168 座敷わらし、ニホの正体を知る
ニホが龍の化身であるみずち様なら、驚くほどの霊力を持っていてることに納得がいく。確かにあの時、ニホが解放した圧倒的な力はエウリュアレ様に匹敵するほどだった。
妖同士の大戦には参戦せず、傍観者を決め込んで高みの見物をしていたみずち様が、渦中にいた私を救ってくれたのはネコが頼み込んでくれたからだ。
ネコも妖精になったばかりの時にみずち様に助けられていた。あの頃のネコは態度が高慢で、妖界で言えば底辺に等しいということに気が付かないまま、ネズミの妖である窮鼠に喧嘩を売ってしまった。危うく消されてしまうところをみずち様が仲裁に入ってくれたらしい。
「なぜ私に教えてくれなかったのだ」
「ニホ様自身が知られるのを嫌がっていましたし、童にあのころのことを思い出させたくなかったからですよぅ」
「やはりそうか……」
隠していたのは意地悪ではなく、私のためだった。何百年も存在している私が唯一心に棘として残っている出来事だ。それを知っているネコとみずち様にどうやら気を使わせていたらしい。
考え込んでいた私の様子を、ネコが心配そうに窺っている。
「あのぅ。童はこのまま知らないふりをしてもらえませんかぁ?」
ネコが困っているのはそちらの件か。
みずち様もご自分の正体を隠しておきたいのだろう。私は知らないままの方がいいと言うことだろう。
「そうは言ってもな……」
みずち様に対して今まで通りでいられる自信が私にはない。もうすぐ夜も明けてしまう。
さて、どうしたものか……。
悩んでいるうちに時間は流れ。
「ぴぴぴっ」
いつも通り、一番早く目が覚めたヒナが私の頭を目指して飛んできた。
「今思えば、ヒナがあの御方を警戒していたのは動物の本能からだったんだな」
「ぴぴっ」
太陽の光が窓から差し込み始め、部屋が明るくなると、フェルミやエウリュアレ様も起きだした。
ちなみに建物内で安全な場所にいるときはエウリュアレ様も眠りについている。
「おはよう、オラクちゃん。いつもありがとうね」
「いや、私は寝る必要がないからな。かまわん」
「おはようございます」
みずち様も目覚めたようで、ベッドでもぞもぞしながら声を掛けてきた。
それだけで、私の緊張がピークに達してしまい、身体が硬直してしまう。
「お、お、お、おはようございます」
「え? お楽さん?」
私のそんな態度を見て、ネコが「あーあ」という感じで肩を落としている。
だって、みずち様が相手だぞ。しかたないではないか。
「お楽さん?」
「あ、はい。何か御用でしょうか?」
私はアニメだったらギギギと擬音がでそうな仕草でみずち様の方を見る。明らかに態度はおかしいのだろう。
フェルミも不思議そうに見ているくらいだからな。
「ちょっと話があるのでいいですか」
「はい……」
「フェルミちゃんとエウさんはここで待っていてください。朝食の時間までには戻りますから」
「うん。わかった」
みずち様から呼ばれて、私は一緒に宿屋の外へと移動する。
窓から出たきたネコもやってきたが、他には誰の姿もない場所を選んでいた。大恩あるみずち様を目の前にしてどうしたらいいかわからず、私が落ち着きをなくしていると。
「もしかして、気がついてしまいましたか」
「あの……」
「その態度を見れば一目瞭然ですよ」
「――その……」
「思い出してしまったんですね。ミケが心配していましたけど大丈夫ですか」
『ミケが心配しておったが、大丈夫か』
その言葉に聞き覚えがあった。胸のあたりがずきんと痛む。
ああ、そうだ。目を閉じるとあの時の光景がまざまざと浮かび上がってくる。
「貴女様は、私を救ってくださったみずち様なのですね」
この御方は戦火に巻き込まれた私をあの場所から連れ出してくださった。彼らと一緒に消滅するはずだった私を救い出してくださった大妖。
「ええ、思い出してしまったなら仕方ありませんね。むかしはそんな名前の時もありましたけど、今は人間ですから、私のことは今まで通りニホと呼んでください」
私を見たみずち様、いや、ニホ様は困ったような顔をしている。目の前のネコに目をやるとニホ様の態度を不安気に見つめていた。
「ニホ様、その節はお救いくださいましてありがとうございました」
私はしっかりと頭を下げ、改めて感謝の気持ちを告げた。
「やめてください」
「なぜですか? 貴女様に救われていなければ、私は存在しておりません」
「その気持ちは受け取りますけど、あなたに様付けなんてされたら樫君におかしく思われてしまうわ」
「ですが……」
「今は見ての通りみずちではないんです。ですから、今まで通り横柄に振舞ってください。敬称もつけずにお願いします」
「……貴女がそうおっしゃるのなら、承知致しました。善処いたします」
恭しい態度をとるとニホ様に睨まれてしまう。敬語もダメらしい。
正体を知ってしまった以上、大恩のあるこの方に対して今まで通りは逆に難しい。どうすればいいのだ。
でもこれでひとつ謎が解けた。
あのチョコレートは、やはりただのチョコレートではなかったのだ。
みずち様であったニホ様の親愛の情が込められたチョコレートは信じられないほどの霊力を宿していたに違いない。
それを供物として捧げられた私はその霊力を使ってこの世界に転移してしまったのだろう。
だとしたら、その逆もできるのではないだろうか。もしかすると、日本に帰還することが可能になるかもしれない。




