182 座敷わらし、本の中身を暗記する
「そんなことじゃないよ。この本を読めば先回りもできるんだし」
「では、何をそんなにしょっぱい顔をしているのだ」
「えっと、ちょっとこっちに来て耳を貸してよ」
十也に腕を掴まれて、部屋の隅に連れて行かれた。そんな私たちを皆が不思議そうに見ている。
「あ、僕たちのことは気にしないで、世間話でもしててください」
「樫くんがそう言うのなら……」
ニホ様、私を睨まないでください。
あとで、ちゃんと教えますから。
「それで? 何を気にしているのだ}
十也が心配していたのは現状が小説から乖離していることだった。
アーサニクスの仲間になるはずのフェルミを我々が救ってしまったため、孤児院に悪魔祓いが呼ばれることも、魔法使い協会の支部に連れて行かれることもなかった。
それに、リーニアとメテヴァスの町、どちらでも魔法使い協会の襲撃の話は出ていなかったと思う。
フェルミが連れて行かれた場所は近隣にあるはずで、担当眼鏡がそんな大事なことを伝え忘れるわけもない。
もともとの話から大筋が変わってしまったか、魔法使い協会がその事実を隠しているかのどちらかだろう。
「わかっていることは、フェルミちゃんがいないことで、アーサニクスの戦力が大幅に削られてしまったということなんだ」
「確かにな」
「敵との戦闘がギリギリの状態だった場合、負けることもありえるんじゃないのかな?」
「それは、まずいなんてものではないぞ。すぐにでも、フェルミを主人公のところに連れて行かないと!」
「そう言っても、フェルミちゃんの気持ちもあるから、僕たちがそれをし付ける訳にはいかないけどね。あとさ……」
十也が危惧していたことは、それだけではなかった。
小説に出てきたエウリュアレ様のことを心配していたのだ。
私が読んだページでは扱いが酷かった。
モブではないが、フェルミのおまけというか……誘拐犯には一瞬でやられてしまうし、あれを見られたら、絶対に機嫌を損ねてしまうと思う。
この後、物語のどこかで活躍している場面があればいいのだが、二度と出てこなかったらどうなることか。
書下ろした白布が悪いわけではないが、嫌な予感しかしない。
「ね、絶対見せたらだめだと思うよね?」
「そうだな。しかし、心配などしなくても、エウリュアレ様はこの本に興味などないのではないか?」
「だったらいいんだけど、万が一のことがあれば、怒りの矛先がどこに向かうかわからないからさ」
「一番危険なのは、あれを書いた白布だな」
それに、私も八つ当たりされそうな気がする……。
「後でじっくり読み込むつもりだけど、たぶんその誘拐犯がラスボスっぽいんだよね。この本を参考にしてアーサニクスを追うなら、その時はエウリュアレ様が逆にいい戦力になるとは思うけど……」
「そいつに会うまでは隠し続けて、最終決戦になった時に見せたらいいのか。ということは十也も主人公の仲間になるつもりか?」
「その時になってみないとわからない。実力的についていけない可能性もあるし。でも、アーサニクスはフェルミちゃんと会えないと絶対に困ると思うんだ。だとしても、話が変わってしまった今、彼女にいきなり仲間になって行動しろなんて言えないし、すぐにいい案は浮かばないよ」
「それでも、合流だけはしておくべきだな。主人公が次に向かう町はどこだ?」
「時系列を調べてからじゃないと、また行き違いになっちゃうから、ちょっと待ってよ」
「それは十也にまかせるから、絶対に会える場所を見つけてくれ」
「うん。わかった」
二人でこそこそと話している間に、今日はこの屋敷に泊まることが決まっていた。
白布とニホ様が日本の話がしていたらしく、もっと話が聞きたいので是非にと言われて受けたようだ。
ここで仲間がバラバラになるのも心配だからと、ラトレルさんとアーサーも了承していた。だから予約してある宿屋はあとで取り消しにいくそうだ。
「我々は元の世界に戻るつもりだが、お主はどうする? その気があるのなら一緒に行く必要があると思うぞ」
「僕は転生してから、ずっとブラン・アムーリンとして暮らしてきたからな。君たちとは違って、この世界に馴染んでいるのだ。日本で誰にも気がつかれないような、つまらない日常を送る気にはなれん」
もとの世界に戻って、妖怪として過ごす選択は全くないと言う。
「そうですか。でしたら、この本を譲っていただけないでしょうか。僕たちにはどうしても必要なものなんです」
「そう言われても、それはこの世に一冊しかないものだからな……もう一冊、書き写すにしても時間はかかるしな……」
「でしたら、必要な個所を書き留めたらいいのではないですか? 樫くんが読んだ後に私も目をとしておきますし。お楽さんと三人で確認しておけば落ちはないと思いますから」
「そうだね。だったら、急いで読むよ」
その辺は、ニホ様と十也に任せておけば大丈夫だろう。もちろん私も覚えるつもりではいるが。
「すみません。紙とペンを借りてもいいですか」
「ああ、すぐに用意させよう」
その後、十也たちと一緒に私は本の確認に取り掛かった。
暇になったアーサーたち四人は運ばれてきた食事を取りながら、各自好きなようにくつろぎ始める。
ラトレルさんは槍の手入れをしているし、エウリュアレ様とフェルミは、デザートで出された果物のシャーベットをおかわりして舌包みを打っていた。
美味しいを連発している二人の声が気になったので、私たちも本のチェックを中断して食事に取り掛かかることに。
出された食事はコース料理になっており、マナーなど知らない私は、ニホ様の真似をしながら料理を口に運んでみた。
「なんだこれは! 上手い、上手すぎる! 白布はいつもこんなものを食べているのか?」
「まあ、一応これでも侯爵家の息子だからな。それより、僕のことを白布と呼ぶのはやめてもらいたい。今は妖怪ではないのだ」
「おう、すまん」
言われてみれば、白布は冒険者さえも恐れる貴族だったな。
「そうだ。お主に見てもらいたいものがあるのだが今いいか?」
「構わんが? なんだ?」
私はネコが吐き出した魔玉もどきを背負い袋から取り出した。
アーサーの知り合いの鑑定士に見てもらったところ、やはり、鋼鳳の魔玉に近いらしいということだけはわかった。しかし、初めて鑑定したので、性能については不明らしい。
「魔玉のように見えるが? それにしては小さいな」
「貴族の屋敷では使っているのだろう? これに魔力をためて使いたいと思っているのだが、この屋敷にそういったことに詳しい者はおらぬか」
「照明用の魔道具には使用しているが、魔道具師でなければ根本的なことはわからないと思うぞ。必要なら店にいるだろうから、呼び出すが?」
どうせ二、三日はここで世話になると思う。
「そうしてもらえると有り難い」
「では、できるだけ早く連れくるとしよう」
快く承諾した白布だが、その目は、チラチラとエウリュアレ様を気にしていた。私たちに協力的なのはエウリュアレ様を恐れているかららしい。
その気持ちはよくわかるので、私には仲間意識が芽生えていた。




