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16 座敷わらし、男になる

 何度か冒険者風の人間とすれ違ったが、十也はその度に隠れ続けて人間と鉢合わせしないように進んでいる。


 そうしながら一日中歩き続け、その日も一晩荒野で野宿をしてから翌朝ふたたび歩き出した。


「いたっ」


 少しでも早く町に着きたい気持ちはあっても、サイズが合っていない靴を履いている十也は、靴擦れがひどくなっていた。そのため、あまり距離を進めなくなっている。


 それでも正午になる前に遠くの風景が変わってきて、草が少しずつ増えてきた。この先には前と同じように森があるようだ。


「今度はオークがいないといいが」

「そうだね」


 悪夢がよみがえる。しかしこの方向は一本しか道がない。とりあえず森の付近までは行ってみようとそのまま歩き続けることにした。


「こっちに町があっても今のままじゃ、僕ひとりだし大丈夫かな。あとネコちゃんもどうしよう。入れるものがあれば隠れてもらうことも出来たんだけど」


 確かに今の私には何もできないから十也に危険なことがあっても助けることができない。


 桃髪やポニーテールの態度を考えると治安がいいとは思えないので十也ひとりで町に入るのはどうだろう。


 霊力が尽きているので、私は実体化することができない。


 いまから十也の善行や信仰で増やすのは簡単なことではないし、単なる善行では微々たる霊力にしかならない。かと言って私のために命を懸けることはそうそうあってはならない。


 信仰についても十也は私のことは崇めるどころか逆にどちらかと言うと守らなければいけない対象と見ているようで畏れられてはいないようだ。


 頭を捻って考え続けていた結果、私はある物に気がついた。


 いま、十也の手元にはこの世界の硬貨がある。私に奉納させれば霊力が増えるかもしれない。


 私の力は信仰と同じように、私に対する人間の気持ちが強ければ強いほど、霊力が増え、変幻が自在になるし実体化もできる。


 まれではあるが、条件さえ揃えば今回みたいに、座敷わらしの願望を叶えることができたりもする。社を建立してもらうほど崇め奉られれば神格化することさえあった。


 あくまでも私が能力として使うには私自身に向けられた崇高な気持ちからくるものを集めなければならないのだが……。


 金品の奉納は目に見える信仰として座敷わらしに力を与えることができたはず。額は多ければ多いほどいい。


「十也、硬貨の中で一番高価そうなものを私に捧げろ。実体化できるかもしれん」

「えー、でもこれあいつらのお金だよ。大丈夫なの」

「問題ない。それは迷惑料だからすでに十也のものだ。私たちは襲われた被害者で慰謝料だからな。手に乗せて『お楽様、お納めくださいませ』って言え。気持ちを込めてな」

「なんか、強制されているみたいだけど。こんなの使ってお楽がおかしくなったりしない?」

「いいから、ほれ」


「お、お楽様、お納めください……ませ」


 十也の目の前で私は実体化した。


『ユタラプトル』が一瞬姿を現して銀色の硬貨と一緒に消える。


 やはり十也は驚いて尻餅をついてた。


「すまん、間違えた。なんの縛りか大きな生き物で実体化するにはものすごく霊力が必要なんだ、もう一度頼む」

「あーびっくりした。もう、本当にちゃんとしてよ」


 もう一度銀色の硬貨を捧げてもらい、今度こそ希望通りの男の冒険者に変幻した。


「また、失敗だよ。ちゃんとしてって言ってるのに」


 それは言いがかりだ。今度は成功してる。そんな目で十也を見た。


「それだめだから」


 成人男性の体格に子どもの顔が乗っている。アンバランスすぎて見た目がおかしいことは確かだ。


「では、これならどうだ」

「最初の時と同じだよ。男になるって言ってたのにさ。女の子の姿じゃ危険なのは経験済みじゃないか」

「男だけど」

「どう見ても前と変わってないよ」

「ちゃんと少年に変幻しているんだがな」

「見た目は女の子だよ。確かに前と比べたら上半身はまっ平だけどさ、その顔じゃ意味ないよ」


 ――――何百年もこの姿でやってきたため気づかなかったが、どうやら人間に化けると男女問わず同じ顔になるらしい。


 女顔の上に、肩までの髪の長さも女児に見える原因だ。


「うーん」

 そう思って頭に力をこめて短くしてみた。

「ふう、できたぞ。あっ」

 が、気を抜くと髪が伸びてしまう。


「うわ、リアル髪の伸びる日本人形!」


 今は着物じゃないけどな。

「もう一回……だめか」

 何度やってもやっぱり伸びてしまう。ずっと髪ばかりに集中してもいられないし困った。


「この姿がいやなら犬にでもなるか?」

「我は猫がいいと思いますよぅ」

「もういいよ。これ以上は硬貨の無駄遣いだし」


 十也が渋々承諾してこのまま過ごすことになった。


「まあ、どっちにしろこの年齢では男でも女でも非力だからな、あまり関係ないだろ。十也も充分危険だぞ」

「え、お楽って、なんで自分が襲われたのか気がついてないの」

「私を座敷わらしとだと知っていての狼藉ではなかったはずだから、ゲームで言う経験値稼ぎのプレイヤーキルみたいなものだろ」

「命を狙われてたわけじゃないと思うんだけど……自分の見た目がわかってないのか……?」


 十也がモニョモニョ言っているが自分の見た目って、日本人形のことならわかっているが?


 なぜ私たちが座敷“わらし”なのかがわかった気がする。この顔ではせいぜい二十歳くらいまでしか通用しない。


 きっと、他の座敷わらしも人間に変幻するときには決まった顔になるに違いない。存在が曖昧な私たちにとって、唯一のアイデンティティなんだろうな。


 こうしてみると、やはりこの世界は元の世界より実体化がしやすい。


 魔法がある世界だからなのだろうか?


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