171 座敷わらし、人狼の話をきく
「オラクちゃん、あたしに魔法をかけて欲しいんだけど」
「魔法? どういう意味だフェルミ?」
フェルミが私に何やら頼んできた。私には魔法がつかえないのだが。
「えっとね、これから行く狩りは、みんな大物を狙っているみたいだから、きっと山奥まで行くでしょう? 万が一に備えておこうと思って。エウがオラクちゃんにそう言えば分かるって言ってたんだけど」
「ああ、なるほど。幸運のことか。フェルミに授ければいいのだな」
見たところ、まだ、以前に授けた分は消滅していないが、念のため足しておくとするか。
「もう済んだぞ」
「ありがとう。まだ、狼に会ったら自分でもどうなるかわかんないんだよね。制御できなくて前みたいに迷惑かけるのは嫌だし。それに、いつもより役にたてると思うの」
ここに来るまでは、先に進むことを優先していたので、温泉に行った時以外は、ほとんど街道や山道から外れていない。それでも、山に入る際には常にエウリュアレ様がフェルミから離れずにいて、狼と遭遇した場合はすぐに精神操作できるようにしていた。
そうやって事前に準備はしていたが、未だに狼に出会っていないのでフェルミの言う通り、その時になってみないと不明な点が多いことは確かだ。
「エウー、お願い」
今日は初めからエウリュアレ様に処置してもらうらしい。
「いつかは、自分でコントロールできるように頑張りなさいよ」
「はーい」
エウリュアレ様はそう言いながらフェルミの額に人差し指を突き刺した。
「げっ!? 何してんだよおまえら!?」
その行為を始めて見たアーサーが目をぎょっとさせて騒ぎ出した。エウリュアレ様の指が第二関節まで刺さっているんだから、普通だったらフェルミは死んでいるだろう。
ニホ様も黙ってはいるが、二人のことを観察しているようだ。もともと大妖だから肝が据わっているのは当たり前。静かに事の成り行きを見守っている。
「うるさい」
エウリュアレ様が指を抜いたとたん、フェルミが抑揚のない声で、アーサーに文句を言った。
いや、抗議しているというよりは、ただ思ったことが口から出ただけのような感じで、目も据わっていて、さっきまでのフェルミとは完全に別人に変わっている。
「フェルミ? いったいどうなってるんだよ、これ!?」
「感情を抜いただけよ。大したことではないわ」
その言葉にラトレルさんは眉間にしわを寄せいてる。初めてフェルミがこうなった時もラトレルさんは良く思っていなかったようだから、仕方ないことだとは思っても心情的に納得できないところがあるのかもしれない。
「それは、どういうことでしょうか?」
「あら、ニホも見るのは初めてだったかしら」
「はい」
「フェルミは狼が苦手なのよ。恐怖心で感情が抑えられなくなると、魔力が暴走してしまうから、こうやって制御しているの」
「十也も危険な目にあっているし、フェルミ自身も迷惑をかけたくないと言っていたから、報酬の良い獲物を狙うとしたら、克服できるまでこの方が安全だろうな」
「ねえ、こうなっているフェルミちゃんが狼と会ったとして、普通のフェルミちゃんは狼に慣れることができるのかな」
「さあどうかしら。その辺はわたくしでも全くわからないわ。知りたかったら、安全な場所で試してみるしかないわね」
「狼か……だったら人狼に会えたらいいかもな。俺も前から仲間にしてえと思っててさ、フェルミも普段から目にしていたら徐々になれるかもしれねえだろ」
「人狼なんているんだ」
十也が興奮している。
またファンタジー用語が出てきたからな。そのうちドラゴンもでてくるのではないか? 私も会ってみたい。
思わずニホ様に視線を向けてしまったが、みずち様は東洋の龍形だから、ちょっと違うな。
「猫獣人がいるんだぞ。そりゃ狼もいるだろう。ただあいつらは、人と獣のどっちの形態もとれるそうだから、ちょっと他の獣人とは違うけどな。あと満月の時には危険だから近寄るなとか、噛みつかれたら従属にされちまうとか、いろんな言い伝えがあったりするんだ」
ネコを見ながらアーサーが人狼のことを教えてくれた。
「アーサーは会ったことあるの?」
「いや、ない。あいつら幻獣って言われてるくらいだからな」
「人型で街に紛れていたらわからないと思うな。戦闘能力が凄いそうだから、仲間になれたら心強いだろうね」
「そんなことより、狩りにいくわよ。わたくしに似合う豪華な馬車を購入するのでしょう」
「目立たないために馬車にするんだから、豪華だったら意味がないだろうが」
「エウさん、大事なのは見た目より乗り心地ですよ」
「わかったわよ……フェルミ行くわよ」
私には文句を言ったくせに、エウリュアレ様だってニホ様のことを一目置いている。容れ物がただの人間になったところで、そのすごさは変わらないということだろう。
「やはりニホ様はすごな……」
「とりあえず、獲物を探して奥へ進むぞ。作戦も連携も、おまえらの能力でどこまで行けるかわからねえから一度何かに遭遇してから考えるからな。手に負えない魔物だったら、俺だけおいてとにかく逃げろよ。下手に助っ人しようとして残られた方がこっちも危険に晒される。みんなそう肝に銘じておけよ。とくにラトレル。俺より優先順位はこいつらだ。頼んだぞ」
「それはわかってる。そうなった時は、俺はみんなを安全に避難させることに専念するさ」
このメンバーなら、私が戦う必要もなさそうだ。主に十也の護衛に徹することに決めた。




