7 再会 ~安治~
完全に目測を誤った。
ここ数日、極大へは大阪駅からバスに乗って来ていた。所要時間は25〜30分。前日にWEBでバスの時刻表を見ると、15時台の大阪駅発が 15:20 と 15:48 だった。いつも通りなら15:48 のバスで待ち合わせの 16:30 に間に合うが、いつもは昼頃に乗っていたのに対し、今日は少し早いけど気象用語的には夕方と呼んでいい時間帯だ。10分、いや15分くらい余計にかかるかも知れない。
で、安全策を取った結果、15:50 に極大の第一食堂に着きました。さて、あと30分以上どうしようか。
早めに来るつもり、とは言ってくれてたけど、それでも20分くらいは待つだろうし、リサーチ兼ねて何か食べてもいいかな。
今の時間は4限の途中で、4限に講義のない学生は、家に帰るなり部活に行くなり遊びに行くなりしているため、食堂はガラガラだ。ノートやテキストを広げている学生はいるが、食事をしている学生はほとんどいない。
メニューだけでも見とこうかな、とか考えていると、入り口からスーツ姿のキレイなお姉さんが入ってきた。胸にネームプレートをつけているので、大学の職員さんのようだ。
「春江さん、カツ丼ちょうだい」
「大盛りかい? 舞子ちゃん」
「いえ、並盛りで。先週末に春モノ引っ張り出したら、ちょっときつくなってるのがあってね」
「おやおや、それは大変だ。今年は表彰台に返り咲かなきゃいけないのにね」
「ホントですよ、あの3強を崩すのはタダでさえ厳しいのに」
「ところで聞いたかい? 新人が来るって話」
「ええ、昨日香ちゃんが来て教えてくれました。でも今日は居残りの当番で 20時上がりなんですよ。まあ、そうでもなかったら、こんな時間に食べに来ませんけど」
「どんな子か聞いてる?」
「香ちゃんもまだ会ったことないみたいでしたけど、会った人から聞くところによると、10年に1人の逸材らしいですよ」
新たに採用する新人さんの話かな? 随分と大物みたいだ。
それにしても、表彰台って何の話だろ?
「あれ? もう来てるよ。お~い、安治く~ん」
「あ、和泉さん。それに町江さんと美乃お嬢様」
「だからお嬢様はやめてって言ってるでしょ?」
あ、この間より1人多いな。サークルのメンバーだろうか?
「随分早いね。あたし達に再会するのが待ち遠しかった?」
「はは、それも多少はありますけど、1本後のバスだと遅れるかも知れなかったので」
「そっか、やっぱ早めに来て正解だったね」
「助かりました。時間を持て余しそうだったので」
「あれ? 川口君?」
「ん?」
急に僕の名を呼んだのは、ピンク色のコートを着た、この間は居なかった女の子だった。
「やっぱり川口君じゃ。久しぶりじゃねえ。中学の卒業式以来じゃけえ、3年ぶりかね」
誰だ? 広島弁だし、中学の卒業式とか言ってるから、あの頃の知り合いか?
「あれ、覚えとらん? ほら、2年間同じクラスじゃった・・・」
「もしかして、亀山か?」
「良かった、覚えてくれとった」
「髪が伸びてたから、最初は分からんかったわ」
「あの頃は校則が厳しかったけえね。長いと括らんといけんかったけえ、ショートにしよったんよ」
「安治君、あきちゃんと知り合いなの?」
「はい。僕が中二で広島に引っ越してから2年間、同じクラスでした」
「すごい偶然だね」
「和泉さん達は亀山とどういう関係なんですか?」
「安治君と同じだよ。部屋探してるみたいだったから、拉致ったんだ」
「亀山もこの大学?」
「四月から文学部。川口君は?」
「工学部」
文学部か、確かに本ばっか読んでたイメージがある。
「実家はまだ広島に?」
「広島じゃけど、あの後五日市から市内に引っ越したんよ」
「五日市も広島市内じゃろうが」
「そうじゃのうて、本物の広島市内に」
「五日市の人に全力で謝れ」
まあ、実際昔から五日市に住んでる人は、未だに広島市の中心部に行く時「市内に行く」って言うらしいけど。
「いいな、広島ローカルの話題で盛り上がってる」
あ、美乃さんがちょっと拗ねてる。
「最近になって家の近くまで可部線が延びてね。一度廃線になった区間が復活するのは、全国でも初めてじゃいうて盛り上がっとったんよ」
「・・・やはり島根にとって広島は敵。広島で可部線の復活騒ぎしてる影で、三江線は廃線になったというのに・・・」
「さ、三江線は広島県も走っとりましたけえ、おあいこっちゅうことで・・・」
「許すまじ」
うわあ、町江さんからドス黒いオーラが・・・。
「あら、あんた達、こんなとこで何してんの?」
「あ、まい・・・朝霧さん、こんにちは」
「学内でも舞子でいいのよ」
「いえ、やはり学生と職員ですので、学内ではケジメとして・・・大先輩でもありますし」
「『大』を付けるな! ホントに和泉ったら、普段は大雑把なくせに、こういう時は融通が効かないんだから」
「大雑把・・・朝霧さんに大雑把って言われた・・・」
「なんでちょっとショック受けてる感じなのよ!」
さっきのキレイなお姉さんが話しかけてきたと思ったら、和泉さん達も親しげに話し始めた。
「でも、森田さんのことは学内でも『春江さん』呼びなんでしょ?」
「それは旦那さんと区別する意味合いもあるので・・・朝霧さんもご結婚なされたらいかがですか」
「そんなことしたら表彰台に返り咲けなくなるじゃない」
「今年もエントリーするんですか?」
「前年のベスト10は、学生か教職員として在籍している限り自動エントリーよ。まあ、教職員からは3位が過去最高らしいから、出る以上はそれ以上を狙うつもり。そのためにはフレンドリーな職員であることをもっとアピールしなきゃなんないんだから、協力しなさいよ。私を呼ぶ時は学内でも『舞子さん』、いいわね」
「あんまりフレンドリー過ぎても『男子学生をつまみ食いしようとしてる』とかって噂されてマイナス評価になりますよ」
「美乃はいちいちうるさい。学生の頃と違って、職員なんてアピールの場が限られてるんだから。表彰台狙うと決めた以上、やれることはやるつもりよ」
「こだわりますね、表彰台に」
「入学初年度から4年連続表彰台は史上初だったのに、卒業した途端に選外ってのも寂しいじゃない。まあ、こだわるって言うより、そういうキャラを演じてる部分も多少はあるけどね」
それに、今度も表彰台の話題が。なんの話だろ? 気になるなあ。
「職員で表彰台狙うなら、私のことを知ってる学生が多い今のうちがチャンスなのよ。去年だって夏頃は5年連続は確実って言われてたし、実際2日目の中間発表までは3位だったから、ほとんど手が届きかけていたのに、町江にあんな特技があったなんて・・・」
「特技じゃありません。あれは町江の生き様です」
「いい顔して何を勝手なこと吹聴してる。大食いは生き様じゃないから」
「痛い痛い、町江、こめかみグリグリするのやめて~」
町江さんはやはり食いしん坊キャラだったみたいだ。
「そういえば、香ちゃんから新人の話を聞いたけど、もしかして、そっちの彼が?」
「はい、期待の新人です。まだ候補ではありますけど」
「まあ、巨人ファンじゃなければ大丈夫でしょ。なんせ10年に1人の逸材なんだし」
あれ? どこかで聞いたような・・・。ってか、さっきの10年に1人の逸材って、僕のことだったの?
「いたた、町江ったら容赦ないんだから。安治君、あきちゃん。この人はわたし達と入れ違いに卒業したサークルOGの朝霧舞子さん。見ての通り、今は大学の職員に身をやつしてるわ」
「こら、美乃」
「痛い痛い、舞子さん、こめかみグリグリするのやめて~」
「こっちの男の子の方が川口安治君、女の子の方が亀山あきちゃんです」
「新人候補って女の子もいたのね」
「この娘は今日捕まえた、取れたてのぴちぴちですよ」
「これから貴さんのところへ行くんでしょ。私は居残り当番だから行けないけど、川口君と亀山さんだっけ? 心から歓迎するわ」
「罰ゲームの可能性が少しでも減りますものね」
「だから美乃は一言多い!」
主な登場人物、更新しました。