6 あの娘はどうかな? ~和泉~
安治君を捕まえた後も、不動産屋の張込みは続けている。可能性は高くないけど、合格通知を郵送で受け取った地方出身の受験生だったら、このくらいのタイミングで部屋を探しにきてもおかしくないからだ。もちろんウチの大学より合格発表が遅い第一志望に受からなかった人も同じだ。
「もうすぐ15時か」
「お客さん来ないわね」
「ネットとか情報誌でも部屋は探せるから、自分の足で探そうとする人が少ないんだろうね」
「昨日は結局、不動産屋の店長以外、あのドアを開け閉めしなかった」
「一応、今週の金曜まではこの張込み続けるってことでいいのよね」
「新入生の個人情報は簡単には手に入らないし、この時期に新入生に接触しようとすると、これくらいしか思いつかないからね」
「頑張れば個人情報手に入るけど?」
「やめて、多分それ犯罪だから」
もう一つ、勧誘の目標たりうる新入生を見分ける方法として、朝霧さんに頼むという手もあるにはある。
朝霧さんはあたし達と入れ違いに卒業したサークルOGで、今は大学の職員として働いている。大学の学生課ではアルバイトの斡旋もしており、新入生も入学手続きを済ませた後はそれを利用できるため、毎日何人かは窓口に来るらしいのだ。
まあ、朝霧さんにハンドサインを出してもらって、その新入生に接触するってのも、かなりクロに近いグレーだから自重してるわけなんだけど。
「今日は安治君が来るから、16時くらいに切り上げちゃおうか」
「そうね。閉店は17:30だけど、誰かが残ってまで見張る必要もないでしょ」
「あ、あの娘手に入学案内持ってる。っていうか、入学案内見ながら歩いてるよ、危ないなあ」
「どれどれ?」
「ほら、あそこのピンクのコート着た娘だよ」
「何か探してるみたい」
「お、見つけたみたいだね。歩くのが早くなったよ」
「「「あ」」」
その娘が立ち止まったのは、あたし達が見張っている不動産屋の前だった。
その娘はショーウィンドウをしばらく眺めたあと、おずおずとドアを開けて店に入っていった。
「あの娘はどうかな?」
「とりあえず接触するべき。店での結果がどうであれ、こちらに損はない」
「そうだね。とりあえず彼女の事情を聞いてみようか。で、誰が行く?」
「私はコミュ力低いから遠慮しとく」
「わかった。あたしとよしのんで行ってくるから、町江はここで場所キープしといてね。多少強引にでも連れてくるから」
「和泉が本気出したら、相手がプロレスラーでも余裕で連れてこれるから安心」
「いや、流石にプロレスラーは厳しいと思うよ」
「『無理』じゃなく『厳しい』なんだ・・・」
そんなことを話してたら、ピンクのコートの娘が不動産屋から出てきた。そして、誰がみても『落ち込んでます』という感情が伝わる様子で両肩を落とす。見事なリアクションだ。
「ダメだったみたいね」
「とりあえず行ってくるよ。よしのん、行こっ」
カフェを出ると、国道を渡る信号がちょうど青だった。
「先に行ってるね」
そう言うと、よしのんの返事を待たずに走り出す。
今のあたし達の装備で本気出して走ったら、よしのんはあたしの半分以下のスピードしか出せない。信号さえ渡ってしまえば捕まえたも同然なので、一足先に自分だけ向こう側へ渡りきる。
トボトボと歩くその娘は、まだ交差点に至っていなかったので、その娘が来るのをあたしが待つ形となる。
「ねえ、そこのあなた」
真正面から声を掛けられて、その娘は一瞬ビクッと身体を震わせる。こちらを見て、あたしが声を掛けた相手が自分なのかどうか確認するように人差し指を自分の顔に向けるので、あたしは大きく頷く。
「はい、なんでしょうか?」
「間違ってたらゴメンね、あなた極大の新入生じゃない?」
「はい、その予定です」
「あたし、極大教育学部の橋本っていうんだけど」
「文学部に入学する予定の亀山あきです」
「亀山あきさんね、よろしく。ちょっと話がしたいんだけど、少し時間あるかな?」
「えーと、あると言えばあるけど、ないと言えばないというか・・・」
「つまり、住むところが見つからないからなんとかしなくちゃならないんだけど、何をどうすればいいのか分かんない、ってことかな」
「エスパーですかっ?」
「まあ、悪いようにはしないからさ、ちょっと付き合ってよ」
ちょうど信号が再び青になり、よしのんがこっちに歩いてこようとしてたので、片手を上げてそれを制して、あきちゃんの手を取って歩き出す。
「ほら、こっちこっち」
「あ、ちょっと待って下さい。行きますから手え引っ張らんで下さい」
あきちゃんを連れて国道を渡ると、よしのんが話しかけてきた。
「もう、和泉ってば走るの早いよ」
「ゴメン、信号1回待ってる間に、あきちゃんが行っちゃいそうな気がしてさ」
「あきちゃん?」
「この娘、文学部に入学予定の亀山あきさん。こっちは」
「経営学部の坂本です。よろしくね、亀山さん」
「はあ、あの一体ウチに何の用ですか?」
「ほら、よしのんの登場が怪しかったから、なんか疑われてるじゃない」
「わたしのせいじゃないでしょ?」
「まあ、あたし達が極大の学生だってことは、それ見てもらえばわかるから」
あたしはあきちゃんが手に持ったままの入学案内を指差す。
あきちゃんは自分の手にある入学案内を見て、その表紙に写っているのがあたし達だと気付いたようだ。
「1枚めくってみて」
「はい、えーと教育学部1回生の I.H さん、いずみはしもとさんと、経営学部1回生の Y.S さん、よしのんさかもとさんですね」
「あはは、『よしのんさかもと』って、三流芸人の芸名みたいだね」
「『よしのん』はニックネームだからね。わたしの名前は『さかもとよしの』だからね」
よしのんがペース乱されてるよ。面白い娘だね。
「まあ、立ち話もなんだし、そこのカフェに入ろうよ。飲み物くらい奢るからさ、よしのんが」
「またわたし!? まあ、いいけど」
「すごいオシャレなお店ですね」
「まあ、店構えはね。メニュー見ても同じことが言えるか楽しみだよ」
「オシャレじゃないメニューがあるんですか?」
「オシャレの定義にもよるけど、わたしはアレをオシャレとは呼びたくないわね」
「?」
あたしは先にたって店のドアをくぐる。町江が振り返ってこちらを見るのでサムズアップしておく。
「ただいま~」
「お帰り。ご苦労様」
「あ、真ん中の人じゃ。確か M.T さんじゃったかのう」
町江の顔を見て正体に気付いたみたいだね。
「あ、あの、ウチモデルができるほどスタイルようないですけえ」
「要件はモデルの勧誘じゃないよ。あたし達が揃ってモデルやったのと今回の話とは完全に別だから」
でもスタイル良くないって言いながら、この娘、胸はあたし達より大きい気がするんだけど。3人の中ではよしのんが一番大きいけど、それでもBに近いC止まりだし。
「あなた、もしかして広島県民?」
「え? はい、広島に住んでます」
あれ? 珍しく町江が話しかけた。
「広島県民だったらどうかしたの?」
「島根県民にとって、広島県民は敵」
「「「え~~」」」
「島根県は広島県にいろいろ煮え湯を飲まされている」
「いや、そんなことないでしょ」
「例えば中国縦貫自動車道。中国地方の各県の真ん中を通っているように思われがちだけど、島根県はほとんど通っていない。広島県にはサービスエリア、パーキングエリアが合わせて10箇所近くあるのに、島根県には1つだけ。しかもパーキングエリア。つまり中国縦貫道を通る車は、広島県にはお金を落とすけど、島根県にはほとんど落とさない」
うん、さすが町江だ、反論できないや。でもどうしようか。
「なので、島根県では広島県との県境近くの国道に、広島ナンバーの車しか撮影しない速度違反自動取締装置を設置している」
「「「え~~!?」」」
「まあ、冗談はさておき。理学部1回生の津本町江。よろしく」
「じ、冗談だったんだ・・・」
「ちょっと場を温めようかと思って」
「いや、ほとんど凍りついてたからね!? あきちゃんなんてまだフリーズしたまんまだからね?」
「大丈夫? あきちゃん」
「あ、はい。あの、色々すみません」
「別にあなたが悪いわけじゃない。悪いのは当時の日本道路公団、それと赤ヘル軍団」
「いや、赤ヘル悪くないですよね?」
「もしくはそれを調子に乗せた古葉竹識」
ダメだ。町江ってば広島県民いじりが楽しくなってきちゃってる。
「新幹線も島根県と広島県の格差を広げている。岡山までしか通じてなかった頃はまだマシだっけど博多まで延びてからというものは・・・」
「いや、あんたその頃まだ産まれてないでしょ」
岡山までしか通じてなかった頃って、ウチの両親でさえ産まれてたかどうか微妙だ。
「とりあえず、何か飲み物でも頼んでよ」
「あ、はい」
あきちゃんは受け取ったメニューに目を通し始めたが、そのうち眉根を寄せ、最後はとうとう目をこすり始めた。
「どうかした?」
「大阪のカフェって、梅こぶ茶とかショウガ湯とかが飲めるんですね」
「多分ここだけだと思うけどね」
「あと、食事のメニューも、とん平焼きとかカニ雑炊とか串焼き盛合せとか」
くぅ~~
「あ、もしかしてお昼食べてなかった? だったら食事でもいいよ」
「す、すみません。ちょっと色々余裕がなかったので、食べるの忘れてました」
「よかったら事情を聞かせてもらえるかな。力になれるかも知れないし。でも、まずは食事の注文だね」
「じゃ、力うどんで」
「すみませ~ん、力うどんとホットココア下さい」
さて、と。事情聴取しますか。
「今日は広島から来たの?」
「いえ、京都に親戚の家があって、入試の前からしばらくお世話になってるので、そこから来ました」
「文学部だったら、合格発表は先週の火曜にあったはずよね」
「はい、私も発表見にきました」
「1週間も経ってから部屋を探しだしたってことは、他に第一志望があって、そっちがダメだった?」
「いえ、それがですね。私、ここの大学と京都のK女子大と、あと滑り止めで地元の大学を受けまして、レベルは極大の方が高いんですけど、K女の方は近くに親戚がいて心強いので、両方とも受かったらどうしようかって最近まで悩んどったんです。でも、今年そのK女を卒業する親戚のお姉さんが、卒業して地元に戻る友達が今借りてる部屋が空くから、そこ借りられるように話しとこうか、って言ってくれたんで、じゃ両方とも受かったらK女にしようかって思っとったんです。で、合格発表が同じ日だったんで、K女はお姉さんに見に行ってもらって、ウチはこっちを見にきたんです」
借りられると思ってた部屋で何かトラブルでもあったのかな?
「試験は無事両方とも受かっとったんで、2日後に入学金を振り込んで、昨日まで1日おきに京都観光しとったんですけど、今朝になって実家から電話があって『あんたK女にするって言いよらんかったかね。極東大学から入学金の振込があったって通知が来よるよ』って・・・。なんか振込先の銀行も入学金の金額も同じじゃったけえ、間違うて極大に入学金振り込んでしもうたみたいで・・・」
違った。ドジっ子だった。
「流石にもう一回入学金払うわけにもいかんけど、京都から極大に通うのも厳しいので、極大の近くに部屋借りるしかなかろうってことになった次第です」
「オッケー、大体事情はわかったよ。いくつか質問していい?」
「はい」
「希望する部屋の間取りは?」
「誰か来た時のために寝室は別にしたいので、できれば 1LDK か 2K くらいが希望なんですけど、予算を考えると極大の近くでは厳しいって不動産屋さんにも言われました」
「ちなみに予算はどれくらい?」
「バイトなしで月4万、バイトありでもあまりバイト料をあてにしたくないので 5.5万くらいです」
安治君より余裕あるね。あ、ホットココア来た。
「話は変わるけど、あきちゃん麻雀できる?」
「麻雀ですか? ネットではそこそこやりましたけど、本物の麻雀牌使ってやったのは、親戚のところで2~3回だけです。あ、符計算はできません」
「タバコは吸う?」
「吸いません」
「彼氏はいる?」
「いないです」
「今までにやった、一番悪いことって何?」
「なんじゃろ・・・あ、学校の帰りに時々自転車の2人乗りしてました」
「あきちゃん」
「はい」
「ウチのサークルに入る気ない?」
「サークル? 何するサークルですか?」
「1つは麻雀。ノルマは2カ月で半荘10回以上。次にサークルが請け負う仕事の手伝い。どんなことするかはまだ決まってないけど、できない仕事は回さないから安心して。時間的には今年度の実績で月に30時間くらいかな。この仕事には、バイト料が出る場合もある」
「はあ」
「そして、晴れてウチのメンバーになれたら、大学のそばにあるマンションの2DK の部屋がタダで借りられる」
「タダで2DKの部屋を、ですか? ウチは何をさせられるんでしょう?」
「別に悪いこととか難しいことをする必要はないよ。これも今年度の実績でいうと、この近くのお店を巡って、極大の学生証でキャッシュレス精算できるシステムへの加入をお勧めした、ってのがメインの仕事だったね」
あきちゃんの力うどんも来た。あたしは注文したことなかったけど、やけに美味しそうに見える。暖かくなる前に一回食べてみようかな。
「ね、あきちゃん時間はまだ大丈夫?」
「多少焦ってはおるんですが、具体的に何かやることがあるわけではないので、しばらくは大丈夫です」
「実は、今日これから新入部員候補の男の子と会って、その後部長のところへ行って面談することになってるの。部長はタダで借りられるって言ってるマンションの持ち主で、サークルのメンバーとして採用するかどうかの最終決定権も持っているのよ」
「良かったら一緒に行かない? 一応、他のサークルメンバーも都合がつけば顔を出すことになってるから。うまくいけば、今日中に住むところ決まっちゃうかもよ」
「16:30 に食堂で合流して、部室に行って少し話をして、マンションの部屋を見てもらって、まあ 18:00 頃には終わるかしら」
「まあ、そのくらいまでなら」
「よし、決まり。16:00 になったら大学の第一食堂に移動するから、それまでにうどん食べちゃってね」