184 座敷わらし、預言の書を読ませる
「二宝さん、このあとちょっといいかな」
「え? ――はい。大丈夫ですよ」
朝食後に十也から話があると呼び止められたニホ様は、十也からの誘いに驚いたのか一瞬固まる。が、すぐに嬉しそうな表情になり返事をした。
今まで二人きりになる機会などなかったからな。
この件は打ち合わせ済だったので、アーサーがからかうこともなく、二人を食堂に残して、私たちは旅の準備をするために、各々の部屋へと移動した。
「あいつら実際のところはどうなってんだ? こっちに来る前からの知り合いなんだよな?」
階段を上りながらアーサーに質問されたが、私もその辺のことはよくわからない。十也たちが知り合ったのは中学校に入学してからみたいなので、たぶん一年ほどの付き合いだろう。
「十也の家で暮らしてはいたが、私は外での出来事はまったくわからん」
「ニホの態度は誰が見てもわかりやすいと思うんだけどな。トーヤは気づいてないのか?」
「たぶんな。それに、特別視もしてないようだ」
ニホ様からバレンタインデーにチョコレートを貰ったというのに、あの日、まったく浮かれた様子はなかった。
好きな相手からなら、たとえそれが義理チョコだったとしても喜びそうなものだ。
「もったいなくて手をつけられないなんてこともなく、躊躇もせず私の目の前でバクバク食べていたからな」
「あ? なんのことだ?」
「いや、なんでもない」
「まあ、仲間同士で恋愛関係のいざこざは困るから、今のままの方が都合はいいけどな」
アーサーがそれを言うのか……。
まあ、今はトラブルを起こしてはしないからな。
そんなことよりも、十也の話が、フェルミからエウリュアレ様を引き離してほしいという依頼だと知ったらニホ様はがっかりするだろう。
ニホ様は、私には手伝えと言ってはいるが、積極的な行動はオークションの時くらいで、本人に気持ちを伝えたりはしていないし、十也の方もニホ様のことをどう思っているのか現状はわからない。
その返事次第では恐ろしいことが起こりそうな予感もする。こちらの世界にいる間は何事もなくすごしたいので、アーサーと同じく私もあえて十也に聞くつもりはないのだが。
◇
「お主の羽の色は、青というより瑠璃色だな」
「ぴぴっ」
旅の準備と言っても、もともとそれほど荷物もないので、私はニホ様がやってくるまで、与えられた個室でフェルミとエウリュアレ様を横目にヒナと戯れていた。
「エウさん、ちょっと相談したいことがあるんですが、今いいですか?」
部屋に入ってそうそう、ニホ様はエウリュアレ様に声を掛ける。
「わたくしに相談? 珍しいこともあるものね」
「ええ、エウさんが一番経験豊富だと思うので、お願いしたいんです」
ニホ様の言葉で何を思ったのか、蠱惑的な表情で笑う。今までの流れでニホ様からの相談。
十也絡みだと思っていそうだ。
「それで? どういった内容かしら?」
「ここではちょっと」
私に視線を向け、他の者には聞かれたくないという態度をとるニホ様。
「外に行きませんか。中庭に素敵な場所を見つけたのでそこでどうでしょう」
「わたくしは別に構わないわよ」
「ということで、フェルミちゃん、お楽さん、ちょっと行ってきます」
「はーい。いってらっしゃーい」
「荷造りの準備もほぼ終わっておりますから、お二人はごゆっくりどうぞ」
十也に頼まれたからだろう。上手い具合にニホ様がエウリュアレ様を連れ出してくれた。
私はドアが閉まると同時に急いで隠してあった白布の本を取り出す。そしておもむろにフェルミの前に差し出した。
「急いでこれを読んでくれ」
「え!? 何?」
「これにはフェルミにとっても、とても重要なことが記されているのだ。説明はあとでするから、とにかくエウリュアレ様が戻ってくるまでに頼む」
「なんだかわからないけど、わかった。読んでみる」
フェルミは本を受け取ると、すぐにページをめくり始めた。
「いちから全部を読むほどの時間がないから、とりあえず栞の挟まっている部分だけに目を通してくれ」
「うん」
始めは不思議そうだったフェルミの表情が徐々にしかめ面に変わっていく。
魔法使い協会の事件後にアーサニクスと出会ったところまで読み終わってから彼女は顔を上げた。
「なんでこの本にあたしやエウが出てくるの? ブランさんとは初めて会ったばかりなのに」
「それは――預言の書みたいなものだからだ」
「預言の書?」
「本当だったら、フェルミはアーサニクスに救われて仲間になるはずだった。ところが、我々がこの世界に転移したため、未来が大きく変わってしまったのだ」
「よくわからないけど、この本の内容が間違っているんじゃないのかな? あたしが世界を救う人の仲間になれるとは思えないよ。誰かと争うなんて怖いし」
アーサニクスと出会った時のフェルミは、感情が抑えられていて、目の前のフェルミとは性格が違いすぎる。
やはり今のフェルミにアーサニクスの仲間になれと言うのは酷だろう。
「フェルミがそう思うのなら、リーニアの町に戻ってから、エウリュアレ様と好きなように暮らせばいい」
このまま二人で冒険者を続けるもよし、魔法の才能を生かせる職を探してもよし。
フェルミの穴埋めは私たちでするしかないだろう。魔法が使える要員としてはニホ様がいるから大丈夫だとは思うが、私と十也は主人公の仲間になることが出来るだろうか?
「うーん、やっぱりよくわかんないけど、とりあえず、最後まで読んでみる」
その後フェルミは、エウリュアレ様たちが戻ってくる直前まで本を読み続けていた。
◇
「あら? わたくしたちがいない間に何かあったのかしら」
エウリュアレ様は部屋に入るなりフェルミの姿を凝視した。自分のことが書かれている本を読んだあと、フェルミは困惑状態が続いていたので、それに気がついたようだ。
「ううん、別に」
本の中のエウリュアレ様は、扱いがよくないため、絶対に見られたらまずいと言ってある。フェルミもそれには同意しているのでとぼけるしかない。
「フェルミはわかりやすいから、誤魔化してもすぐにばれるわよ」
「別にたいしたことじゃないよ。リーニアの町に帰ったら、オラクちゃんたちとお別れすることになるのかなって思ったら寂しくなっただけだもん」
「私が、リーニアの町に戻ってから、エウリュアレ様と好きなように暮らせばいいとフェルミに言ったので……」
嘘ではないので真実味はあるだろう。
「あなたたちは、元の世界に戻る手がかりを探しているのだったわね」
エウリュアレ様がニホ様と私に視線を向ける。
「はい。私たちはアーサニクスを探さなければなりませんので」
「アーサーの本物の方?」
「そうです。私たちにとっては、たぶん彼が一番重要な人物なので。ニホ様と十也と一緒にアーサニクスを追うと思っています。これからは間違いなく危険も伴いますし、ラトレルさんともこの旅が最後になります」
「確かに、ニホがいるのであれば、たった三人でも問題ないかもしれないわね」
「ねえ、この話はしんみりしちゃうからもう終わりにしようよ。旅はまだ一ヶ月近くも続くんだから」
フェルミは無理に笑顔をつくって話に区切りをつけた。




