210 座敷わらし、道の心配をする
「なあ、本当にこの道で大丈夫なのか?」
私は窓から御者台にいるアーサーに話しかけた。
あまりにも道が悪すぎて、馬車の揺れが酷いのと、場所によっては左右の窓に枝の先がバシバシ当たっているからだ。
「合ってるはずだけどな」
「整備されていない道って馬車だと結構つらいね。僕たちはいいけど、アーサーはお尻が痛くなってない?」
今日は十也も私たちと一緒に馬車の中だ。
「なるな」
「やっぱり」
こっちで良かったと十也が苦笑いした。
私は御者台でも構わなかったのだが、アーサーから転げ落ちたら困ると言われてしまったのだ。それは危険だからではなく、面倒だからっぽい。
私は怪我をしないので、どんな落ち方をしても心配はない。そのことを、今ではアーサーも承知している。それよりも、馬車を止めて私を回収する手間が時間の無駄なのだそうだ。
しかし、何故私が落ちる前提で話をしているのか。腑に落ちないが、四対一で落ちると言われてしまえば大人しく言うことを聞くしかなかった。
私たちはマーロンという町を目指している。
アーサーは別のルートで行ったことがあるそうだが、エニストンから最短の道は初めてなので、白布から貰った地図だけが頼りだ。
マーロンは大きな町と町の中間にあって、町というよりは村に近いようだ。周りを山に囲まれていて、通りがかりの旅人が一晩だけ泊まる小さな宿場町らしい。
アーサニクスたちは助けたフェルミの体調がよくなるまで別の町で数日過ごした後、エニストンの町にやってくるのだが、そもそも、そのフェルミがいない。だから小説通り進んでいない可能性もある。
もしここで、アーサニクスたちが小説と全く違う行動を始めてしまったら、今後はどうやって追いかければいいかわからなくなってしまう。
頼む。マーロンの町に来てくれ。
「ひゃはっ」
「すごく揺れるし、時々跳ねる」
私が祈っていると、馬車の上から猫姉妹の声がした。
今日も見張り台にいる二人。ガタガタ道を進む馬車が段差を超えるたび大きく上下左右に揺れるので、声を上げていた。
特に猫娘が。
「落ちないように気をつけてね」
「そこだと危ないだろ。こっちに来たらどうだ」
キャーキャー言っているし、猫姉妹たちなら走っている馬車の窓からでも入れそうだったので誘ってみた。
私にあんなことをしたのだから、たぶん警戒も薄れているはず。
「楽しいからやだ」
「楽しんでいたのか……」
相変わらず猫娘は無邪気だ。
その行動を私は幼い子どもだから仕方ないと思うことにした。
猫娘の見た目はニホ様と変わらないくらいだが、実のところ年齢はその半分だったからだ。
姉猫から獣人は獣に近いほど成長するのが早いと教えてもらった。顔や手など猫要素の強い猫娘が見た目より幼いのは当たり前なのだ。
この世界にきて、エルシーやレニーのようなしっかりした子どもばかりを見てきたから、それが基準になっていたことも考え直した。
今も馬車が揺れる度に、上から楽しそうな声が聞こえる。
「この道、だんだん細くなってるぞ」
「このまま抜けられなかったらまずいのではないか?」
「どうすっかな。戻るにしても、馬車の向きを変えられる場所がないと方向転換もできねえしな」
「入口は広かったですし、進入禁止の立て札もなかったので、きっと私たちと同じように馬車で入り込んでしまう人たちもいますよね。だから、このまま前進することはできると思うんですけど」
「そうだね。町の人だって使ってるはずだよ」
「そうだったらいいけどな」
どちらにしろ、広い場所が見つからない限り、私たちはこのまま進むしかない。アーサーが選んだこの馬が力強いおかげで、多少道が悪くても問題はないようだしな。
このまま止まらず一気に駆け抜けてしまう方がいいだろう。
そう言っても、道幅が狭くなってきて、見張り台にはさっきよりも強く枝が当たっている。気にはなるな。
しかも、天気が怪しくなっている。枝が掛かってトンネルのようになっているために空が見えない。だから薄暗くて、そのことに気づくのが遅れてしまった。
「冷たっ」
「雨が降ってきた」
とうとう降りだしたようだ。
「こんなところで天幕は張れねえから、チャムとティナは馬車の中に避難しとけ」
「しかし……」
猫姉がいまだに渋るのは、まさか野生の勘なのか? ここには絶対王者がいるからな。ヒナも初めのうちはニホ様を警戒していた。
猫姉が迷っているうちに、雨脚が強くなってきている。それでも、猫姉妹はしっかりした外套を着ているから、無理を言うのもなんだし、どうするかは本人たちに任せよう。
そんなことよりも山道の方が今は心配だ。
テンゴウ山で雨に降られた時も、実体化していると足元がすべって前に進むのが大変だった。
それは馬車も同じだ。特にこんな舗装されていないような道を走っているのだから。
そんな心配をしていた時だった。馬車の近くでゴオオオオオンとすごい音が轟いた。
「うわあっ」
どこかで落雷があったらしい。
驚く十也の正面にいるニホ様はいつも通りだ。まあ、それはそうだろう。ニホ様が雷を恐がるはずがない。
「すごい音でしたね」
「雨と雷も酷いし、無事辿り着けるか心配だよ」
「チャムーーーー」
その瞬間、外から猫姉の叫び声が聞こえた。
「ティナさん?」
「チャムちゃん、どうかしたのかな」
ヒヒイイイイン。
それと馬の嘶き。それとともに馬車が急停止した。
「うっ」
「アーサー!? 何があったのだ」
「チャムが馬車から飛び降りた」
「どうして?」
「雷に驚いたらしい。それでティナがチャムを追いかけて行った」
「音がすごかったからな。私が誘った時に馬車の中に入っておけばよかったものを。それでどうする?」
「待つのはもちろんだが、こんな雨の中を探しに行くのは無謀だな」
身に覚えがあるからそれは十分わかっている。雨の中に独りぼっちでいるのは心細いことも。
「姉猫だけで探し出せるだろうか」
「童はだめですよぅ。迷子が二人ににゃっちゃいますから。我が行ってきますよ」
「悪いが頼む」
「我なら、童の気配でここに戻ってくることが出来ますから問題ありません、では」
馬車から出て行こうとしたネコ。
「ちょっと待って、ミケ」
それをニホ様が止めた。
「私に任せてもらえませんか」
「どうしたの二宝さん?」
「にゃにをですか?」
「魔法で試してみたいことがあるので、上手くいけばチャムさんたちを見つけられるかもしれません」
そう言ってからニホ様は静かに目を閉じた。




