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4 勧誘2 ~安治~

『鷄煮亭』を出て、ポニーテールを揺らしながら前を歩く橋本先輩のあとをついて行く。どこに行くんだろ?

信号待ちで立ち止まったので、聞いてみる。


「あの、橋本先輩?」

「和泉でいいよ。あ、和泉は和泉式部の和泉ね。確かに苗字は橋本なんだけど、橋本って呼ばれても自分のことのような気がしない時があってさ。和泉の方がしっくりくる。あと先輩もいらない」

「じゃ、和泉さん?」

「ほい」

「これからどこに行くんですか?」

「ああ、あそこに見えるカフェだよ」


和泉さんは国道を渡った先にある、白いオシャレな店を指差して答える。


「あそこで残りの2人が待ってるはずだから」

「残りの2人?」

「まあ、行けばわかるよ」


横断歩道を渡って、その店に向かって一緒に歩いていく。

店のそばまで来ると、店の外観と同様に、オシャレな筆記体で店名が書かれた看板が目に入る。


「カフェ、エ、エキジーニャ?」

「あはは、無理にオシャレっぽく読もうとしなくても、普通にローマ字読みすればいいってば」


Echizenya(エチゼンヤ)、越前屋かっ。うわっ、口に出して読むんじゃなかった。ああ恥ずかしっ。


ニヤニヤ笑いながら店のドアを開ける和泉さんに続いて、越前屋に入る。もうカフェとは呼んでやらない。


「ただいま~」

「おかえり、どうだった? って、おお拉致ってきたんだね」


拉致ってって、冗談だよね?

店で待ってたのは2人の女性。2人とも和泉さんと同じように学生なんだろうか。1人はかなり小柄だけど・・・ってこの2人もしかして


「紹介するよ、あちらの2人が極大理学部1回生の M.T さんと、同経営学部1回生の Y.S さん」


慌ててカバンから3人の美少女が表紙を飾る入学案内を取り出す。やっぱりこの2人、この写真の真ん中の人と右側の人だ。残りの2人って、そういう意味か。

表紙をめくって裏を見ると、今の紹介と全く同じ文字が並んでいた。

和泉さんのところには「教育学部1回生 I.H さん」と書かれている。電磁調理器みたいだな。


「理学部1回生の M.T こと津本町江、よろしく」

「経営学部1回生の Y.S こと坂本美乃です。よろしくね」

「そしてこちら4月から工学部の学生になる川口君。大阪出身だけど、お父さんが転勤族で、あちこち移り住んでたらしい。岐阜にも住んでたことあるってよ」


そう言いながら、和泉さんは坂本と名乗った女性の隣に腰を下ろす。

岐阜を強調するってことは、どちらかが岐阜出身なんだろうか。そんなことを考えながら挨拶する。


「川口安治です。津本先輩と坂本先輩ですね。こちらこそよろしくお願いします」

「立ってないでここに座って。あと、私のことは町江でいい」

「私も美乃またはよしのんでお願い。あ、別に美乃お姉さんとか美乃お嬢様でもいいわよ」

「わかりました。じゃ、町江さんと美乃お嬢様で」

「ちょ、ちょっと待って。やっぱお姉さんとお嬢様はなし。ね?」

「よしのんってば、モノホンのお嬢のくせして、なぜかパチモン臭が漂ってるよね」

「うん。覚悟が足りない」

「う、うるさい。聞こえてるわよ」


まあ、坂本先輩も美乃さんでいいか。っていうか、この人お嬢様なの?


「かわぐちやすはる、ってどういう字を書くの?」

「川口は、河口湖の方じゃなくて、川口市の方の川口です。安治は、治安が良い悪いの治安をひっくり返して下さい」

「んあち?」

「いや、読みじゃなくて漢字の並びです」


スキあらばボケようとしてくるな、この人。ホントにお嬢様なのか?


「岐阜ってどの辺に住んでたの?」


その美乃さんから質問がきた。岐阜出身は美乃さんかな。


「加茂郡って所らしいですけど、住んでたのが 1歳から3歳までなので、ほとんど何も憶えてないんですよね」

「あら残念。岐阜ローカルの話題で盛り上がれるかと思ったのに」

「どうもすみません」

「いいのよ、川口君・・・安治君の方が良いかしら? 安治君が悪いわけじゃないんだし。この責任は安治君のお父さんか岐阜県知事に取ってもらうことにするから」

「いや、岐阜県知事関係ないですよね」


うん、わかった。この人はそういう人なんだ。


「まあ、少し遠慮があるのは仕方ないとして、タイミングは悪くないわね」

「なんの話です?」

「ツッコミに決まってるじゃない」


いつ決まったんだろ?

っていうか、そもそもなんでここに連れてこられたんだろうか?

和泉さんに聞こうとしたけど、町江さんと「確かに安治君の方がフレンドリーだし呼びやすいかな」「うん」みたいな感じで話していて、聞きづらい。


「えーと、僕がここに連れてこられた理由って」

「ん?」

「お笑い芸人目指している美乃さんがツッコミ役の相方を探してたから、とかですか?」

「ちょっと和泉、安治君にどこまで説明したの?」

「んーと、ウチが去年この辺りの店に入れた精算システムの話をちょこっとしたけど、あとは世間話しかしてないかな、あはは」

「しょうがないわね。いいわ、私が一から説明するから」

「よろしくね~」

「さて、安治君」

「はい」

「あなた、お笑いに興味ある?」

「「おい」」

「冗談よ、冗談」


どうもお嬢様っぽくないなあ。バイタリティとしてはむしろお嬢様の対極にあるとさえ思える。


「まじめにやってよね」

「約束はできないけど、努力する方向で可能性を模索するわ」

「まじめにやる気はないわけね。あ、安治君、何飲む? なんでも奢るよ、よしのんが」

「わたし? まあいいけど」

「あたしも麻婆で喉乾いたから何か飲もっと。えーと、クリームソーダの並でいいかな」

「並?」


渡されたメニューのドリンクのページを見ると、確かに「クリームソーダ(並) 350円」とある。その下には「クリームソーダ(特上) 800円」とあ、え? 800円!?


「このクリームソーダの『特上』ってのはなんなんですか?」

「あ、頼んでみる? よしのんの奢りだし」

「いや、そうじゃなくて」

「並は普通の業務用アイス、特上はハー◯ンダッツのパイント使ってるの」

「多分クリーム部分の仕入れ原価だけで200円くらい違うよ」

「えと、僕はコーラフロートの並をお願いします」


ちょっと興味はあるけど、さすがに貧乏学生の金銭感覚では注文できない。いくら奢りとは言え、いや奢りだからこそ。


「そろそろ本題に入るね」

「あ、はい」

「安治君は麻雀できる?」


また美乃さんのボケかと思ったけど、他の2人からのリアクションもないし、これはまともな質問みたいだ。


「ええ、できます。高校で流行ってる時期が1年以上あって、昼休みとか放課後とかカード麻雀で3卓囲むこともあったり。あと、家族ででもたまにやってます」

「入学後の生活資金にはどのくらい余裕がある?」

「和泉さんにも話しましたが、借りる部屋の家賃分くらいはバイトしないと苦しいですね」

「タバコは?」

「嫌いです」

「彼女はいる?」

「いません」

「体力に自信は?」

「まあ同年代の平均以上だとは思います」

「借りる部屋の希望条件は?」

「バス・トイレ付で、できれば6畳くらいの広さは欲しいですね」

「オッケー、よくわかったわ。安治君、取引しましょ」

「取引ですか?」

「ぶっちゃけた話をすると、私たちはサークルメンバーを探してるわけ。でも誰にでも門戸を開いているわけじゃなくて、ある条件を満たしている必要があるから、こんなキャッチセールスみたいなことをしてるのよ」


言われてみれば、キャッチセールスみたいだ。これ、ついてきたらまずかったんじゃね?


「参加の条件は、まずウチのサークルの仕事を手伝う労働力を提供すること。具体的な作業内容は未定だけど、去年の実績で月平均30時間くらいかしら。できない仕事は回さないし、現金または現物支給でそれなりのバイト料も出るわ。それとウチのサークルが主催している麻雀大会への参加。ノルマは2カ月間に半荘10回以上、上限はなし。対局が深夜に及ぶことも多いので、大学の徒歩圏内に住むことも条件に含まれます」


半荘1回2時間掛かるとしても、拘束時間が月に40時間程度なら、少しくらいバイトする余地はあるかな。


「あとこれが一番大事な条件なんだけど、人に迷惑を掛けない生活態度を心掛けること。一応学内の団体なので、スキャンダル的なことを起こされると困るからね。だからヤンチャしてる画像や動画をSNSに上げたり、未成年にお酒を飲ませたり、盗んだバイクで走り出したりしちゃダメってこと。ここまでで質問は?」

「麻雀はお金賭けるんですか?」

「麻雀はノーレートよ。ただし、お金が賭かってないからっていい加減に打つ人はいないわ」

「それは何か理由が?」

「ええ。2か月間のトータルで最下位になった人には、豪華罰ゲームが進呈されるの」

「・・・ちなみに罰ゲームってどんなことするんですか?」

「最下位になった人が箱の中から罰ゲームの内容が書かれた紙を引くので、その時にならないとわからないんだけど、何か紹介してもいいのはあるかな、和泉?」

「過去に実施済みのやつならいいんじゃない? 秋に仁君がやったやつとか」

「ああ、あれね。男の子限定の罰ゲームで、3日間異性と会話する時は語尾に『子猫ちゃん』を付ける、ってやつ。ちなみに女の子が引いた時は『ご主人様』か『旦那様』から選べます」

「英語の講義中に仁君が女の先生に当てられて、『答えは and so on だと思います、子猫ちゃん』って答えた時は爆笑だったからね。一応言い訳はしてたけど。『すみません、そういう罰ゲーム中なのでご理解下さい、子猫ちゃん』って」

「そのシーン観たかったなあ。なんで動画撮っといてくれなかったの?」

「そんなこと言っても、仁君に『頼むから録画はやめといてな、子猫ちゃん』って頼まれてたし」

「残念」

「豊野の動画ならあるけど。観る?」

「なんで持ってるの?」

「和泉から話を聞いて、すぐに監視カメラ用のサーバからサルベージした」

「ちょっとみせて」

「あ、あたしももっかい観たい」


・・・一緒にみせてもらったが、ドン引きだった。確かに面白いし爆笑ものだけど、自分がやる場合のことを考えると、ねえ?


「罰ゲーム選定委員から忠告するけど、もっと凶悪なのもあるからね」

「えっと、そろそろ帰っていいですかね?」


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