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181 座敷わらしは状況を知る

 魔法使い協会に連れて行かれたフェルミは異端者として監禁されていた。

 麻痺の効果が切れて目を覚ましてからも、近づこうとする者には魔法を使って撃退していたからだ。


 ――無意識みたいなので、狼と遭遇した時と同じような精神状態だったのだろう。


「気になって調べてみたんだが、この娘、何年か前に協会から打診をしていたようだぞ」

「魔法をまったく使えなくなって、有力者リストから外されておったはずだ。しかし魔力だけはあるようだな」

「今は悪魔に能力ごと乗っ取られているのか」


 ――すべて、フェルミが一人で起こしていることだったから、悪魔祓いが何をしようと事態が好転するわけがない。その場に払うべき悪魔……この場合はエウリュアレ様だが、すでに、フェルミの手によって封印場所に返還されていたから見当違いもいいところだ。


「憑りついている悪魔を封じ込めるには、娘の方を弱らせた方が早いだろう」

「動けなくしてから、儀式を始めるとしよう」


 フェルミはそのまま放置されて、食事もとれない状態で三日ほどたっていた。彼女の体力が尽きたこともあってか、憑依していた悪魔は最後の手段に出ることにしたようだ。


 なんと、自分自身の身体をフェルミに召喚させたのだ。彼女も、寂しさとつらさで限界だったために、助ける言う悪魔の囁きに応じてしまった。


「なんだ!?」


 その場に現れたのは艶めかしい服装をした青い髪の少女だった。


 ――死にかけて正気に戻ったんだろうな。だから、たった一人の味方であるエウリュアレ様を召喚したんだと思う。


「なんて破廉恥な悪魔だ」

「そのような姿で我々を誘惑する気だろうが、おまえの手に乗る者など、ここにはおらぬわ」


 ――エウリュアレ様の格好はラトレルさんたちも目を背けるほど露出が激しいから、そう言われても仕方ない。


「この悪魔はそれほど強敵ではないようだぞ。他に方法がないから、魅了などを仕掛けてくるのだからな」

「娘の方の能力さえ押さえてしまえば、どうすることもできまい」

「悪魔の方は放っておいて、人間の方を狙え」


 ――物語の中では、なぜかエウリュアレ様は末端の悪魔扱いで、悪魔祓いたちからは無視されていた。

 エウリュアレ様がそんな状況を許すはずもなく、切れたようだ。


「やられたことはやり返すわよ」


 その悪魔はやはり魅了の使い手だったようだ。協会の悪魔払いたちは、幻覚を見せられ、視界を妨げられていた。

 恐怖心があおられ混乱させられたあとは、手あたり次第に麻痺魔法で動きを封じられていく。


 ――フェルミに絆されていたこともあるだろうし、取るに足らない者扱いを覆すためだろう。


「フェルミも手伝いなさい」


 その後、悪魔に命令された少女は、突然それまでと雰囲気が変わる。


 今までは、悪魔払いたちに対して怯えているように見えていたのだが、顔から表情が消え、瞳からも光がなくなった。どこを見ているかわからない。

 かと思うと、今までのような、何もかもを巻き込むような力任せの魔法ではなく、悪魔払いたちに向かって的確な魔法を放ち始めたのだ。


 やられた協会の方も黙っているわけがなく、悪魔を消滅させようと躍起になっていた。


 自分たちが持ち込んだ悪魔によって、協会が返り討ちにあったなどと恥さらしもいいところ。


 この時、支部最大の戦力を動員して十人態勢で撃退にあたったのだが、攻撃魔法はフェルミの風魔法によってことごとくかわされ、一撃すら加えることができないでいた。


 だからと言って、協会にいた魔法使いたちも弱いわけではなかったので、逃げ出そうとする悪魔たちと、逃がすわけにはいかない教会との間で頓着状態になる。


 ――怯えるフェルミから感情を奪って戦力に加えたのだな。本気になったエウリュアレ様とフェルミの強さは半端がなかったようだ。


 ところが、この後、魔法使い協会は最悪な事態に陥ることになる。

 たった一体の悪魔を封印することもままならず、手をこまねいていたというのに、新たな敵が現れたのだ。


「魔法使い同士の仲たがいか? 私には都合がいいだけだが」


 その場にやって来たのは、なんと近ごろ噂されている、魔法使いだけを狙った誘拐犯。


 もちろん警戒はしていたが、協会を直接襲撃するとは誰も思っていなかった。しかも悪魔の反撃を食らっているこの状況で、敵が増えてしまうとは災難としか言いようがない。


 悪魔と、操られているフェルミによって、戦闘不能状態にされている魔法使いが多数。


 誘拐犯にとってもこんな幸運は滅多にないだろう。戦わずして、麻痺している魔法使いを回収できるのだから。


「あっちに人を回せだと?」

「こちらも手一杯だが仕方がない。ここはお前たちに任せるから、なんとかしのいでほしい」

「見習いたちでもいいから、寄越してくれ」

「了解した」


 焦った協会は犠牲者が出ることも厭わず、下っ端の魔法使いたちを盾にして後ろから魔法を放ち始めた。


 三つ巴の状況が続いていたのだが、何にも終わりはくる。


「魔力がつきそう」


『悪魔』対『魔法使い協会』対『誘拐犯』の混戦状態が続いた時、フェルミが抑揚のない声色で悪魔に告げた。


 潤沢な魔力の持ち主とは言え、三日も飲まず食わずだったフェルミの消耗は激しかった。


 魔力がなくなれば、それを源として魔法を使っている悪魔には何の力もない。

 このままでは、協会側に消滅させられてしまうだろう。


 そしてフェルミも魔力枯渇で動けなくなる。

 これだけ暴れて協会に迷惑をかけた人間を、魔法使い協会が手堅く保護をしてくれるはずもない。このままでは誘拐犯に連され去れる可能性が高かった。


「その前に逃げるわよ」


 ――エウリュアレ様も敵に背中を向けることもあるのだな。まあ、この場合は逃げるが勝ちだと私も思う。


 しかし、それがあだとなって、建物の外へ脱出する前に誘拐犯と鉢合わせしてしまう。


「珍しいな。悪魔が具現化しているか? しかし、おまえなど何の役にもたちはしない。邪魔だ、消えろ」


 誘拐犯に進路を塞がれたその瞬間、青髪の悪魔の姿が霧散した。


「エウとの繋がりがすべて切れた?」


 少しは驚いているのか、フェルミがつぶやく。


「お前は――死に掛けているな。目障りだ。おまえも失せろ」


 悪魔とのつながりが深く、彼女は精神を侵されている。その上に、協会からされた仕打ちのためフェルミの性格はそれまでと大きく変わってしまっていた。


 感情と生への執着がなくなり、魔力や体力がつきかけていた。しかし、そのおかげで誘拐犯から興味を持たれずに済んだのだ。


 見逃されたので、最後の力を振り絞って協会からの逃亡を図るフェルミだったが、それほど移動することもできずに力尽きてしまう。




「おーい、大丈夫か?」

「息はしているみたいだから、回復魔法を掛けておくわ」


 そこで彼女を拾ったのが、魔法使い協会に向かっていたアーサニクスとその仲間だった。




 ――最悪だ。

 主人公はリーニアの町の近くにいた。

 アムーリンまで三週間近く掛かっている。これからすぐに戻ったとしてプラス三週間。旅をしている彼らは、その間にどこかへ移動してしまうだろう。


 会えるタイミングを外してしまっていた。


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