254 座敷わらし、魔法剣士をすすめる
「これ、すごいの」
チャムが左手につけているガントレットの指を閉じたり開いたりしながら私に見せてくれた。
「ガントレット自体へ魔玉と同じように魔力をためることができて、チャムのは風魔法、ボクのは火魔法を攻撃に付与できるんだ」
物理攻撃と魔法攻撃を一度に使えるので攻撃力が増すらしい。
ただ、魔力がない猫姉妹たちは事前に誰かに頼んで魔力を満たしておかないと魔法は使えない。しかも満タンで三回だけ。
それと攻撃するタイミングが難しいようだ。
「ここをポチってすると魔法が出るの。でもすぐになくなっちゃう」
ボタンを押すと魔法が発動してガントレットの外側に魔力のベールができるのだが、すぐに空気に溶けてしまう。
そのため魔法を使った瞬間に攻撃をしなければ意味がない。
それでも練習すればどうにかなりそうだとティナもガントレットの指を嬉しそうに動かしている。
「猫獣人の俊敏さがあるから使用可能なんだって」
十也がこれをはめたとしても、魔法を使うことはほぼ不可能。人間が使いこなすとしたらBランクでギリギリできるかどうからしい。
「魔法を使わなくても、この金属は鉄なんかよりも硬質だから普通の攻撃だけでも威力がある。それに細かいものが簡単につかめるようになったから、ボクたちにとってはいいことだらけだ」
猫獣人の手は人間よりも猫に近い。指が短く肉球もついているため、何かを持つ場合は両手で挟んで掴むことが多い。
ガントレットの指が義指の役目を果たすので、チャムがその辺にいたダンゴムシを親指と人差し指で掴み「ほら」と見せてくれた。
ティナがパーティーにいたころは狩りをする前に短剣やナイフを左手に括り付けていたそうだから、腕にしっかりと固定できるガントレットは使いやすいという。
「すべてミケ様と君たちのおかげだ。お礼と言っては何だが、一緒にいる間はできることなら何でもする。手伝えることは言ってくれ」
「言ってくれ」
猫姉妹たちのガントレットもネコの魔玉からできていた。
獣人たちは武器がなくても攻撃力があるし、自分たちの力に誇りを持っている。他族と関わることも少ないから使い勝手のいい武器があったとしても知らずにいるし使用することは本当に稀だ。
ガントレットの便利さが猫獣人たちに伝われば使い始める者も増えるかもしれないとは思うものの、人間に騙されることが多い獣人が武器の発注をするかといえば否だろう。
猫姉妹たちは交渉担当の十也がいたから作ることを決めたのだと思う。
「メンテナンスや微調整が必要な時はバファローさんがみてくれるんだって。貴重な魔玉で思い切った使い方ができたから、すごく勉強になったって言ってたよ」
「バファロー?」
「ドワーフの親方さんだよ。今は魔銃にかかりっきりだから、ガントレット作ったのはほかの職人さんみたいだけどね」
ティナはともかく、チャムはまだ成長期なのでそのうちサイズが合わなくなる。装着できなくなったら宝の持ち腐れになってしまうので手直しが必要だ。
これでティナたちとドワーフの繋がりができた。だったらほかの猫獣人たちにも広まるかもしれないな。
「ほらほらほらー」
チャムが今度はアリを捕まえてきて私の目の前に突き出す。
嬉しそうというよりは、新しい玩具が手に入って楽しんでいるようにみえる。
たぶん、アーサニクスが見つかったら猫姉妹は私たちと行く先を分かつことになるだろう。
チャムのことがあるので間違いなく人狼についていくはずだからだ。
人狼はアーサニクスと私たちの仲を取り持ったあと、満月の夜の猛獣化を防ぐため、力になってくれそうなエウリュアレ様のところに行くだろう。もちろんその時は私たちが紹介状を書いて持たせるつもりだ。
しかしそうなるとアーサニクスの戦力はいつまでたっても足りないまま。現時点でも、イレギュラーな仲間が増えていなければ、半減している状態だ。
どこかでフェルミと人狼の代わりを補充しないと。
「剣士小僧」
「なんだオラク姉ちゃん」
「お主はアーサニクスと合流したらどうするつもりだ」
「俺は師匠についていく。行くところもないしな」
故郷に帰れば再び魔法使い協会に入れられてしまう可能性が高い。リーニアの町も出身地の村に近いから知り合いにばったり出くわすかもしれない。魔法使い教会から逃げてきたことが家族にばれてしまえば同じ運命をたどるだろう。
私だって、もし普通の座敷わらしとして家を探していたとしても、あんな胡散臭い魔法使い協会を拠点にすることだけはごめんこうむる。
「剣士小僧の気持ちもわからなくはないのだが……」
「アーサニクスは彼なりにレニーの心配をしてるんだよ。レニーを私に預けて遠ざけたのだって危険なことに巻き込みたくないからなんだし」
「そうだとしても、俺は師匠と一緒にいたかったんだ……」
剣士小僧が悔しそうに歯を食いしばる。
うーん。
剣士小僧は確かに子どもで危ない場所に連れて行きたくないのはわかる。そうだとしても、だったらフェルミはどうだったのだろう。
フェルミだって十四歳の少女で、戦いに参加させるには十分幼い。二人の何が違うかといえば、それは圧倒的な力の差。
片や魔法使いの最高峰に数えられるほどの使い手。そしてもう片方はそれを拒んで使おうとしない者。
仲間にする基準がわかっているので、改善するのはおそらくそれほど難しくはない。
「剣士小僧」
「なんだよ」
「お主、魔法剣士を目指す気はないか?」
「え?」
「魔法剣士!?」
私の提案にみんなの声が重なった。
「なんだよ、それ?」
アーサーが聞き返すくらいだから、この世界に魔法剣士、それに近いジョブはないのかもしれない。
「簡単に言えば剣技に魔法を合わせて攻撃する者の呼称だ」
「そんなことできるのかよ」
アーサーや獣人のような物理的な攻撃を得意としている冒険者は魔力が少ない。そしてフェルミや剣士小僧のような魔法特化型は逆に身体を動かすことが不得手だ。
そのため、両方がまんべんなく使える万能型はいないようだ。
しかし。
「剣士小僧がどれほど剣を扱えるかはしらんが、才能で足りない分は別のもので補えばいい。それが剣士小僧にはできるのではないかと思ったのだ」
「わかりやすく言ってくれよ」
「猫姉妹のガントレットの話を聞いて気がついたのだが――例えば剣士小僧の剣が敵に届かなかったとする。しかし、剣先から魔法が発動すれば相手に攻撃を入れることは可能だろう」
一番わかりやすいのは風魔法。振り下ろした剣先からウインドカッターが出てスパッと切る。
かまいたちの亜種みたいなものだな。
「オラクが言ってるそれって、衝撃波のことだよな」
「衝撃波? そんな技があるのか?」
「剣を振ると多少なりとも空気が動いて風が起こるだろ。それを奥義化した技だ。俺は使えねえけど」
あるなら話が早い。
「その奥義の部分を剣士小僧は魔法でまかなえばいいと思うのだ」
「なるほどね。だったら、またバファローさんに相談してみたら? 剣も、魔法が使いやすい親和性の高いもののほうがいいんじゃない?」
「そうだな。どうする剣士小僧? どうしても魔法は使いたくないというのなら無理は言わんが」
渋い表情をしながら剣士小僧は悩み始めた。
冒険者として自分が食べていければいいと思っているのなら、このまま剣の道を突き進めばいい。生きていくことだけならできるだろうから。
しかし、アーサニクスについていきたいなら、戦力になる以前に足手まといにならないためにも自分自身を守れるだけの能力は必要だ。
しばらく、目をギュッと閉じて剣士小僧は悩んでいた。
そして、心が決まったのか目を開いて、私の顔を見た。
「俺はさあ」
「おう」
「冒険者を見て、剣を振るう姿が格好いいと思ったんだよ。剣を捨てないまま、自分の能力もいかせるなら、なってみてもいいよ、魔法剣士ってやつに」
「剣士小僧がそう決断したのなら、十也が言ったように、ドワーフのところに行くぞ。魔法剣士用の剣を作って欲しいと頼まなければ」
「でも俺には金が」
「かまわん。私がプレゼントしてやる。それが嫌なら出世払いってことで金ができてから返えせばいい。とにかくお主は強くなれ」
「うん。わかった」
私たちには時間がないので、これから剣士小僧と一緒にドワーフの鍛冶屋に行くことになった。
「バファローさん。今日も徹夜かもね。あの人好きなことで集中すると食事も忘れちゃうんだって。お弟子さんたちが言ってたよ」
剣士小僧のために私が求めているのは剣と魔道具のハイブリッド。
はたしてドワーフに作ることができるのだろうか。




