしなかった。
だからと言って何度も無視するわけにはいかないので、今度は十也に預けてあった冒険者カードを握りしめている。
東門の門番は冒険者カードにさっと目を通すと『二度目はないぞ』と私を睨みつけた。しかしそれだけで、すぐに冒険者カードを返してもらえた。止められることもなく町の外へ出られたので、すぐさまテンゴウ山へ向かう。
街道を今度はネコと一緒に東へ走り、一人で鹿を引きずっていたラトレルさんと合流。
ネコはもちろん手伝うことができないので、二人で鹿を運び続けたのだが結構時間が掛かってしまい、町に着いた頃には空が白み始めていた。




