175 座敷わらしと盗賊
「久しぶりですねぇ。ゴリラ」
ネコが言うように、今私はゴリラに変幻している。
そして、馬車の屋根に設置した見張り台の上からネコと一緒に周辺を警戒しているのだ。
さっきまではいつも通り人型でいたのだが、見るからに怪しい集団がこちらに近づいてくることに気が付いたので、姿をゴリラに変更しておいた。
「わらしはゴリラ好きですもんねぇ」
「別にそんなことはない」
この世界に来た頃は使い勝手がよかったのでゴリラにばかりなっていたが、最近はどちらかと言うと運搬用の馬の方が多い。
運搬用と言えば馬車用の馬を探していた時に、馬以外の魔物を見ることが出来たのは幸いだった。
重量のない馬車であれば、爬虫類系の魔物と大型の鳥類が使える。爬虫類のほうは見た目は恐竜のラプトルに似ていて機敏そうで、鳥類はダチョウをもっともっさりさせた感じで安定感がありそうだった。どっちも馬車を引かせるよりは騎乗した方がよさそうだ。
もちろん、機会があればこらから私も変幻するだろう。
さっきから、ネコはゴリラゴリラと楽しそうだが、どちらかというと猿類はトラウマになっている。
私は好きではない。
「ラトレルさん、騎馬で冒険者風の集団が近づいてきているから気を付けてくれ」
「ああ、アーサーが準備しているからこっちは大丈夫だよ。オラクたちの方こそ気をつけろよ」
二頭立ての馬車の御者をしているラトレルさんから返事があった。
「こっちもまったく問題ないぞ」
屋根の上にいるのは攻撃が効かないネコと私だけだからな。
御者台にいるラトレルさんとアーサー以外は、皆馬車の中だから、何かあってもニホ様とエウリュアレ様に任せておけば大丈夫だろう。いつも私の頭に乗っているヒナも今はフェルミに預けている。
「なあ、たぶん私は目立った方が効率はいいのだろうな」
「おとりですからね。そうだと思いますよぅ」
とりあえず、自分の胸を叩いてドラミングしてみる。ついでに『ウッホ、ウッホ』と大声も出してみた。
「見てます。見てます。注目されてますから、とてもいい感じですよぅ」
荒野を進む馬車の上で、ゴリラが大騒ぎしている。普通の人間だったら気にならないわけがない。
「あ、やっぱり盗賊か」
アーサーがそう言ったのは、冒険者風の男たちが私目掛けて魔法で火球を放ったからだ。この馬車はラトレルさんが操っていて、その隣にはアーサーがいる。明らかに所有者がはっきりしているのにだ。
声もかけずに攻撃魔法をいきなり仕掛けて来たということは、善人では絶対にない。
こういった場合、ゴリラは従魔の可能性が大きいと判断されるはず。それがたとえ得体のしれない生き物だとしても。
それを丸々無視して私に攻撃してきたということは、まず危険性のある従魔を排除してから馬車を襲うつもりなのだろう。
まあ、相手が盗賊だと確定させるために、私はあえてゴリラで目立つ行動をしていたわけだが。
魔法が私に当たったところで全く支障はない。ドラミングしていたその胸で、飛んできたものを受け止めて弾き飛ばした。
この程度の魔法では馬車本体はびくともしないから中の皆は安全だ。始めから魔法で襲われる可能性も考えて、かなり頑丈にしてあるから車体に当たったところで多少うるさい程度だろう。
「すごく驚いてます。魔法に自信があったんでしょうねぇ。首を傾げてますよ。あ、まだ頑張るみたいです。こっちに杖を向けました。諦めが悪い人たちですね、まったくぅ」
ネコが呑気にそんな解説をしていると、私たちに向けて火の玉が次々と飛んできた。
「三人掛かりだな。やつらはやけになってるのか?」
「ちょっと! 我にも当たったじゃにゃいですか、もう」
炎が何発かネコをすり抜けたようだ。文句を言いながら、ネコはその場で毛づくろいを始めた。
そんな様子も腹ただしかったのか、魔法使いたちがとてもしつこい。
炎以外も何か当たっている感じがするから、たぶん、風魔法とかも使い始めたんじゃないだろうか。どんなに頑張ったところで、悪魔祓いでもあるまい、普通の人間が私を倒すことなど不可能なのだが。
「ここは私に任せてください」
らちが明かないので、私たちのやりとりを聞いていたニホ様が、馬車の小窓から冒険者風の盗賊どもの手元に向けて電撃を放つ。
それは痛みも伴っているとは思うが、たぶん痺れるくらいだったのだろう。やつらは手綱から手を離して振っている。中には落馬する者もいた。
自分たちの攻撃は効かず、ほぼ全員に、一斉攻撃を食らった盗賊たちは、流石にこれ以上の手出しは分が悪いと思ったのか、その後は馬車を追いかけては来なかった。
「ちょろいな」
やれやれと、好きではないがゴリラは有能だと考えていた私のそばで、突然、ネコがおかしな行動を始めた。
「うげえええ」
となりでいきなり嘔吐したのだ。
口からものを摂取しない妖精だぞ? 私も沼蟹との格闘中に似たような現象はあったが、なぜ今ネコが?
それにしてもおかしい。妖精になった時点で、ネコが普通の猫みたいに毛玉を吐くことなんてありえないはずだ。それなのにネコは何かを吐き出した。
「ネコちゃん?」
ネコの声が聞こえたのか、ラトレルさんが心配して、屋根をちょこちょこ振り返る。
危ないから御者に集中してくれ。
「ネコの様子は私がみる。まだ、近くに盗賊がいるから馬車はそのまま速度を緩めずに走らせたままで頼む」
「ああ、わかった。もう少し進めて、どこか安全な場所を探すよ。それまで、悪いけどネコちゃんは我慢してくれな」
「我は大丈夫ですよぅ」
吐いただけで、その後ネコはけろっとしていた。本当に猫っぽいな。
「ネコちゃんの体調が悪くなるなんて今までなかったのに」
「ミケ、本当に大丈夫なの?」
馬車の中からも心配の声が上がる。
「はい。もうにゃんともありませんから。ご心配をお掛けしてすみません」
「それにしても、いったい何だこれは?」
それは赤っぽい石のような、金属のような不思議な球体だ。
「どうした?」
アーサーが御者台で立ち上がって状況を確認しようとしていた。
「えっと、にゃんですかねこれぇ?」
ネコは自分の身体がちゃんと動くことを確認したあと、自分が吐き出した物体に視線を向ける。
「ネコにもわからないんだな」
私はその物体を手に取ることに躊躇して、見つめるだけだったのだが。
「これ、あれに似てるな」
謎の球体を何の戸惑いもなくアーサーがさっとつかみ上げた。そしてそれを手の平に乗せて観察を始める。
「アーサーは、これが何だか知っているのか」
「いや、これ自体は初めて見たが、鋼鳳が作る魔玉の小さいやつじゃねえかな。山で拾ったことがあるし、貴族の館にもあったぞ」
鋼鳳の魔玉は、そんな簡単に山で拾えるものではないはずだが、そこはアーサーだからな……。
「魔玉って、魔道具に使うっていう魔玉のことだろう?」
「おう、実際の魔玉は直径が五センチくらいあるけどな」
ネコが吐き出した魔玉もどきは直径が一センチほどで、実際のものよりはかなり小さいらしい。
「そう言えばオークションで出品されていたのがあったな。遠くだったからよく見えなかったが。確かにあれと似ている」
「念のため誰かに鑑定してもらえばいい。本当に魔玉の小さいやつだったとしたらすげえことだぞ」
ここで素人が言い合っていても答えが出るわけでもなし、アムーリン領についてからアーサーが知り合いの鑑定士に依頼してくれることになった。
もし、本当にネコが魔玉を作れるのであれば、それに魔力をためて十也が魔法を使うことも可能になるかもしれない。
そんな出来事があってから、ネコは自ら魔法にあたりに行くようになって、盗賊たちのやる気を削いだ後、ニホ様が電撃を食らわすという一連の流れで、私たちは絡まれてもほとんど無駄な争いをせずにひたすら馬車を西へと走らせていた。
徒歩だった時とは、速度が格段に違う。
おかげで、予定よりもかなり早く目的地のアムーリン領へと到着したのだった。




