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5 勧誘3 ~安治~

「ちょっと待って、安治君、落ち着いて。どうしよう和泉。このままだとせっかく和泉が拉致ってきてくれたのに安治君が逃げちゃうわ」

「まずあんたが落ち着きなさいよ。まあ、ここまでは入部の条件並べただけの上に、罰ゲームでさらに脅しをかけたからね。彼にも十分なメリットがある話だということを理解してもらわなきゃ」


和泉さんには脅してるという認識があったみたいだ。ちょっと安心。


「もう彼に提供できる最大のメリットから言っちゃいなよ。早くしないとホントに安治君逃げちゃうよ」

「美乃、ちょっと引っ張り過ぎ」

「わかった。安治君、よく聞いて。ウチのサークルへの入部が認められたら、大学から徒歩2分の場所にあるマンションの2DKの部屋が、なんと無償で提供されます」

「へ?」

「間取りは4.5畳和室、6畳洋室、4.5畳DK、もちろんバス・トイレ付、どうだ、参ったか!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。無償ってどういうことです?」

「言葉通りだよ。ウチの部長が個人的に所有している物件でね、麻雀のメンバーを確保しやすくするためだけに使ってるの。今のサークルメンバーは全員そこに住んでるし、卒業しても住み続けている人もいるよ」

「なんで無償なんですか?」

「部長は他にもこの近くに3つほどアパートとマンションを持ってて、収益はそちらで十分あげられるから、ってのも理由の一つだけど、一番の理由は借家法の適用を避けることだね。金額がいくら安くても、賃貸契約にしちゃうと借家法が適用されるから、入居者が実は困った人物だったとあとでわかっても、簡単には追い出せなくなるからね」


つまり調子に乗って盗んだバイクで走り出したりしちゃうと、せっかく無償で借りられる部屋から叩き出される、と。いや、しないよ? 走り出したりしないからね。


「安治君にとっては、家賃のためにバイトしていたはずの時間が丸々空くことになると思うけど、どうかな、この条件は」


こちらにも十分なメリットがあるという話は嘘じゃなかった。破格と言っていい条件だ。


「他にメリットとしては、3年ほど前にウチのサークル主導で導入した『講義ノート閲覧システム』ってのがあって、提供者は登録手数料を払って自分の講義ノートをシステムに登録し、利用者は利用料を払ってそのノートを閲覧できるんだけど」

「ウチのサークルメンバーはこれをすべて無料で自由に閲覧できます」

「登録時のノートのスキャニングの下請けとかデータの管理、あとシステムそのもののメンテナンスもあたし達が手伝うからね。利用料払わないなら見るな、って言われても困るので、免責事項に含んでるんだよ」


これって、想像以上に大きなメリットだよな。ノートを見ることももちろんだけど、売れ筋が把握できるってことは、どのノートが試験対策に有効か、とかもある程度分かるはずだし。


「そのシステムって、教員側の反応はどんな感じなんですか?」

「概ね好意的だよ。そもそも講義中の板書なんて、テキストの中の要点を書き出してるだけだし、板書しない先生もそれを書かずにしゃべってるだけだから、テキストの要点だけを抜き出したサブテキストがあれば、ノートをとる必要はないはずなんだよね」

「実際、学生がノートを取らなくてよくなった分、講義の内容の濃さを2倍にできるようになった、って言う先生もいたわわね」

「元々サブテキストを作ってた先生の中には、サブテキストが売れなくなったってグチる人もいたけど、教職員でも登録できますよ、って言ったら、すぐに登録しにきたよ」

「他にも、印刷したサブテキストが売れ残ってるから改訂版を出したいけど出せない、なんて悲劇も減るだろうって意見もあったわ」

「うん、あの先生『このシステムがあと2年早くできていたら・・・』って泣いてたからね。ちょっと事情を聞ける雰囲気じゃなかったから詳しいことは分からないけど」


多分大量に売れ残っちゃったんだろうな。

何部印刷するかで悩むのは同人誌なんかの話でよく聞くけど、講義で使うんだったら完売しちゃうのも問題あるだろうからね。少し売れ残るってラインをピンポイントで狙うのはホントに難しそうだな。


「あと、これは自由参加だけど、2か月に1回、一泊か二泊の国内旅行があります。目的は観光とか温泉とか食べ歩きとか色々だけど、麻雀できる宿だったらそっちがメインの場合もあります。で、これの旅費と宿泊費がサークルから出ます」

「直近の旅行は先週の火曜と水曜に福井までカニを食べに行ってきたんだ」

「移動中の食事やおやつは自腹だけど、宿で出る食事の分はサークルから出る」

「町江のおやつまで負担してたら、サークルの財政が破綻するからね」

「失礼な。破綻はしない。ちょっと苦しくなるだけ」


町江さんって、食いしん坊キャラなのか?

いや、それも気になるけど、さっきから聞いてるメリットがやばい。

お金に余裕がないから、旅行なんて在学中にせいぜい1~2回行ければ御の字だと思っていたけど、今聞いた話だと、国内とはいえ年に6回ほど企画されているみたいだ。

でも、部長って人と子猫ちゃんの人を入れて最低5人、近場ばかりじゃないだろうから旅費と宿泊費で平均1人2万以上と考えると、年間60万以上がサークルから出てる計算になる。


「サークルの財源ってどうなっているんですか? 大学から活動費みたいなものがそんなにたくさん出てるとか?」

「まさか。大学からは部室が提供されてるくらいで、金銭的な支援はないはずだよ」

「むしろ学生としての身分と部室を確保するために、貴さんが大学側に資金提供している。彼が持ってる特許や実用新案のライセンス料の一部が、彼が卒業するまで大学の口座に振込まれることになってる。彼は学生の身分のままでいたいし、大学は彼に卒業して欲しくない。win-win の関係」

「部長がお金に困ってないのは知ってたけど、その話は初耳ね」

「サークルの規模の割に広い部屋をもらってるから、疑問に思って聞いてみたら教えてくれた」

「じゃ、財源は部長さんのポケットマネーで?」

「マンションの提供は貴さんの個人資産だけど、旅行の費用とかはちゃんとサークルの活動費から出てる」

「さっきね、『講義ノート閲覧システム』の話をしたじゃない? あれってノートの提供者が基本料金を50円って決めたとすると、ウチの学生なら誰でも50円で1週間、そのノートのデータを学内のサーバから参照できるし、基本料金の5倍払えば卒業するまで参照できるようになるんだ。そして提供者も登録時に自分が決めた基本料金の10倍、このケースなら500円を登録料として支払うことになってる」

「そういえば、提供者も手数料を払うって言ってましたね」

「ダメ元で落書きみたいなノートをたくさん持ってこられても困るからね。で、支払われた利用料はと言うと、そのノートの提供者に60%、大学に15%、ウチのサークルに25%の割合で分配されることになってる。あ、登録手数料は全額ウチがもらえるよ」

「活動費はそこから出てる?」

「これは一例に過ぎないよ。『鶏煮亭』で話した精算システムも、システムの維持管理と保守の費用として売上げの0.3%をプールしてるけど、ソフトの更新とか故障した端末の交換とかで実際に掛かった費用を引いた残りの、さらに半額が、半期毎にウチに支払われる契約になってるし」

「詳細までは分からないけど、サークルとして年間数千万のオーダーで収入があると思われる」


思ったよりだいぶ予算規模が大きいな。

でも、学業への影響も少なそう、というよりプラスに働きそうだし、こちらとしては断る理由が・・・あるとすればあの罰ゲームくらいか。

だとしたら、


「先ほど確か『入部が認められたら』とおっしゃいましたが?」

「最終決定権は部長が持ってるからね。まあ、あたし達が連れてった人物が犯罪者か巨人ファンでもない限り認めると思う、って言ってたから、まず大丈夫だと思うけどね」

「その質問が出るってことは、入部に前向きと思っても良いのかな?」

「そうですね、罰ゲームにさえ気を付ければ、あとはメリットしかないですし」

「了解。じゃあさっそく部長と面談、と言いたいところなんだけど、生憎今日と明日は都合が悪いみたいでさ。安治君、水曜か木曜の夕方って空いてるかな?」

「どちらでも大丈夫です」

「じゃ、水曜日の夕方 16:30 に大学の第一食堂に来てくれるかな。第一食堂の場所は入学案内を見れば分かると思うけど、正門を入って正面にある建物を突き抜けたところにあるから。そこの入口になるべく近いテーブルで待合せることにしよう」

「ホントは第二食堂の方が部室に近いんだけど、場所が分かりにくいし部外者が入りづらい雰囲気があるからね」

「一応先に行って待ってるつもりだけど、安治君の方が早かったら悪いけどちょっと待っててね。あと、お互い急に都合が悪くなる可能性もあるので、良かったらメアドと電話番号をあたし達と交換してくれるかな?」


そんな申し出を断るはずもなく、労せずして3人の美少女のメアドと電話番号をゲットできた。


「そうだ、聞きたかったことがあったんだった。安治君、先週の金曜日以外不動産屋の前にいる時間がすごく短かったけど、どうして?」


和泉さんの質問を聞いて隣の町江さんを見る。町江さんのパソコンに、国道の向かい側の様子が映し出されてるのがさっきから気になってたんだけど、そうか、ここで不動産屋を見張ってたのか。

部屋を探していることや『肉祭り』に行ったことを和泉さんが知ってた謎が解けた。


「金曜日は初日だったので貼ってある物件を一通り全部見て、それ以降は前回から変わってるのだけ見てたからですね」

「変わってるのだけって、全部覚えてるの?」

「覚えてるわけじゃなくて、変わったところが判るだけです。今日は2枚しか変わってなかったので、確認は一瞬でした。月8万とか10.5万とか絶対無理ですし」

「ちょっと待って。確認するから」


町江さんがパソコンを操作し、画面をもう一枚出して再生する。リアルタイムの映像と影の向きが違うから、午前中の映像かな?


「ここ」

「あ、店長が横から手を入れて・・・ホントだ、2枚だけ貼り替えてる」

「昨日は日曜で休みだし、朝イチで貼り替えた後はその日決まった物件の分を剥がすことしかしないって言ってたから、多分ホントに一昨日から2枚しか変わってない」

「間違い探しって、昔から得意なんですよ。上下や左右に2枚の絵が並んでるタイプの間違い探しは、ほぼ瞬時に判ります。一旦絵を見て覚えてから変わった後の絵だけを見て違いを当てるタイプも、正答率は多少下がりますけど、友達や家族と比べると圧倒的でした」

「すごいね」

「絵画の鑑定士とか目指した方がいいんじゃないかな」

「そこまで緻密な違いは流石に判りませんよ」

「ちょっとこれやってみて。違いは5つ」

「えっと、ここ、ここ、ここ、ここ、あとここですね」

「・・・うん、ちょっと次元が違うということだけは解った」

「この才能をなんとか活かせるといいわね」


話が一段落したのでそろそろお暇しようと思い、コーラフロートの残りを啜っている時、大事なことを聞いていないことに気付いた。


「あの、聞いておきたいことがあるんですけど」

「ん? なに?」

「なんて名前のサークルなんですか?」

「「「!?」」」


あれ? なんか反応が・・・


「安治君、サークルの名前なんて聞いてどうするつもりなの?」

「いや、どうするつもりもなにも、普通聞くでしょ?」

「世の中にはね、知らない方がいいってこともあるのよ」

「いやいやいや、知らない方がいいって、そんなにアレな名前なんですか?」

「よしのん、安治君が逃げ腰になっちゃってるよ」

「諦めよう。どうせ顔合わせの時に貴さんがアレげな略称と一緒にドヤ顔で言っちゃうんだから」

「・・・わかった。和泉、任せたわ」

「あたし!? まあ、いいけどね。ウチのサークルなんだけど、正式名称は『極東大学秘密倶楽部』だよ」

「・・・何が秘密なんですか?」

「まず、設立目的が秘密。まあ、麻雀のメンバー集めるための隠れ蓑だとは言えないよね。あと、加入方法が秘密。これはメンバーの公募を過去に一度も行ってないし、部室の場所すら一般には公表されてない。そもそもクラブ紹介とかには一切名前が出てこないからね」

「非公認団体なんですか?」

「そこが微妙なとこでさ、まず大学側からは確実に認知されている。公表されてないだけで部室もあるし、クレジット登録者数の増加とか、入学案内の表紙モデルとかの案件は、大学側からの名指しの依頼だった。でも公式文書には一切名前が出てこない。団体名を文書に残す必要がある場合は、部長とウチのOBが設立した管理会社の名前を使っている」

「非公認ではあるけど、肩身がせまいわけじゃない」

「なんとなくですが、理解しました。それで、さっき町江さんが言ってた『アレげな略称』ってのは?」

「・・・極大秘部」

「・・・確かにアレげな略称ですね」

「聞かれたくない気持ちもわかるでしょ?」

「設立時には対局倶楽部で局部にしようとか、陰陽道倶楽部で陰部にしようとかって案もあったらしいから、まだマシな方」

「・・・安治君、明後日の16:30 必ず来てね」

「えっと、どうしようかな?」

「安治君!」

「わかった、わかりましたから、セーターの袖を離して下さい」


そして、少し名残惜しいけど、美少女3人と過ごした時間は終わりを告げる。

まあ、次の約束があるからいいんだけど。

席を立って、抱えていたジャケットに袖を通す。


「今日は時間取らせちゃって悪かったわね」

「いえ、こちらこそ色々聞かせてもらってためになりました」

明後日(あさって)、必ず来てね」

「えっと来れない場合の連絡は誰にすれば?」

「安治君!」

「わかった、わかりましたから、ジャケットの袖を離して下さい」


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