241 座敷わらし、人魚に笑われる
マーマンを探していて人魚を見つけてしまった。
「センターでは人魚の話なんてしていなかったんだが、いたんだな」
ここはかなり沖にある。そう簡単には見つからない場所なのだろう。
見た目が美しい生き物は捕らえられて見世物かペットにされてしまうかもしれない。だから余程のことがない限り人間には近づかないのかも。
空から様子を見たかんじだと、人魚も群れを成しているようだから、ゴブリンと同じく幸運がたまっている可能性はある。
なにより、人魚を近くで見てみたい。
知能がありそうな水性系の人外は河童しか知らないから興味がある。
「もしかしたら話ができるかもしれないしな」
「きう」
しかし、ロッ子が砂浜に降りていったら人魚たちは逃げてしまうだろう。と言うことで、
「ロッ子、私が合図したら水のないところに私を落してくれ」
「きううう?」
「私のことなら心配しなくても大丈夫だ」
「きーうー」
「本当に私の身体は頑丈なのだ。この程度の高さなら何度も飛び降りたことがあるから問題ないぞ。やることが終わったらあとで名前を呼ぶから迎えに来てくれ」
「きう」
姿を消してから『いいぞ』と声を掛けると、ロッ子は私の望み通り、人魚たちが泳いでいるところから少し離れた陸地の辺りでカギ爪を緩めた。その直後私の身体はそのまま降下し、砂浜でいつものように転がりながら着地する。
すぐに立ちあがり、さっそく一番近くにいた青い髪の人魚を観察してみることにした。
岩に座っているので全身を全方向から眺めることができる。見た目は童話の人魚姫そのもので、女の身体に魚の尾っぽがついている。上半身は水着というか、なめし革を紐で締め付けているので、どちらかと言うとビスチェのように見える。
腰まである長い髪はサイドだけをまとめ、白真珠や黒真珠、珊瑚なんかで出来た髪留めをつけていてけっこう派手だ。周りを見るとみんながみんな同じように首飾りや腕輪などのアクセサリーで飾り立てている。
「同じ魚人でも、さっき見たマーマンとは大違いだな」
そして思った通り野生で群れて暮らしている彼女たちには幸運がたまるようだ。
人魚もゴブリンほどではないが仲間を守って生きているのだろう。
他にも人魚がいるのなら居場所を知りたい。マーマンがみつからないから、私は人魚たちの幸運を集めて塵も積もれば山となる作戦に切り替えることにした。
さて、会話をするとなると姿を現す必要がある。ピグミーマーモセットのままでは、どんな反応をされるかわからない。
やはり、人魚と同じように下半身を魚にして仲間のふりをするのが一番警戒されないだろう。私はさっさと水の中に入り、できるだけ誰もいない場所で上半身を人間、下半身を魚の姿に変幻した。
その姿でゆっくり近づくつもりだったのだが……。
「うおお」
岩場のどこかに隙間があるのか、この場所にも波があり、私の身体は実体化するとあっという間に波に乗ってスライディングしながら白い砂浜に打ち上げられてしまった。
「う、動けん。どうすればいいのだ」
人魚の身体に慣れない私は、泳げない上に歩くこともできなかった。そのため、砂の上でビチビチとのたうち回っている。
「移動するには横に回転するか匍匐前進するしかないのか?」
「ぶ!?」
「ぶぶぶ!?」
困っているのに、私を見つけた人魚たちが驚きながらも何かいい始めた。笑われている?
それにしても、美しい見た目で鳴き声が「ぶぶぶ」だとは……かなりイメージと違う。
「もしかして、会話はできないのか?」
私はしゃちほこのようにエビぞりになりながら、近寄ってきた人魚と顔を合わせる。
転がるしかない私とは違って、その人魚はアザラシのようにピョコピョコと上手に砂浜を移動してきた。
「おばべ、びだごどがびげど、どごがだぎだ」
「しゃべった!?」
至近距離までやってきた金髪碧眼の美少女から声を掛けられたのだが、くぐもった低い声で、さっきよりもっとイメージが崩れた。
しかも聞き取りにくい。
「どこから来たと聞いているのか? それなら陸の方からだが……」
「びぐ? びどじが? おだどばぐでだどが?」
「おう?」
陸? ひとりか? 親とはぐれたのか? と聞いているのだろうか。
「群れを探しているのだが、お主たちの仲間はここにいるだけか?」
「むで? びんだうびどぞごじいぐだど。おばべぼじがじで……泡語話せないの?」
みんな海の底にいるだろ? おまえもしかして、バブル語話せないの? か?
最後だけわかりやすかった。
「普通に話せるならそれで頼む。仲間がいる場所があるなら、そこに私を連れて行ってほしいのだが? だめか?」
「人魚の言葉がわからないってことは、もしかしたら人間に育てられたの?」
人魚が突然流暢に話始めた。
「隠さなくても大丈夫よ。群れとか変なこと言ってるし、小さな頃に親と離ればなれになっちゃったんだね」
「そうじゃない」
「違うの? よくわからないけど、それなら今までよく無事でいられたね。この辺はマーマンがたくさんいるのに」
「マーマンがたくさんいるってどこに!?」
「どこって」
「ぞでじじでぼ、だんでがっごう」
「ぐぶぶ」
「やぜびじが」
なぜか、他の人魚たちに笑われている?
なんて格好? 野生児か? と言っているのか?
横たわった自分の姿を見ると、水着ではなくホタテ貝の貝殻が胸についていた。おそらくこれが笑われている原因だろう。記憶に残っていた人魚姫がこんな格好をしていたのだ。私の記憶ではこのイメージが強かったらしいから仕方ないだろう。
「ぶぶぶぶぶ」
「ぶふっ」
笑われるのは腹が立つ。だが、今更変幻を変えるのもまた突っ込まれるだろう。説明するのも面倒くさいし、この姿でいるのもたいした時間ではないだろうから、もうこのままでいい。
そんなことよりマーマンだ。
「マーマンの巣を知っているなら教えてくれ」
「巣なんてないよ。あいつらに仲間意識なんてないんじゃないかな。餌場に集まってるだけだもの」
ゴブリンとは生態が違うようだ。
だからマーマンでは幸運が集まらなかったのか。
「マーマンなんかに興味があるなんて、本当に変わってるね」
人魚にしてみたらそう思うのだろうな。
「うーん、いつはぐれたのかわからないけど、まだ独立する年齢には早いから親の方も探していると思うの。あなたは格好が独創的だから、知っている人がいるかもしれないね」
「独創的……」
人魚に手を貸してもらって、私は上半身を起こして座る。
「あなたのことをみんなに聞いてきてあげるから、これでも食べて待ってて」
人魚がなぜか小魚を渡してきた。
思わず受け取ってしまったが、両手の上に置かれた魚を見て困惑している。私にこれをどうしろと?
「気持ちは有り難いが、生魚をそのままもらっても困るのだが」
「え? 美味しいよ」
まさかおやつか?
「そうだとしても、私はいらんから返す」
「そうなの?」
人魚が私の手から魚を掴むと、おもむろにかぶりついた。
「うわっ」
生魚を頭ごとがつがつ食べているその姿は本当に私の知っている人魚からほど遠い。この姿は河童とかぶる。
でも、考えてみれば、魚人である人魚が火を使うはずないし、調理もするわけがない。こうやって、かぶりつくのが自然の姿なのだろう。
「海の底に行ってくるのか?」
「そんなわけないじゃない。あの辺にいる人たちに聞くだけだよ」
私に近づいてこなかった人魚たちを指差す金髪碧眼人魚。
「ここは、普段は単独で生活している私たちの情報交換の場なの」
「単独? 人魚の国とかないのか?」
「国? ないよ、そんなもの」
なんてことだ。塵も積もれば作戦が始まる前に失敗に終わってしまった。




