174 座敷わらし、馬車を購入する
「十也も、結構仕留めているな」
「猿たちがこっちを狙っていて、動かなかったからね。逆に逃げ出されていたら難しかったかも」
「そうだとしても、腕を上げたな」
焦げ跡も切り傷もない一番きれいな状態の爪猿は十也がスリングショットで撃ち落としたものだ。
頭部の急所を一撃。猿くらいの魔物であれば一発で狩れるほどの腕前に成長していた。
仲間があまりにも普通ではないため、十也の活躍が目立つことは少ないが、もともとただの中学生だった十也が、数ヶ月でこの世界の冒険者としてやっていけるほどになったのは、実はとてもすごいことなのではないだろうか。
「この猿だけで、馬車とわたくしのは杖は用意ができるのかしら」
「馬車本体だけならギリギリってところだろうな。それを引かせる馬か魔獣を買う金は足りねえと思う……」
馬に変幻した私の背中に爪猿を乗せながらアーサーがそう言うと、みんなの視線が私に集まった。
「馬ならそこにいるじゃないの」
「俺たちも乗るかもしれない馬車をオラクに引かせるなんてダメだよ」
エウリュアレ様の言葉にラトレルさんが反対した。その横にいるのに、どうでもよさそうな態度のフェルミ。いつものフェルミだったらラトレルさんと同じようなことを言ってそうなんだが。
「そうですね。私たちがもう少し狩りをすればいいだけのことですから」
「だったら、僕たちがリーニアの街で稼いだお金もまだあるし、足りない分は出すよ」
どうやら、ニホ様と十也も私に馬車を引かせるつもりはないらしい。
私としては馬車を引くのは別に構わないのだが、馬の姿では歩くのがやっとだ。走り方に慣れるまでは速度を出すことができないからな。専用の動物は用意した方がいいだろう。
「いや、トーヤたちが今まで稼いだ金はしまっとけ。おまえたちだって、これからいつ大金が必要になるかわからねえだろ。金のことでなあなあになるのはよくねえ」
「それは俺もそう思うよ。とりあえず爪猿の報酬がどれくらいになるかわかってから、少ない分は次の町までにまた魔物を狩ったらどうだ」
「そうだな。今日はこれ以上は運べねえしな」
私の背中に乗せきれなかった爪猿をラトレルさんとアーサー、それに十也も担いでいる。
もし帰り道で魔物に出くわしたとしても、ニホ様とフェルミが狩った分を、二人とエウリュアレ様では小型くらいしか運べないだろう。
みんなもそれはわかっているので、私たちは狩りをやめて街を目指すことにした。
街に到着してすぐに爪猿をセンターに持ち込んで報酬を受け取ったが、結局、それだけでは馬車本体を購入する金額にしかならなかったようだ。
それならそれで、私は、馬車を用意するのは代金がたまってからでいいと思っていたのだが、アーサーがこの街で手に入れたいと言いだした。
「ここから先、大きな街は当分ない。なんでもいいなら、小さな町でもないこともないが、乗り心地を求めたり、何か希望があればそうはいかねえ。できれば外見は農業用に偽装して、内装だけいいものにしたいとなれば尚更だ」
「だったら、馬を手に入れるまでは私が代わりに引いてもいいぞ」
「オラクちゃんはよくても、あたしはオラクちゃんが引いてる馬車になんて、悪くって乗れないよ」
普段通り表情豊かに戻っているフェルミが反対する。
「私もです」
ニホ様もらしい。
盗賊から姿を隠すために馬車を用意しようということになったのに、フェルミやニホ様が、馬車に乗らずに外を歩いていたら全く意味がない。
「それでなんだが、正直、今後馬だって買えるところがあるかわからない。十也たちや金があるやつから借りるってことで、この街で馬も購入しようと思っている」
「あ、いや、すまない」
アーサーの提案に即座に謝ったラトレルさん。
「ラトレル? 急にどうした?」
「先に言っておくが、俺はそれほど持ち合わせがないんだ。リーニアで、借金の返済に充ててしまったから……」
申し訳なさそうに苦笑いをするラトレルさん。でもそれは当たり前のことだから仕方ない。
「はーい。私たちも。エウがお金使いが荒くて、あんまり持ってません」
フェルミが言うように、エウリュアレ様はかなり高価な防具で身を固めている。
今着ているワンピースだって、元の世界で言えば絹のようで柔らかく滑らかな触り心地だ。麻のようなシャツを愛用している十也と購入費は雲泥の差。ぱっと見だけでも、どこかの貴族令嬢がお忍びで冒険者をやっていると思われるのではないかという風貌だ。それはフェルミも同じで、ニホ様も地味だがそれなりの物をそろえていた。
だからこそ、アーサーが盗賊の目から隠したいと言ったのもわからなくはない。
「あー、俺の言い方がまずかったな。十也、半分出してもらっていいか? 半分は俺が出す」
「うん。いいよ」
「わたくしの杖代も」
「エウ、あたしたちは借金はダメだよ」
「口うるさいわね、フェルミは」
「もう、必要ないものにお金掛けてる余裕はないんだからね」
「わかったわよ」
やはり、エウリュアレ様に杖は必要はいらしい。格好つけたいだけなんだろう。
そんなことを思って二人のやり取りを眺めていたら睨まれた。八つ当たりはやめてほしい。
とりあえずアーサーの案通り、馬か馬車を引くことができる魔獣をこの町で購入することが決まった。これで、目的地に到着するまでの時間が、かなり短縮ができるのではないだろうか。
希望通りに馬車を改造してもらうために四日を費やし、その後私たちはアムーリン領を目指した。
これで、アーサーが会ったことのあるという預言者から『アーサーと天上人の末裔』の詳しい話を聞き出せれば、私たちは元の世界に戻ることができるかもしれない。
何者かはわからないが、誰よりもこの世界のことを知っていることは確かだろう。




