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30 十也のこころ

「お楽様、お納めくださいませ」


 突然十也がやっと稼いだ銀貨を私に捧げてしまった。


「何やってんだ! 十也の二日分の宿泊費だったんだぞ!」


 今夜から十也は一人で宿泊させるつもりだった。この世界に来てからギリギリの生活をしていて、今は金がいくらあっても足りない。私に必要ない金を使うことが無駄だからと説得しようとした矢先に銀貨が消えた。


「お楽は自分がたまに透けてきてたの気がついてなかったの? ラトレルさんといた時は純真な精気があって霊力になってたかもしれないけど、このままだったらまた消えちゃうよ」


 考えることが多すぎて、自分のことは気がつかなかった。それでも先にひとこと言うべきだと思う。


「そうか。怒鳴って悪かった。でも銀貨が消えて、残金が青獅子亭で二人では一泊分しかない、余裕のない生活はできるだけ避けたいから今日は十也一人で泊まってくれ」


「やだよ。なんでさ。お楽も一緒じゃなきゃ泊まらない」

「一緒だ。妖精体でそばにいるから離れるわけじゃない」

「違うよ。お楽が妖精体になって、またそのまま見えなくなるかもって、そう思うだけで怖いんだよ」


 叫ぶような十也の告白。その言葉に私はハッとする。


「人に殴られて、オークに襲われ、人の死体みたいな状態を見たのだって初めてだった。目の前でオークが血だらけになってその血を浴びて、その夜、暗闇の中ひとりぼっちでずっと震えが止まらなかった。あの夜みたいなことは二度とごめんだ。お楽の姿が見えないと怖くて怖くてたまらないんだよ」


 私は妖精で、平安時代あたりからの記憶があるので人の死にたいして思うところが何もない。だから、一見元気に過ごしていた十也が、あの出来事を今でも引きずっていることに全く気がつかなかった。

 あの直後は私なりに心配していたつもりだったが、すでにあの夜のことは忘れていた。


「そうか、十也の気持ちはわかった。青獅子荘に帰るぞ」


 そんなやりとりをネコは黙って見ていたが、


「我もいたのに……、トウヤさんは童しか必要にゃいんですね……」

「あ、ごめん、そうじゃない! ネコちゃんが側にいてくれれば嬉しいよ! でもネコちゃんは僕からしたら庇護対象にしか見えないから。お楽とは存在が違うっていうか、ああーうまく伝えられない。とにかく、ネコちゃんも大切な仲間で必要だから」


「にゃんかわからにゃいですけど、我もトウヤさんに必要にゃらいいんです」

「ネコは黒猫だから夜はたぶん見えなかったんだろう。しかたないぞ」

「いや、そうだけど、そうじゃないっていうか―――気持ちの話なんだけど……」


 みんな無言で歩き始め、青獅子荘に着くと、昨日と同じくネコは町の中へ消えて行った。まだ夕方だというのに大部屋の昨日と同じ場所で、十也は帰って来た時に購入したパンも食べずに毛布に包まってしまう。


 私はそんな十也の横に座って考えていた。この世界に来てからいろいろあった。


 しかし、私は座敷わらしで、消滅するとしてもいきなりではない。物理的には害されることがないので確かに恐怖は感じていない。

 どちらかと言うとこの世界を楽しんでいたと思う。だから十也の心が全然わからない。今までは人間の清と濁しか見てこなかったし、ここまで絡むことがずっとなかった。人間は難しい。


 ここ何百年もこんなに悩んだことなどなかった、退屈だった数日前が嘘のようだ。


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