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2 あの子はどうかな? 〜町江〜

第1部分から、2ヶ月半ほどさかのぼります。

こっちが本来の時系列で、安治が入学する前の話からになります。

二月中旬の月曜日、国道沿いにあるカフェの昼下がり。窓際のテーブルに和泉と二人で向い合わせに座っている。


先週は月曜日から金曜日にかけて、各学部の合格発表が大学の中央広場を使って行われた。ネットやメールを使って受験者に合否を知らせるところも増えているが、ウチの大学は「自分の受験番号を探して一喜一憂する、この光景にノスタルジーを感じるのだ」と主張するどこかの学部長先生のせいで、未だに掲示板に模造紙を張出すという発表方法を採っている。しかし同時に発表するには受験者数が多過ぎるため、1週間かけて日替りで発表しているのだ。


和泉は頬杖をつきながら、国道をはさんでカフェの斜め向かいにある不動産屋をぼんやり眺めている。私はテーブルに置いたノートパソコンに視線を向けているが、先ほどから操作は全くしていない。


カランカラン

「あっ、きたきた。おーい、よしのん。こっちこっち」

カフェのドアを開けて入ってきた美乃に、和泉が声を掛ける。


「おまたせ。で、今日はどんな感じ?」

「今のところ今日も収穫はゼロ。あの店が開く前から見てるけど、年配の男の人が一人だけ」

美乃の問いにそう答える。


「そう。和泉も朝イチからここに居るの?」

「あたしは一限目が終わってから。かなり早めに終わったけど、それでも営業開始には間に合わなくて、ここに来たらちょうどそのオジサンが出てくるとこだった」


私たちは現在、所属するサークルから新入生勧誘のミッションを与えられている。サークルの活動が深夜に及ぶことがよくあるため、自宅から通うつもりの学生より、大学の近くに部屋を借りようとしている学生を勧誘した方が都合が良い。なので、数日前から各自の空き時間に大学の最寄りの不動産屋を監視しているのだ。


「そっち側に座ってたら、店の方見づらくない?」

「だからこれ使ってる」


私はテーブルの上に載っている小型のカメラユニットを指差す。ノートパソコンの画面には、カメラユニットがとらえた不動産屋の店先が映し出されている。それを見て、美乃は和泉の隣に座った。


「ちょっと出遅れたって感じかな? 」

「やっぱピークは先週前半だったみたいね。あ、すみませんエビピラフ一つ」

「先週の火曜、水曜に合宿の予定を入れてたのがマズかった。豊野に企画させたのが間違い」

「あはは。まあ、彼も悪気があったわけじゃないし。ただ、確かに水曜までに半分以上の学部で合格発表があったから、このミッションを遂行する上では痛かったね」

「仁君は絶対そういう星の下に生まれてるよね。何やってもちょっと残念な結果になる」

「豊野にはツッコミ以外やらせないのが正解」


ちなみに、同じ一回生の豊野もこのミッションを与えられた一員だが、豊野曰く「目標が男子の場合、女子が声掛けた方が成功率が上がる。目標が女子の場合、僕が声掛けたらナンパやと思われて警戒される。そやから、ファーストコンタクトは自分らに任すわ。ナンパ以外なら手伝うから、いつでも声掛けてな」と言い残して離脱した。今頃は自室でアニメを観るかスクフェスでもやっているのだろう。

確かに豊野の言うことも一理あるし、このカフェで豊野と二人で見張ることになって、周りからデートと間違われでもしたら業腹だ。なので、張込みのミッションは免除した。あとでたっぷりこき使ってやろう。


「新学期が始まってからだと、住むところは決まっちゃってるから、できれば今のうちに1〜2名は確保したいんだけどね」

「仁君みたいにゴールデンウィークに最初の部屋から引っ越しし直すってパターンもありだけど、余計な出費が増えるもんね」

「最初から貴さんとこにお世話になった場合と比べたら、10万以上損した、って言ってた」

「よし、新人君のためにも、がんばってキャッチしますか、っと、あの子確か一昨日も来てたなあ」


バスから降りて歩いてきた少年を見て和泉がつぶやく。

私も確か先週の金曜日に見た気がする。和泉が一昨日見たのだとしたら、金、土、そして月と現れていることになる。日曜日は不動産屋が休みなので、そもそも張込みをしていないから、もしかすると日曜日も来てたのかも知れない。


「ああ、和泉と一緒にいた時に来た子ね。新入生っぽいんだけど、ショーウィンドウの張り紙をほんの数秒眺めただけで戻っていったから、部屋探してる可能性低いかな、と思ってその時はスルーしたのよ、あ、ほら今日も7〜8秒しか見てない」

「見た後は来た方向に戻ってるから、一昨日も今日も一応不動産屋が目的地だったんだとは思うんだけど・・・」

「ん〜、私も金曜日にあの子見たけど、その時は4〜5分掛けてじっくり見てた」

「え、なんでその時声掛けなかったの、町江?」

「私の目の前に出来たての鍋焼うどん定食と栗ぜんざいがあったから?」

「・・・いつも思うんだけど、なんでカフェのメニューにそんなのが・・・おっと、あの子『鶏煮亭』に入ってったよ」

「どうする、一応当たってみる?」

「わかった、よしのんはエビピラフ待ちだから、あたしが行ってくるよ」

「健闘を祈る」

「お願いね」


美乃は和泉が通れるように席を立ち、その脇をすり抜けて、和泉は軽い足取りで店を出ていった。


「見た目は真面目そうな子だったね」

「うん。チャラくないのでとりあえず外見は合格」

「町江の直感で、あの子はどうかな?」

「貴さんが認めるかどうかは分からないけど、何となくいい線いきそうな気がする」

「そっか。まあ、和泉のお手並みを拝見しますか。ところで町江」

「ん?」

「あんたなら4〜5分もあれば鍋焼うどんと栗ぜんざいくらい食べられたんじゃ・・・」


失礼な。私が得意なのは、早食いじゃなくて大食いだ。

いや、そうじゃない。論点はそこじゃない。


「鍋焼うどんじゃなくて鍋焼うどん定食だからね」


とりあえず美乃を睨んでおいた。


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