268 座敷わらしは魔物狩り班の安否を知る
私たちが驚いている最中に、腰を抜かして怯えたままのドリル娘は、鬼火たちへの合図なのか指笛をピーッっと吹いた。
「鬼火たち、いや、アンとディー、その冒険者に攻撃するのはちょっと待ってくれ!」
私の言葉に従ったわけではないと思うが、この状況を把握してなのか、有り難いことに鬼火たちの炎に変化はなかった。
「どうしてこんなところにオラクがいるんだ?」
「どうしてって、お主たちは私を探すために下の階層へやってきたのではないのか?」
てっきり私を救出するために、みんなでおりてきたのだと思っていた。だが、ティナの雰囲気からしてどうやら違うらしい。
「え? なんで?」
チャムも不思議そうに首をかしげた。
そういえば十也たちは?
「採掘場の崩落で私だけが巻き込まれて落ちてきた。なので、探されていると思っていたのだが違うようだな。他のみんなはどうしている?」
「チャムはお姉ちゃんについてきたから知らない」
ということは引率していたアーサーとは別行動をしているのか? 何故だ?
「ボクたちのいた場所でも地面が割れたけど、トーヤとレニーはアーサーが助けたから無事だ。でもちょっと困ったことになって」
「困ったこと?」
「その話をする前に邪魔なこの炎を消してくれないか」
鬼火たちは警戒をといていないため、ティナとの間には透明な青い壁がある。
「ドリ……いや、クルクル」
確かそんな感じの、髪型と似たような名前だった気がする……。
「クルクルって私のこと?」
「そうだ。アン、ディーたちに威嚇をやめるように言ってくれ。この二人は私の仲間だから心配しなくても大丈夫だ」
「オラクちゃんの仲間?」
座り込んだままのドリル娘に手をかして、立ち上がらせながら頼んだ。
「私を迎えに来たわけではなさそうなので、仲間の身に何があったのか、早く話を聞きたい」
「わかったわ。アンとディーも聞いていたでしょ。この冒険者は敵じゃないんだって。だからもういいわよ」
ドリル娘がそう言うと、鬼火たちはもとのサイズに戻り、ふわふわと私たちの斜め上の位置にやってきた。とりあえず定位置で待機してくれるようだ。
「私はクルトーラ。ここをホームとして活動しているわ。迷っていたオラクちゃんを地上に送っていくところだったの。さっきはごめんなさい」
「別に攻撃されたわけじゃないから気にしてない。ボクはティナで、そっちが妹のチャム。オラクと行動を共にしている冒険者だ」
お互いに挨拶を交わしているが、なんとなくぎこちなさを感じる。
それはティナが人族(実際には吸血鬼だが)に対して警戒心があるから。そしてそれは、ドリル娘も同じだからだろう。
チャムだけは、ドリル娘よりも鬼火たちが気になるようで、左手が招き猫のようになっていて、そのうち手を伸ばしそうだ。注意するべきか迷う。
「それで、そっちはどんな問題が発生しているのだ?」
「それならもう解決している。これだ」
ティナが私に見せたもの。それは、柄から剣先まですべて真っ赤な大剣だった。
「それはアーサーの剣じゃないのか?」
形までは覚えていないので、もしかしたら採掘所内で得たの戦利品なのかもしれない。
どっちにしても、この剣のせいで問題が起きたというのはいったどういう流れだ。
「そのとおり、これはアーサーのものだ」
「だったら、どうしてティナが持っている。借りたのだとしてもお主に使いこなせるのか?」
Aランクとはいえ、猫獣人のティナが大剣を武器として扱うには難が多い。
しっかり握ることができない上に、重量があるため、機敏である猫獣人の速さがいかせない。
「借りたんじゃない。拾ったんだ」
「拾った? 無事だと言っていたが、本当はアーサーたちに何かあったのではないか?」
まさか、命だけは無事ってことなのじゃないだろうな?
「あの時、トーヤとレニーを助けるために、アーサーが剣を捨てたから、下に落ちちゃったんだもん。ねえ、お姉ちゃん」
「剣を捨てた?」
「二人を同時に助けるためには両手が必要だったからな。アーサーはこの剣を諦めるって言ったけど、ボクならそこから下の階におりられそうだった。だから、危ないって止められたけど拾うために穴に入ったんだ。そうしたらチャムもついてきちゃって」
「チャムはお姉ちゃんと一緒だよ」
ティナのことが心配だったので後を追ったらしい。
「しかしそんな状態で採掘場におりてしまって、地上までの道のりはわかっているのか? 地図を見たところで自分が今どの採掘所にいるかわからないだろう?」
だいたい明かりがなかった猫姉妹が、地図を持っていたところで役にたつはずもない。
「それは大丈夫。ボクたちには帰巣本能っていうのがあって、出口ならなんとなく方向がわかるから」
さすが猫獣人だけはある。
猫姉妹がここにいる事情もわかったし、魔物狩り班の安否も確認できた。現状、はぐれているのはここにいる三人だけのようだ。
「暗がりを歩いていたら人の気配がしたので、念のため道をきこうと思って追いかけてきた」
それが私たちだったと。
「よかったじゃない、オラクちゃん。これで私が送って行かなくても帰還できるわよね」
「それはそうだが」
「って、どうしてまた私の腕を掴んでいるのかしら」
もうそれほど疑ってはいない。が、ドリル娘は吸血鬼であって、人間の血が必要なことは明らかな事実。やはり、野放しにしても問題ないという保証はほしい。
「私はオラクちゃんと友達になれたと思っていたのに……すごくショックだわ」
いまにも泣き出しそうな表情で、信用してもらえないことがつらいと言うドリル娘。
どうしたものか。
「なあ、ティナ」
「なに?」
「吸血鬼にも人権があるって本当か? 王都で暮らすこともできたりするのか?」
「吸血鬼? 吸血族って種族なら獣人やエルフと同じ扱いのはずだからそうだと思う。獣人と違って見た目は人族そのものなのに、嫌われているみたいだけど」
「ほら、私が言ったとおりだったでしょ」
「ああ、悪かったな」
私はすぐに手を離した。
吸血鬼であるドリル娘は危険ではないことがわかったので、ここで暮らしていることは誰にも伝えない。
「約束どおり秘密は守る」
「うん、お願い。それじゃあ、私はまだ採掘所でやることがあるから、オラクちゃんとはここでお別れね」
「最下層にはすごい魔法を使う冒険者も潜っているんだろう? 気をつけろよ」
「うん。ありがとう。アン、ディーたちもいるし、それに」
ドリル娘が何かを言おうとしたその時。
「向こうから何かがくる!」
「くる!」
「なんだと?」
猫姉妹が魔物の気配が近づいていると言って警戒を始めた。一難去ってまた一難なのか。
「あ、待って、たぶんそれはガーだと思う。さっき私が指笛で呼んでしまったから」
「ガー?」
ドリル娘にはまだ仲間がいたようだ。
今度は何がやってくるのか、私は暗がりの奥をじっと見つめた。
「あれは」
薄暗い採掘所に姿を現したのは、少し前に逃げて行った巨大なカタツムリだ。
「あれがガーなのか?」




