179 座敷わらし、白布の話を聞く
「白布なんて妖は聞いたこともないぞ。ネコはどうだ?」
「我も知りません。個体数が少にゃい珍しい妖怪だったんでしょうか」
「無名で妖力もなさそうなのに、何故あれほど上から目線だったのか不思議だな」
「我たちだけにゃら、自分が大妖だって騙せると思ったんじゃにゃいですかねぇ。モブを気にしていたくらいですし、いきりたかったんですよきっと」
「マウントを取ろうとして失敗した。ということか。愚かだな」
「ですよねぇ」
床にへばりついてる預言者を横目に私たちはそんな話をしていた。
「こそこそと、そんなこと話してないで、助けてあげれば? 妖怪仲間なんでしょ?」
十也はそう言うが、私たちにエウリュアレ様を止められるはずがないだろう。
「悪いが、我らも動けないのだ」
身体がビリビリしている。だから、その役目はフェルミとニホ様に任せておく。
「エウさん、もうそのくらいで。このままでは話が進みません」
「あら、わたくしは何もしていないわよ」
「霊力全開のくせにー。かわいそうだから抑えてあげてよ。まさか、本気で何かするつもりじゃないよね」
人間組の十也やアーサー、ラトレルさんはこの重圧がわからないようで困惑している。フェルミだけはエウリュアレ様と魔力で繋がっているので探知できているようだが。
「力の差を見せただけじゃないの。それに、こんな小物、何の糧にもなりはしないわ」
二人から窘めらたからか、エウリュアレ様の気配が消失した。
「申し訳ありませんでした」
再度エウリュアレ様に謝罪してから、預言者はそろそろとその場に立ち上がる。その顔は青白く精気がなくなっていた。
「なんだかわからねえが、まあ、とりあえず座れよ。俺たちは敵対するつもりなんてねえし」
「そうですよ。僕たちはブランさんには聞きたいことがあるし、出来れば協力してもらいたいんです。そのためにここまで来たんですから」
エウリュアレ様のように脅して吐かせる手もあるが、先のことを考えると穏便に済ませたい。貴族とのパイプはつくっておいた方が、都合がよさそうだからな。
「エウは気が晴れたみたいだし、なんでしたら、あたしたちは外に出ていましょうか?」
「何もしていないのに、わたくしが悪者扱いなのはちょっと腹立たしいわね」
「ひっ」
再びエウリュアレ様に睨まれた預言者が、叫び声を飲み込んだ。
「もう、エウは黙っていて」
フェルミに怒られたエウリュアレ様はそれを無視して涼しい顔をしている。
絶対に楽しんでるよな。
はたから見たら、木っ端扱いの私もあんな感じなのだろうか。
「すみませんが、その本をお借りしてもよろしいですか」
「あ、はい。どうぞ」
ニホ様が頼むと、預言者は恭しくそれを差し出した。あれには、すべてが記されているはずだ。
受け取ったニホ様は、すぐに本を十也に渡した。
「僕が先に読んでもいいの?」
「はい。お願いします」
十也がページを開いて、中を確認している。
「文字は読めそうか?」
「日本語だから大丈夫だと思う」
十也が読んでいる間に、私が預言者に話を聞いておくとするか。
「なぜお主は陰陽師に封印されたのだ」
「あの頃は、姿もおぼろ気になっていて、誰とも交流がなかったから、することもなかった。だから、暇潰しに図書館で読書をしていただけだ」
「それだけで陰陽師が動くとは思えませんが」
「我たちも見逃されていましたよ」
我たち?
ネコは日本で陰陽師と会っていたのか?
我たちとはニホ様のことか?
そう言えばニホ様と初めて会った時に
『ニホ様はあれから大丈夫でしたか?』
『ええ、平気よ。心配させたわね』
という会話をネコとしていたが、あれは陰陽師がらみの話だったのか?
「本を床にばら撒いていたのがまずかったらしい。陰陽師が通っている学校だったのか、たまたま見つかって退治されてしまった。というわけだ」
話を聞こえたのか、十也が本を読むのをやめて顔を上げた。
「きっとそれが僕たちの学校だったんだね」
「白布さんが封印されていたその本を、樫くんが借りてしまったせいで、この世界に転移するような何かが起こってしまったんですね」
ふたりでこちらに視線を向けたが、私のせいだけではないぞ。たぶん……。
ここで言うことはできないが、『冒険者アーサーと天上人の末裔』という本が、いわく付きだったから引き金になったのは間違いなさそうだが、それでも、絶対にチョコレートのせいだと思う。
「貴族の息子として育っているうちに、地名に既視感を覚えてな。気になっていろいろ調べているうちに、ここが白布の時に読んだ『冒険者アーサーと天上人の末裔』という本の世界と類似点が多いことを思い出した。そして、自分が陰陽師によって封印されたこともな」
「その本はすべて読んだのか?」
「ああ、だから忘れないうちにと思って内容を書き留めておいたのだ」
「フェルミ以外の登場人物に会ったことは?」
「アーサーが別人だというなら、まだその娘だけだな。しかし、最近魔法使いの失踪事件が続いているというから、本物のアーサーが幼馴染を助け出すために動き始めているはずだぞ」
なんだと?
「魔法使いが行方不明になっている件は、主人公と関係があるのか?」
「そこから物語が始まるのだ。天上人の末裔が魔法使いたちを集めているからな」
そもそも天上人の末裔ってなんだ?
「まずはブランさんの本を熟読することから始めた方が理解が早いのではないでしょうか」
「十也、何かわかったか?」
本に目を通している十也に確認してみた。
「うーん。まだ序章しか読んでないけど……」
「何かまずいことでもあるのか?」
「まずいって言うか……」
歯切れの悪い十也。
言いよどむほどの何かがあることは確かだろう。まさか、この物語はすでに終わっているのか?
「このページから、ここまで読んでみてよ。僕が戸惑っている理由がわかると思うから」
「ふむ」
本を十也から渡されたので、言われた部分に目を通す。
それはフェルミがアーサーニクスと出会うまでの話だった。




