1話
人間が滅びたずっと後の話。
生き残った動物達はそれぞれに独自の進化を遂げ、最終的には限りなく人間の姿に近くなった。
人間のような知能を持ち、種族を超えたコミュニケーションのツールとして言葉を使う。耳や尻尾以外、彼らは人間と全く同じになってしまった。
その中で、自然と肉食動物、雑食動物、草食動物の順で、カーストが出来上がってしまう。種族平等を謳ってはいるが、弱肉強食という習性からか、カーストは深く染み付いていた。
これはそんな世界の、青春のお話。
「あぁ、いたいた。大神〜!」
聞き覚えのある声に、頭に生えた大きな耳はピクリと反応する。切った目の上から垂れる血を拭って、大神千紘は振り返った。
どこか気の抜けたゆるい声で大神の名前を呼ぶのは友人の高良真司だった。高良は耳の辺りの羽を揺らしながら駆け寄ってくる。
「まぁ〜た派手にやったね〜…」
「知らねぇよ。こいつらから絡んできやがったんだ。」
大神の前で伸びる数人を見ながら高良はケラケラと笑う。
「まぁどうでもいいけど。ほいこれ。忘れ物。」
「あぁ?」
そう言って高良が手渡したのは紙の束だった。
大神は不思議そうにパラパラとページをめくりながら歩き出す。高良もそれに続いて、大神がなぎ倒したであろう人物達を避けながら歩いた。
「こんなもん知らねぇよ。」
「知らねぇじゃなくて、反省文だよ。この前の他校の生徒怪我させたやつ。」
「…いちいち覚えてられるかよ。だいたい、俺は悪くねぇ。ぜんっぶ向こうから吹っかけてきた喧嘩だ。こんなもんやってられっか。」
大神はそう言って反省文をばさっと後ろに投げ捨てた。
「あーあーあーあー…また停学になっても知らないよ〜?」
「うるせぇ。」
「午後の授業、出ないのかぁ?」
「…」
大神は高良の言葉に返事もせずに足早に去って行ってしまった。高良は大神が捨てた反省文を拾い上げ、その背中を見つめる。
「荒れてんねぇ…」
不機嫌そうな背中にそう小さく呟いた。
(あーイライラする…クソ雑魚共め…)
大神は校内を大股で歩いた。途中、肉食の女子から何度も声をかけられるが、全て無視して保健室に向かった。
ふと、いつも閉まっている保健室の扉が数センチ開いている事に気がついて足を止める。
先に誰かが入っていたみたいだった。
(クソッ…どっか別の場所で寝るか…)
そう思い引き返そうとした時、中から声が聞こえてきて、思わず覗いてしまう。
「…姿も保てないほど悪いのなら、帰りなさい。」
(…?)
大神の目はその姿を捉えた瞬間大きく見開かれる。
さっきまで元の姿(原種の姿)に戻っていたらしく、シーツに包まれた真っ白な肌に真っ白な髪、真っ白な長い垂れ耳。そして少し伏せられた瞼から覗くのはガラスのような綺麗なブルーの瞳。
大神の心臓が止まった。そんな感覚がしたのではなく、紛れもなくその心臓は彼女の声を耳に届けるために音を殺したのだ。
「はい…そうします…」
彼女が顔をあげようとし、もう少しで扉の隙間越しに目が合いそうになった時、大神は堪らなくなって駆け出した。
『ガタンッ!バタバタバタバタ…』
保健室でしばらく休んでいた宇佐美雪は、外の物音に垂れた耳をピクリと反応させた。
保健医の先生が不思議そうに扉を開く。
「誰かいたのかしら…」
だが人影は当然どこにもなく、扉は静かに閉められた。
大神は夢中で授業中の校内を駆け回り、やっとの思いで中庭にたどり着く。
息が整ってもまだ心臓は鳴り止む気配はなく、自分の顔は信じられないほど暑い。
(なんだ…、あれ…!)
大神は先ほどの彼女の姿を思い出し、堪らず顔を大きな手で覆った。
「可愛かったっ…!!」
大神は人生で初めて一目惚れをした。