10 狙われた座敷わらし
もともと量が少なかったので、十也はあっという間に肉を食べ終わった。
私の分も渡そうかと考えていたところ、食事が終わるのを見計っていたのか桃髪が口を開く。
先ほどまでとは変わりニヤついたその顔つきはとても醜く歪んでいた。
「さーてと、お前らは武器も持ってねえしなあ、どうせどこかの村から飛び出してきた田舎もんだろ。冒険者はギブアンドテイクの職業なんだぜ。貰いっぱなしはねぇよな」
「自分たちからのこのこやって来たんだ。礼のしかたくれぇはわかっているだろうさ。おい、小僧の方はまかせたぞ」
ポニーテールがそう言ったかと思うと、二人は焚火を飛び越え、十也と私を挟み撃ちにした。
ポニーテールは大男だし、桃髪も百八十センチ以上はあるだろう。がっちりした体型の男たちに百六十センチほどの私たちが囲まれたら逃げ場がない。
ポニーテールが私を捕えようと手を伸ばしてきた。
「お楽!!」
それを見た十也が私を助けようとこちらに気を取られてしまい、桃髪に後ろから外套のフードをつかまれ、そのままうしろに引っ張られる。
驚いて十也が振り返った瞬間、桃髪はその頬を殴りつけた。
男の力が強かったのか、十也は吹っ飛び背中から地面に打ち付けられてしまう。
「うっ」
「なんだよ、本当に弱っちいな。痛い思いしたくなかったらお前はそこでおとなしくしてろ」
「十也ぁぁぁ」
二人の男は倒れた十也には目もくれず叫んだ私の方を見る。片側の口角を上げ、見るからに悪人面だ。
「お前の相手は俺がしてやるよ! さっきからずっと俺に見とれていただろ。お前もその気なんじゃねえのか?」
「気持ち悪いことを言うな」
疑って様子を窺っていただけだ。
私が否定するや否や、一瞬で間を詰めてポニーテールが飛び掛かってきた。
そのままでいたら、捕まってしまうか、十也のように殴られるだろう。
私はそれを避けるため姿を妖精化して消した。
「うわっ」
私が消えたことでポニーテールはたたらを踏んで前のめりに転び膝をつく。
「は? お、女が消えた!!」
まずい。
ここがどんな世界かもわからないのに不用意に男の目の前で姿を消してしまった。場合によっては化け物扱いされる可能性もある。
ポニーテールは目の前に落ちている私の持っていた串焼肉に目をやったあとすぐに立ち上がった。暗がりで目を凝らして私を探す。
それを見ていた桃髪も、怪訝そうに剣を鞘から抜きつつ注意深くあたりを見渡し始めた。
「上級の魔法か? どこだ」
上級の魔法? やはり魔法使いがいる世界なのか。
それより十也は?
桃髪に殴られた十也は、激しく地面にぶつかったせいでどこかを痛めたのだろうか。立ち上がれずにうずくまったままだった。
その側でネコが心配そうに寄り添っている。
私は妖精体のまま、すぐに十也の前に移動した。
あいつらに一矢報いるにはどうしたらいい……。
それほど時間に余裕があるわけではなかったので頭に浮かんだことを実行することにした。
私は姿を脚の攻撃力が強いと言われるヒクイドリに変幻してから実体化。
そのまま十也と男たちの間に立ち、いつでも戦えるように羽を広げファイティングポーズをとった。
「うわぁぁぁ」
叫んだのは十也だ。
突然目の前にヒクイドリ姿で現れたせいで驚いたらしい。
あれ? 私が動物に変幻できることは伝えてなかったか? 伝えたよな?
人間の私を探していた二人の男は、十也の声で振り返る。一瞬にして姿を現したヒクイドリを見てたじろいだ。
それでもすぐに危険と判断したようで、あっという間に私たちから距離をとり剣をこちらに向けた。
辺りに緊張が走る。
「なんだかわからねぇ使役獣が隠れてやがった」
ポニーテールが私に狙いを定めて踏み込もうとしたその瞬間、桃髪が慌ててそれを止めた。
「やめろ、こいつはたぶん貴族だ。上級魔法もそうだが、上等な服を着てるぞ。村人なわけがねえ」
驚いた拍子に十也の着ていた外套がはだけて、カラフルなイラストつきのジャージがあらわになっていた。
「まずい、逃げるぞ!!」
「やっちまわねぇのか」
「貴族に手を出したら俺たちがやばくなる。とにかくずらかるぞ」
そう言ったかと思うと、あっという間に荷物や武器を抱えて私たちの前から走り出して行った。
男たちが何かを誤解したおかげで、この場はどうにか収まった。これ以上十也を傷つけずにすんだことを私は安堵する。
私は十也を殴った桃髪に腹が立っていたし、あの二人が無抵抗の私たちに剣を向けたことも間違いなく悪意だ。
逃げていく後ろ姿を見ながら、私は悩むこともなく溜まっていた不運をすべて授けた。




