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03 座敷わらしの現実

 私には何かやることも、やるべきこともない。


「暇だーーーー」


 当たり前だが、いつも時間を持て余していた。だから誰もいない時間はほぼ寝ている。

 

 座敷わらしの場合、睡眠は必要はないのだが、私の場合、霊力の温存もあって休眠と言う状態になって寝ていることが多い。


 と言うよりむしろ起きて活動している時間が少なすぎるくらいだ。


 動いている時のほとんどは、この家の一人息子「太郎」がゲームをしている時に後ろから画面を見たり、本を横からのぞき込み一緒に読書をしながら過ごしている。


 太郎の家は玄関扉の上に仰々しいステンドグラスの飾り窓がはめ込まれた洋館だ。


 個人の住宅というよりショップかレストランを思わせるつくりで、この辺りではかなり立派で派手な建物だと思う。


 それもそのはずで父親はレストランをいくつも経営している会社の社長だ。


  経営しているレストランの建築時、業者から薦められて店の入り口に設置したステンドグラスをいたく気に入り、自宅を新築した時に同じような物を取り付けたそうだ。


「目立っていたし、いい物件だと思ったんだけどな」


 この家は、両親そろっていつも忙しくしており、太郎が塾から帰ってきても外出中が多い。両親との交流があまりないため家の中は静かなものだ。


 私がここを選んだ理由の一つに、資産家だということがある。金持ちは精気が有り余っている場合が多いからだ。


 何かに対する情熱や欲望、運がなければ事業に成功することは難しい。

  欲望まみれの人間の精気は汚濁しているが、中には夢や理想を持ってキラキラしている者も僅かだが存在する。

 そういう人間が暮らしている家を求めて家移りしてきた。


 ところが太郎の父親は手を広めすぎたためか、売上が悪い店舗が出始めた。


 このところ会社の経営で疲れ切っているし、母親は自称料理研究家で市場調査はレストラン経営にも有益だと理由をつけ、家を空けることが増えている。

  実際には何をしているのか私にはわからない。

 

 今では二人が一緒にいることはほとんどなく、大きな喧嘩をしたことはないが、夫婦仲がいいとは言えない状態だ。

 一人息子の太郎は中学一年生になるが無気力でゲームや物語の世界ばかりに浸っている。


 私が求めていた精気は、家移りしてきた当初と変わり、今はほとんどなくなってしまっていた。


「また失敗だろうな。座敷わらし向けの不動産屋がどこかにないだろうか……」


 あまりにも退屈すぎて、初めは暇つぶしで、太郎の趣味をのぞき見していたが、思いのほか面白く、いつの間にか私も物語の世界にはまっていった。


 たいていはごく普通の少年が旅に出るところから物語が始まる。成長しながら強くなり、最後は国や世界を救い、英雄になるという流れが多い。


  冒険小説の世界には私が求めている活気があり、『できることなら本の世界に引っ越ししたいくらいだ』と最近はぼやいているが、もちろん誰も突っ込まないので、ただ虚しいだけだった。


 今日もあと数時間で一日が終わる。窓の外に目をやると他所の家には煌々と明かりが灯っていて、真っ暗な我が家から覗いているとむなしくなってしまう。だからと言ってあの家々が私の求めている終のすみかになるかと言えば、そうでもなかったりするから世知辛い。


 

  そろそろ太郎が塾から帰ってくる時間だ。私は道路が見える部屋に移動してから、窓の外を窺い、じっと太郎の帰りを待つ。客観的に見たら主人を待つ犬のようだろう。


 しかし私は犬と違って太郎に愛情を持っているわけでも、依存しているわけではなかった。


 不本意だが私はひとりでは何もできない。


 テレビのスイッチを入れることも、本のページをめくることも、人間に頼らなければ何ひとつできないのだ。ひとりでは暇さえつぶせない。なんと悲しいことか。

「あ、でもこれ、ある意味依存だったりするのか?」



 眠ったり、ふらふらしたりして時間をつぶしていると、やっと塾を終えた太郎が家に帰って来た。私はいつもそうしている様に太郎のそばに行く。


 太郎は着替えもせず、母親が作り置きしてあった冷凍食品を適当に選び、レンジで温めるだけの食事をひとりで済ませる。

 そしてペットボトルを片手に自分の部屋へ行くと、部屋着に着替えてからベッドへ転がり本を読み始めた。


 その本の背表紙にはラベルがついているので、図書館から借りてきたもののようだ。


「あ、そうだ」


 しばらく読み進めてから、急に何かを思い出したようで、太郎は紙袋から美麗な箱を取り出した。

 今まで部屋で目にした覚えがないから、今日初めて持って帰って来た物だと思う。


 箱を開けてみると、その中身はいろいろな形をしたチョコレートだった。太郎は一粒つまみ、それを口に放り込む。


 そう言えば今日は二月十四日。

 太郎もそういう年頃なんだな。と思いつつ、私は美味しそうなチョコレートに目が釘付けになっていた。


 精気だけで生きていけるので食べ物は必要はないのだが、実体化できれば味覚はある。食事をすることができていた時代が懐かしい。


 時代が移り変わり、現代の食べ物は、私が口にしたことのある日本食とはまったく異なっていた。だからとても興味がある。

 甘いものは特に美味そうなので、私は太郎が食べている姿を指をくわえて見つめていた。


『チョコレート食ってみたい』何気なくつぶやいたのだが――。


「いいよ、はい」


 なんと、太郎が私の方へチョコレートの箱を差し出した。


「え? 私の声が聞こえたのか?」


 いつもなら私の独り言で終わるはずなんだが?


「え? あれ? 誰?」

 

 二人で混乱していると目の前の景色が一瞬にして変わった。


「うわ、ここどこ。僕、部屋に居たはずなのになんだよこれ。――君だれ?」


 うしろから私に話しかける声がする。振り向いてみると、そこには太郎がいた。


「太郎、私が見えているのか? おぉ実体化してる」

「太郎ってだれ? 何か知ってるの? もう何が何だかわかんないんだけど」


 太郎にもこの状況はわからないようだ。


 どう考えても原因は『チョコレート』だと思う。


 ただ、チョコレートだけでこんな不思議なことが起きるはずはないのだ……。判断材料が少なすぎて原因を明らかにすることは今の時点では難しかった。


 元の場所とまったく違う場所へ移動したことで、ここは異世界かもしれないと思ったが、それも今のところ私の想像でしかない。


 しかし原因がなんであれ、このままというわけにもいかないだろう。


 さて、これからどうしたものか。


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